私との婚約、今日で終わりですか?

ともえなこ

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その日の夕方、ココナは一人で書斎の窓辺に立ち、空を眺めていた。淡い夕暮れが広がり、王城の尖塔が遠くにシルエットを描く。明日はいよいよ夜会の開宴日だ。胸の奥で恐れと決意が混在する。

 そこへ侍女が控えめな足音で近づき、ココナに声をかけた。

「お嬢様、新たに王宮から招待状が届いております。すでに出席は決まっているはずですが……」

「また別の手紙?」

 受け取って封を開けると、そこには夜会の細かな開催時刻や服装に関する注意書き、そして王宮の警備体制に関する一文が追記されていた。王太子自らの名前が署名されていることに、ココナは微かな驚きを覚える。

「アルトワーズ殿下が書かれたのかしら。もしくは代理の文官か……」

 書状の最後には「安全のため、必要に応じて護衛を増強する」といった内容が示されている。まるで先日の襲撃を受けて、ココナを護る意図が含まれているようだ。

「殿下は、私を本当に守るつもりでいてくださるの……?」

 ふと、心の奥にあの人の面影が浮かぶ。かつては純粋に愛し合い、将来を約束したはずだった二人。今は婚約破棄という形で決裂しているが、アルトワーズがまったくの無関心でいられるとも思えない。

 侍女が怪訝そうに問いかける。

「お嬢様、どうなさいますか。王宮の護衛を頼まれるなら、それはそれで安心かと思いますが」

「……いいえ、今のまま伯爵家の騎士を連れて行きます。王宮の警備に全部委ねるのは、まだ早い気がするの」

 疑惑はまだ晴れていない。王妃も、アルトワーズも、グレンダール公爵も、誰もが自分の立場で動いている。どこに罠が潜んでいるか知れない状況では、簡単に身を預けるわけにはいかない。

「わかりました。では、私たちも精一杯の警戒をいたします」

 侍女が下がると、ココナは改めて夕焼け色に染まる空を見つめる。あすの夜会では、必ず何かが起きる。王妃はそこで全ての決着をつけると宣言し、グレンダール公爵家も黙ってはいないだろう。アルトワーズがどう動くかも未知数だ。

「でも、逃げない。ここで踏みとどまらなければ、何も変わらない」

 そう自分に言い聞かせながら、窓に映る自分の姿をまっすぐ見据える。かつての自分なら、王宮の夜会に胸を躍らせ、ただドレスの華やかさを気にする程度だったかもしれない。今は違う。夜会の場で自分の名誉を取り戻すこと、そしてローレライとともに真犯人を暴くことが最優先だ。

 やがて夜の帳が降り、屋敷の中に灯りが灯る。ココナは眠る前に最後の用意をしようと、侍女とともにクローゼットを開く。ドレスは華やかさを抑えつつも気品を失わないものを選び、髪飾りもあまり派手にならないように。あくまで自分を主張するより、冷静に物事を見極める意志を示したかった。

「明日が正念場。……きっと大丈夫」

 いつの間にか、ココナは自分に対してそうつぶやいていた。希望と不安が渦巻く中、それでも一歩ずつ前へ進むしかない。夜会の招待状が示すのは、運命の舞台へ上がるための呼び鈴。その音を握りしめるように、ココナは目を閉じて決意を新たにする。

 夜が更け、静まり返った伯爵邸。明日の嵐を予感させるように、時折窓をかすめる冷たい風が、ココナの髪をそっと揺らしていた。
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