29 / 40
29
しおりを挟む
その日の夕方、ココナは一人で書斎の窓辺に立ち、空を眺めていた。淡い夕暮れが広がり、王城の尖塔が遠くにシルエットを描く。明日はいよいよ夜会の開宴日だ。胸の奥で恐れと決意が混在する。
そこへ侍女が控えめな足音で近づき、ココナに声をかけた。
「お嬢様、新たに王宮から招待状が届いております。すでに出席は決まっているはずですが……」
「また別の手紙?」
受け取って封を開けると、そこには夜会の細かな開催時刻や服装に関する注意書き、そして王宮の警備体制に関する一文が追記されていた。王太子自らの名前が署名されていることに、ココナは微かな驚きを覚える。
「アルトワーズ殿下が書かれたのかしら。もしくは代理の文官か……」
書状の最後には「安全のため、必要に応じて護衛を増強する」といった内容が示されている。まるで先日の襲撃を受けて、ココナを護る意図が含まれているようだ。
「殿下は、私を本当に守るつもりでいてくださるの……?」
ふと、心の奥にあの人の面影が浮かぶ。かつては純粋に愛し合い、将来を約束したはずだった二人。今は婚約破棄という形で決裂しているが、アルトワーズがまったくの無関心でいられるとも思えない。
侍女が怪訝そうに問いかける。
「お嬢様、どうなさいますか。王宮の護衛を頼まれるなら、それはそれで安心かと思いますが」
「……いいえ、今のまま伯爵家の騎士を連れて行きます。王宮の警備に全部委ねるのは、まだ早い気がするの」
疑惑はまだ晴れていない。王妃も、アルトワーズも、グレンダール公爵も、誰もが自分の立場で動いている。どこに罠が潜んでいるか知れない状況では、簡単に身を預けるわけにはいかない。
「わかりました。では、私たちも精一杯の警戒をいたします」
侍女が下がると、ココナは改めて夕焼け色に染まる空を見つめる。あすの夜会では、必ず何かが起きる。王妃はそこで全ての決着をつけると宣言し、グレンダール公爵家も黙ってはいないだろう。アルトワーズがどう動くかも未知数だ。
「でも、逃げない。ここで踏みとどまらなければ、何も変わらない」
そう自分に言い聞かせながら、窓に映る自分の姿をまっすぐ見据える。かつての自分なら、王宮の夜会に胸を躍らせ、ただドレスの華やかさを気にする程度だったかもしれない。今は違う。夜会の場で自分の名誉を取り戻すこと、そしてローレライとともに真犯人を暴くことが最優先だ。
やがて夜の帳が降り、屋敷の中に灯りが灯る。ココナは眠る前に最後の用意をしようと、侍女とともにクローゼットを開く。ドレスは華やかさを抑えつつも気品を失わないものを選び、髪飾りもあまり派手にならないように。あくまで自分を主張するより、冷静に物事を見極める意志を示したかった。
「明日が正念場。……きっと大丈夫」
いつの間にか、ココナは自分に対してそうつぶやいていた。希望と不安が渦巻く中、それでも一歩ずつ前へ進むしかない。夜会の招待状が示すのは、運命の舞台へ上がるための呼び鈴。その音を握りしめるように、ココナは目を閉じて決意を新たにする。
夜が更け、静まり返った伯爵邸。明日の嵐を予感させるように、時折窓をかすめる冷たい風が、ココナの髪をそっと揺らしていた。
そこへ侍女が控えめな足音で近づき、ココナに声をかけた。
「お嬢様、新たに王宮から招待状が届いております。すでに出席は決まっているはずですが……」
「また別の手紙?」
受け取って封を開けると、そこには夜会の細かな開催時刻や服装に関する注意書き、そして王宮の警備体制に関する一文が追記されていた。王太子自らの名前が署名されていることに、ココナは微かな驚きを覚える。
「アルトワーズ殿下が書かれたのかしら。もしくは代理の文官か……」
書状の最後には「安全のため、必要に応じて護衛を増強する」といった内容が示されている。まるで先日の襲撃を受けて、ココナを護る意図が含まれているようだ。
「殿下は、私を本当に守るつもりでいてくださるの……?」
ふと、心の奥にあの人の面影が浮かぶ。かつては純粋に愛し合い、将来を約束したはずだった二人。今は婚約破棄という形で決裂しているが、アルトワーズがまったくの無関心でいられるとも思えない。
侍女が怪訝そうに問いかける。
「お嬢様、どうなさいますか。王宮の護衛を頼まれるなら、それはそれで安心かと思いますが」
「……いいえ、今のまま伯爵家の騎士を連れて行きます。王宮の警備に全部委ねるのは、まだ早い気がするの」
