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フォルティア伯爵邸に奇妙な来訪者があってから数日後、ココナのもとに一通の手紙が届けられた。差し出し人は王妃フィリア。夜会に向けての打ち合わせがあるので、改めてココナを王宮へ呼びたいという内容だった。
「王妃様が、私を直接……」
読んだ瞬間、胸がざわつく。王妃からわざわざ個別に呼び出されるなど、これまでほとんど前例がなかった。婚約破棄となった今、敵対的な話をされるのではと疑念が募る。だが、断るわけにもいかない相手だ。
父リシュモンド伯爵が顔を曇らせながら言葉を継ぐ。
「私も同行したいところだが、手紙には“ココナ嬢のみ”と明確に記されている。王妃様がそこまで強く望まれるなら、下手に逆らわない方がいいだろう。くれぐれも気をつけて」
「はい……。わかりました」
ココナは気を引き締めながら、侍女と護衛を連れて王宮へ向かうことにした。馬車を降り、磨き上げられた石畳を進むと、荘厳な宮殿の正面が迫る。婚約破棄の噂が広がった今、この場所に来るのは複雑な思いがある。けれど、立ち止まるわけにはいかない。
案内役の侍女に従って奥へと通されると、王妃フィリアの私室に通される。そこは優美な調度品で彩られ、窓からは庭の美しい景色が見下ろせる。だが、その優雅さとは裏腹に、ココナの心には常に警戒が張り詰めていた。
「お待ちしておりました、ココナ・フォルティア」
王妃フィリアは落ち着いた口調で、しかしどこか冷ややかな眼差しを向けている。ココナは礼をして背筋を伸ばした。
「お呼び立ていただき、恐縮です。私などに何か御用でしょうか」
「用件はひとつ。……例のケーキ事件に関して、あなたが独自に動いているという話を耳にしたの。少し張り切りすぎではなくて?」
静かながら鋭い問いかけに、ココナは息を飲む。王妃の情報網は侮れない。ローレライと共に倉庫街を探ったり、商会の関係者を探したりしていたことが既に知られているのだろう。
「私が疑われていることもあり、真実を知りたいだけです。もし私が潔白なら、それが証明されるはず……そう思いまして」
「潔白、ね。まあ、あなたが本当に毒を仕込んだとは思っていないわ。でも、誰かが仕組んだ騒動だとしたら、なおさら面倒だと思わない?」
王妃フィリアの言葉には、どこか含みがある。まるで“騒ぎを大きくしているのはあなた自身”と言わんばかりだ。ココナは胸の奥で反発心を覚えながらも、冷静に言葉を選ぶ。
「面倒ではありますが、真相がわからないままでは、ローレライ様にも私にも大きな汚名が残ります。それは王家にとっても良くないはず」
「お利口ね。そう、だからこそわざわざ呼んだの。もう少し穏便に事を収める方法があるのではないかしら」
フィリアは優雅にティーカップを持ち上げ、一口含む。まるで親子ほどの年の差がある女同士の会話とは思えない、鋭利な駆け引きのような空気が流れていた。
「穏便に……とは、具体的には?」
「夜会で決着をつけるの。わざと大きな場を用意しているのだから、そこで誰が何を目論んでいるかをはっきりさせる。その代わり、あなたも余計な騒ぎを起こさないでちょうだい。王家の顔に泥を塗ることは、許されないわよ」
ココナは心の中で唾を飲みこむ。どうやら王妃は“真相の解明”を一方で望みながら、“王家の安定”も崩さない形を探しているらしい。下手に噂を煽らないために、自分たちに行動を控えろと暗に示しているのだ。
「わかりました。……ただし、どなたが黒幕だとしても、私やローレライ様を陥れようとしたなら、事実を隠すつもりはございません」
「その気概は結構。でも、貴族社会はそう単純じゃない。せいぜい、身を滅ぼさないようにね」
フィリアの視線が、どこか厳しさと哀れみを含んでいるようにも見える。ココナは身震いしそうになるのをこらえ、礼をして部屋を後にした。
王妃は敵なのか、それともある種の協力者なのか。何を考えているのか掴めないまま、ただ言えるのは“夜会で全てを決着させる”という方向に向かっていることだ。ココナは廊下を歩きながら、あの冷やかな瞳を思い出し、複雑な感情に包まれていた。
