私との婚約、今日で終わりですか?

ともえなこ

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夜会の半ばを過ぎたころ、アルトワーズ王太子がココナの近くに歩み寄ってきた。周囲の貴族たちが気づき、道を開ける。婚約破棄以来、二人がこうして公の場で言葉を交わすのは初めてだった。

「ココナ」

 名前を呼ばれると、胸が震えた。かつては当たり前のように交わしていた呼び方だが、今はひどく遠いものに思える。ココナはぎこちなく微笑んで挨拶した。

「殿下。先ほどは……私のことを庇ってくださり、ありがとうございました」

「当然だ。お前が悪事を働くはずなどないと、ずっと信じていた」

 その言葉に、ココナは思わず視線を落とす。ならば、なぜあの時婚約破棄を選んだのかという疑念がどうしても残る。アルトワーズもそれを感じ取ったのか、苦い表情で続けた。

「何も言わずに背を向けたこと、許してもらえるとは思っていない。だが、あれは王宮内での権力争いを回避するためにやむなく取った措置だったんだ」

「……権力争い、ですか」

「グレンダール公爵が私に提示してきた別の縁談を、王妃や他の貴族がどう見るか。もしその思惑を拒めば、下手をすれば戦乱の火種になりかねなかった。お前を巻き込みたくなかった」

 アルトワーズの声には、やりきれない悔しさがにじんでいる。ココナは静かに頷きつつも、複雑な思いが胸に広がる。自分を守るためにあえて突き放した——そう聞かされれば、安易に責めることはできない。

 周囲の貴族たちは、このやり取りを遠巻きに眺めている。真剣な二人の姿に、どこか感動したような空気も漂うが、一方で冷笑や嫉妬の視線も感じる。しかし、そんなことを気にしている暇はない。

「わかりました。殿下のお気持ちは理解しました。でも、これで終わるわけにはいきません。ケーキ事件の真犯人が明らかにならない限り、私もローレライ様も傷が癒えません」

 ココナの瞳には、はっきりとした決意が宿っている。アルトワーズは短く息を吐き、首肯した。

「もちろんだ。私も真犯人を許すつもりはない。いずれ名を公表するつもりで動いている。王妃や父上(国王)とも協議し、確固たる証拠を揃えてからだ」

「証拠……そうですね。それがなければ、公爵家のような大勢力を動かすことは難しい」

 アルトワーズが実際にどこまで証拠を掴んでいるのかは不明だが、少なくとも行動していることは確かだ。もし王太子が先頭に立ち、公爵の不正を暴くならば、ココナが必死に集めた断片的な情報も役に立つかもしれない。

「私はお前との関係を、もう一度考え直したいと思っている。もちろん、無理にとは言わない。だが、もしお前の気持ちに余裕ができたら……」

 遠慮がちに告げるアルトワーズの言葉に、ココナははっとする。まだ自分は婚約破棄の痛みや疑念から完全に解放されたわけではない。しかし、かつてのように寄り添ってくれるならば、再び手を取り合える日は来るのだろうか。

「今はまだ返事をできそうにありません。けれど、ありがとうございます。殿下」

 ココナが精一杯の礼を述べると、アルトワーズは小さく微笑んで「わかった」と答えた。その笑みに、かつての王子の面影が重なり、ココナは心が揺れ動く。

 遠目に見ていたローレライは、ホッと安堵したように微笑んでいる。ココナにとって、今の会話は確かに一歩先へ進むきっかけになったのかもしれない。だが同時に、今後の自分の生き方を再考する大きな分岐点にもなるだろう。

 夜会はまだ終わらない。ケーキ事件の真相に近づくにつれ、ココナの未来も少しずつ動き始めようとしていた。
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