私との婚約、今日で終わりですか?

ともえなこ

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襲撃事件の翌日、伯爵邸には厳重な警戒態勢が敷かれた。夜のうちに侵入した賊は結局取り逃がし、行方がわからない。リシュモンド伯爵も急ぎ帰邸し、騎士団を増派するよう王宮に要請を行ったが、確証がないままでは大規模な捜査は難しいようだ。

 そんな中、ココナは早朝から気が滅入っていた。夜の恐怖がまだ体を縛りつけているし、またいつ襲われるかわからないという不安が消えない。

「お嬢様、今日の予定はどうなさいますか。しばらく外出は控えられたほうが……」

「……そうですね。私も今日は外に出る勇気がありません」

 侍女の提案を受け入れ、ココナは屋敷内で大人しく過ごすことにした。だが、じっとしているだけでは、心は晴れない。手にしている本も頭に入らず、ただ時間だけが過ぎていく。

 そこへ、突然玄関先が騒がしくなり、執事が慌てた様子でココナを呼びに来た。

「お嬢様、大変です。王太子殿下がいらっしゃいました」

「……アルトワーズ殿下が?」

 思わぬ来訪に、ココナの心臓は跳ね上がる。婚約破棄されて以来、一度も顔を合わせていなかった相手。なぜ今このタイミングで、しかも伯爵邸に直接?

 混乱しながらも、ココナは急ぎ身支度を整え、応接室へ向かう。そこにはアルトワーズ王太子が控えており、リシュモンド伯爵と簡単な挨拶を交わしているところだった。ココナが入室すると、その場に微妙な空気が流れる。

「……お久しぶりです、殿下」

 ココナは浅く礼をする。アルトワーズは少し視線を伏せがちにしてから、静かに口を開いた。

「フォルティア。昨夜の一件、話は聞いている。危ないところだったそうだな」

「はい。どなたが何の目的で侵入したのか、まったくわからないのですが」

 アルトワーズは軽く息を吐く。視線はココナに向けられているが、以前のような親密さは感じられない。何か距離があるような、ぎこちない空気が二人の間に流れていた。

「私も騎士団に捜査を命じた。今回の襲撃は王家にとって見過ごせない事態だからな」

「ありがとうございます。婚約破棄された私のことなど、もうお気になさらなくても」

 思わず出てしまった尖った言葉に、ココナ自身も驚く。心の底に蓄えた悲しみと悔しさが、こういう形で現れてしまうのだ。アルトワーズはわずかに眉をひそめたが、責めるような態度は見せなかった。

「……あのときは、避けられない事情があった。今さら言い訳をしても仕方ないが、少なくともお前を危険な目に遭わせるわけにはいかない」

 婚約破棄の裏事情。それを口にしないまま、アルトワーズは言葉を濁す。ココナもそれ以上問い詰める勇気はなかった。かつて愛を誓ったはずの二人が、こうしてすれ違う会話を交わすことが、胸を締めつける。

「襲撃の件は私も調べる。フォルティア伯爵には近衛騎士の増援を提案するつもりだ」

「……ありがとうございます。助かります」

 最後まで感情を抑えきれないまま、ココナは静かに一礼する。アルトワーズはそれを受けて深く頷き、伯爵にも一通りの言葉を交わして、屋敷を後にした。

 応接室を出るアルトワーズの背中を見送りながら、ココナは複雑な想いが込み上げてくる。彼の優しさに触れるたび、失われた婚約の日々を思い出し、どうしようもなく切なくなるのだ。

「……今さら、あの頃に戻れるわけではないのに」

 ココナは小さく呟く。すれ違う思いが彼女の心をかき乱し、襲撃の恐怖とは別の痛みを生む。それでも前に進まなくてはならない。もう、ただの夢見がちな令嬢ではいられないのだ。
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