疑惑はまだ晴れていない。王妃も、アルトワーズも、グレンダール公爵も、誰もが自分の立場で動いている。どこに罠が潜んでいるか知れない状況では、簡単に身を預けるわけにはいかない。
「わかりました。では、私たちも精一杯の警戒をいたします」
侍女が下がると、ココナは改めて夕焼け色に染まる空を見つめる。あすの夜会では、必ず何かが起きる。王妃はそこで全ての決着をつけると宣言し、グレンダール公爵家も黙ってはいないだろう。アルトワーズがどう動くかも未知数だ。
「でも、逃げない。ここで踏みとどまらなければ、何も変わらない」
そう自分に言い聞かせながら、窓に映る自分の姿をまっすぐ見据える。かつての自分なら、王宮の夜会に胸を躍らせ、ただドレスの華やかさを気にする程度だったかもしれない。今は違う。夜会の場で自分の名誉を取り戻すこと、そしてローレライとともに真犯人を暴くことが最優先だ。
やがて夜の帳が降り、屋敷の中に灯りが灯る。ココナは眠る前に最後の用意をしようと、侍女とともにクローゼットを開く。ドレスは華やかさを抑えつつも気品を失わないものを選び、髪飾りもあまり派手にならないように。あくまで自分を主張するより、冷静に物事を見極める意志を示したかった。
「明日が正念場。……きっと大丈夫」
いつの間にか、ココナは自分に対してそうつぶやいていた。希望と不安が渦巻く中、それでも一歩ずつ前へ進むしかない。夜会の招待状が示すのは、運命の舞台へ上がるための呼び鈴。その音を握りしめるように、ココナは目を閉じて決意を新たにする。
夜が更け、静まり返った伯爵邸。明日の嵐を予感させるように、時折窓をかすめる冷たい風が、ココナの髪をそっと揺らしていた。
18
あなたにおすすめの小説
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。
黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」
豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。
しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
お飾り王妃の死後~王の後悔~
ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。
王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。
ウィルベルト王国では周知の事実だった。
しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。
最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。
小説家になろう様にも投稿しています。
『外見しか見なかったあなたへ。私はもう、選ぶ側です』
鷹 綾
恋愛
「お前のようなガキは嫌いだ」
幼く見える容姿を理由に、婚約者ライオネルから一方的に婚約を破棄された
公爵令嬢シルフィーネ・エルフィンベルク。
その夜、嫉妬に狂った伯爵令嬢に突き落とされ、
彼女は一年もの間、意識不明の重体に陥る――。
目を覚ました彼女は、大人びた美貌を手に入れていた。
だが、中身は何ひとつ変わっていない。
にもかかわらず、
かつて彼女を「幼すぎる」と切り捨てた元婚約者は態度を一変させ、
「やり直したい」とすり寄ってくる。
「見かけが変わっても、中身は同じです。
それでもあなたは、私の外見しか見ていなかったのですね?」
静かにそう告げ、シルフィーネは過去を見限る。
やがて彼女に興味を示したのは、
隣国ノルディアの王太子エドワルド。
彼が見ていたのは、美貌ではなく――
対話し、考え、異論を述べる彼女の“在り方”だった。
これは、
外見で価値を決められた令嬢が、
「選ばれる人生」をやめ、
自分の意思で未来を選び直す物語。
静かなざまぁと、
対等な関係から始まる大人の恋。
そして――
自分の人生を、自分の言葉で生きるための物語。
---
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi(がっち)
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる