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夜会の始まりからしばらく経った頃、会場に華やかな音楽が流れ始めた。貴族たちは踊りの輪を作り、優美なステップで床を彩る。けれど、ココナとローレライの目は、そんな優雅な景色を楽しむ余裕などなかった。
「ココナ様、グレンダール公爵がこちらを見ています」
ローレライが小声で告げる。視線を向けると、公爵は冷たい笑みを浮かべたまま、二人に興味を示しているようだった。まるで「すべてお見通しだ」というような、余裕のある態度だ。
ココナは一瞬、その無表情に息を詰まらせる。だが意を決して、ローレライと共に公爵のもとへ向かった。周囲を取り巻く取り巻きたちが怪訝そうに二人を見やる中、ココナは丁寧に礼をする。
「グレンダール公爵様、今宵はお目にかかれて光栄です」
「ほう、フォルティア伯爵令嬢か。それにグランディア公爵令嬢も。君たちの噂は耳にしているよ」
公爵の声は抑揚が乏しく、意図を読ませない。ココナは胸の奥で鼓動が高鳴るのを感じながら、思い切って言葉を続ける。
「実は少々お伺いしたいことがございまして。以前、倉庫街で公爵家の紋章を掲げた馬車が目撃されたという話を耳にしました。あれは公爵様のものでしょうか」
一瞬、公爵の眉が動いたように見えた。周囲にいた取り巻きたちがざわつき始める。明らかに場違いな問いかけであることは承知だが、ここで引き下がっていては真相には近づけない。
「さあ、私の馬車があちこちに行くこともあるかもしれないが……それをいちいち把握していると思うかね」
「……そう、ですわね」
にべもない返事に、ココナは表情を曇らせる。だが、ローレライが後を継いだ。
「失礼ながら、その馬車が不審な取引に使われていたと聞いたのです。もし公爵様がご存じでないなら、どなたか使用人が勝手に使った可能性は?」
「私に断りなく馬車を用いる者がいるなど、あり得ない。まったく根拠のない噂話を、私を疑う材料にしようとはね」
取り巻きたちがくすくす笑い、ココナたちを見下すように視線をやる。公爵は揺るぎない態度で、二人の言葉を一蹴する。だが、その笑みにどこか焦りの色が混じっているようにも感じられた。
「では、お引き取りを。私には王太子殿下や要人たちに挨拶せねばならぬ義務がある。噂話に時間を割くほど暇ではない」
冷ややかな一瞥を向け、公爵は踵を返してしまう。その後ろ姿を見送るしかないココナとローレライの耳には、取り巻きたちの嘲笑が嫌味なほど響いた。
「……やはり噂の男は嘘を言っている。そう思わせたいのでしょうね」
ローレライが悔しそうに唇をかむ。真犯人がグレンダール公爵だと確信していても、証拠を突きつけられない以上、ただの“噂を信じた令嬢の妄言”で終わりかねないのだ。
するとそのとき、大広間の一角で急に人々が声をひそめ始めた。視線が一点に集まっている。何事かと思いそちらへ目をやると、王妃フィリアが広間の中央に進み出ている。まるで舞台に立つ役者のように、会場の注目を一気に集めていた。
「皆様、今宵はご多忙の中ご出席いただき感謝いたします。……ところで、先日のケーキ騒動について、ここで一つ、私からお話させていただきたいことがございます」
静寂に包まれた空間で、フィリア王妃の透き通った声が響き渡る。ココナとローレライはお互いに目を合わせ、こくりと唾を飲みこんだ。今こそ、長い間振り回されたこの騒動の全貌が暴かれるのかもしれない。
隅に立つグレンダール公爵の表情が、ほんの一瞬だけ強張ったように見えた。時が止まるような緊迫した空気の中、夜会は一気に核心へと突き進んでいこうとしていた。
「ココナ様、グレンダール公爵がこちらを見ています」
ローレライが小声で告げる。視線を向けると、公爵は冷たい笑みを浮かべたまま、二人に興味を示しているようだった。まるで「すべてお見通しだ」というような、余裕のある態度だ。
ココナは一瞬、その無表情に息を詰まらせる。だが意を決して、ローレライと共に公爵のもとへ向かった。周囲を取り巻く取り巻きたちが怪訝そうに二人を見やる中、ココナは丁寧に礼をする。
「グレンダール公爵様、今宵はお目にかかれて光栄です」
「ほう、フォルティア伯爵令嬢か。それにグランディア公爵令嬢も。君たちの噂は耳にしているよ」
公爵の声は抑揚が乏しく、意図を読ませない。ココナは胸の奥で鼓動が高鳴るのを感じながら、思い切って言葉を続ける。
「実は少々お伺いしたいことがございまして。以前、倉庫街で公爵家の紋章を掲げた馬車が目撃されたという話を耳にしました。あれは公爵様のものでしょうか」
一瞬、公爵の眉が動いたように見えた。周囲にいた取り巻きたちがざわつき始める。明らかに場違いな問いかけであることは承知だが、ここで引き下がっていては真相には近づけない。
「さあ、私の馬車があちこちに行くこともあるかもしれないが……それをいちいち把握していると思うかね」
「……そう、ですわね」
にべもない返事に、ココナは表情を曇らせる。だが、ローレライが後を継いだ。
「失礼ながら、その馬車が不審な取引に使われていたと聞いたのです。もし公爵様がご存じでないなら、どなたか使用人が勝手に使った可能性は?」
「私に断りなく馬車を用いる者がいるなど、あり得ない。まったく根拠のない噂話を、私を疑う材料にしようとはね」
取り巻きたちがくすくす笑い、ココナたちを見下すように視線をやる。公爵は揺るぎない態度で、二人の言葉を一蹴する。だが、その笑みにどこか焦りの色が混じっているようにも感じられた。
「では、お引き取りを。私には王太子殿下や要人たちに挨拶せねばならぬ義務がある。噂話に時間を割くほど暇ではない」
冷ややかな一瞥を向け、公爵は踵を返してしまう。その後ろ姿を見送るしかないココナとローレライの耳には、取り巻きたちの嘲笑が嫌味なほど響いた。
「……やはり噂の男は嘘を言っている。そう思わせたいのでしょうね」
ローレライが悔しそうに唇をかむ。真犯人がグレンダール公爵だと確信していても、証拠を突きつけられない以上、ただの“噂を信じた令嬢の妄言”で終わりかねないのだ。
するとそのとき、大広間の一角で急に人々が声をひそめ始めた。視線が一点に集まっている。何事かと思いそちらへ目をやると、王妃フィリアが広間の中央に進み出ている。まるで舞台に立つ役者のように、会場の注目を一気に集めていた。
「皆様、今宵はご多忙の中ご出席いただき感謝いたします。……ところで、先日のケーキ騒動について、ここで一つ、私からお話させていただきたいことがございます」
静寂に包まれた空間で、フィリア王妃の透き通った声が響き渡る。ココナとローレライはお互いに目を合わせ、こくりと唾を飲みこんだ。今こそ、長い間振り回されたこの騒動の全貌が暴かれるのかもしれない。
隅に立つグレンダール公爵の表情が、ほんの一瞬だけ強張ったように見えた。時が止まるような緊迫した空気の中、夜会は一気に核心へと突き進んでいこうとしていた。
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