「王妃様が、私を直接……」
読んだ瞬間、胸がざわつく。王妃からわざわざ個別に呼び出されるなど、これまでほとんど前例がなかった。婚約破棄となった今、敵対的な話をされるのではと疑念が募る。だが、断るわけにもいかない相手だ。
父リシュモンド伯爵が顔を曇らせながら言葉を継ぐ。
「私も同行したいところだが、手紙には“ココナ嬢のみ”と明確に記されている。王妃様がそこまで強く望まれるなら、下手に逆らわない方がいいだろう。くれぐれも気をつけて」
「はい……。わかりました」
ココナは気を引き締めながら、侍女と護衛を連れて王宮へ向かうことにした。馬車を降り、磨き上げられた石畳を進むと、荘厳な宮殿の正面が迫る。婚約破棄の噂が広がった今、この場所に来るのは複雑な思いがある。けれど、立ち止まるわけにはいかない。
案内役の侍女に従って奥へと通されると、王妃フィリアの私室に通される。そこは優美な調度品で彩られ、窓からは庭の美しい景色が見下ろせる。だが、その優雅さとは裏腹に、ココナの心には常に警戒が張り詰めていた。
「お待ちしておりました、ココナ・フォルティア」
王妃フィリアは落ち着いた口調で、しかしどこか冷ややかな眼差しを向けている。ココナは礼をして背筋を伸ばした。
「お呼び立ていただき、恐縮です。私などに何か御用でしょうか」
「用件はひとつ。……例のケーキ事件に関して、あなたが独自に動いているという話を耳にしたの。少し張り切りすぎではなくて?」
静かながら鋭い問いかけに、ココナは息を飲む。王妃の情報網は侮れない。ローレライと共に倉庫街を探ったり、商会の関係者を探したりしていたことが既に知られているのだろう。
「私が疑われていることもあり、真実を知りたいだけです。もし私が潔白なら、それが証明されるはず……そう思いまして」
「潔白、ね。まあ、あなたが本当に毒を仕込んだとは思っていないわ。でも、誰かが仕組んだ騒動だとしたら、なおさら面倒だと思わない?」
王妃フィリアの言葉には、どこか含みがある。まるで“騒ぎを大きくしているのはあなた自身”と言わんばかりだ。ココナは胸の奥で反発心を覚えながらも、冷静に言葉を選ぶ。
「面倒ではありますが、真相がわからないままでは、ローレライ様にも私にも大きな汚名が残ります。それは王家にとっても良くないはず」
「お利口ね。そう、だからこそわざわざ呼んだの。もう少し穏便に事を収める方法があるのではないかしら」
フィリアは優雅にティーカップを持ち上げ、一口含む。まるで親子ほどの年の差がある女同士の会話とは思えない、鋭利な駆け引きのような空気が流れていた。
「穏便に……とは、具体的には?」
「夜会で決着をつけるの。わざと大きな場を用意しているのだから、そこで誰が何を目論んでいるかをはっきりさせる。その代わり、あなたも余計な騒ぎを起こさないでちょうだい。王家の顔に泥を塗ることは、許されないわよ」
ココナは心の中で唾を飲みこむ。どうやら王妃は“真相の解明”を一方で望みながら、“王家の安定”も崩さない形を探しているらしい。下手に噂を煽らないために、自分たちに行動を控えろと暗に示しているのだ。
「わかりました。……ただし、どなたが黒幕だとしても、私やローレライ様を陥れようとしたなら、事実を隠すつもりはございません」
「その気概は結構。でも、貴族社会はそう単純じゃない。せいぜい、身を滅ぼさないようにね」
フィリアの視線が、どこか厳しさと哀れみを含んでいるようにも見える。ココナは身震いしそうになるのをこらえ、礼をして部屋を後にした。
王妃は敵なのか、それともある種の協力者なのか。何を考えているのか掴めないまま、ただ言えるのは“夜会で全てを決着させる”という方向に向かっていることだ。ココナは廊下を歩きながら、あの冷やかな瞳を思い出し、複雑な感情に包まれていた。
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