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夜会は終盤に差しかかり、多くの貴族が踊りや談笑を楽しみながらも、どこかそわそわと落ち着かない様子を見せていた。王太子や王妃、グレンダール公爵を中心に、何かが起こるのではないかと期待と不安が広がっているのだ。
そんな中、ココナは大広間の隅で一息をついていた。何人もの貴族から話しかけられ、今さら遅い友情を示されたり、あるいは好奇の目で質問攻めに遭ったりと、心が休まらなかったのだ。以前の“悪役令嬢”呼ばわりが嘘のように、注目の的になっている。
「ココナ様、少し休憩を取ったほうがよろしいかと」
侍女が水の入ったグラスを差し出す。ココナは礼を言って受け取り、少しだけ口を湿らせた。周囲の喧騒に酔いそうになっている自分を感じる。
「……ローレライ様はどこかしら」
目をやると、ローレライは別の公爵令嬢たちに囲まれて何か話し込んでいる。ケーキの事件や噂の真相について問われているのだろう。大人しい彼女も、今日ばかりは社交的に対応するしかない。
そのとき、ココナの脳裏に、これから先の自分の立ち位置が浮かぶ。もし、毒事件の真犯人がグレンダール公爵と判明すれば、大きな衝撃が走るだろう。王太子アルトワーズは自分の名誉を回復させると宣言した。となれば、婚約破棄の撤回という流れもあり得るのかもしれない。
「でも、本当にそれでいいの……?」
心の奥に微かな迷いが生まれる。アルトワーズとやり直すと決めたわけではない。むしろ、婚約破棄以降、自分が歩み始めた道をどう扱うべきか。伯爵家の未来や、彼女自身の生き方も含めて、多くの選択肢がある。
「お嬢様、大丈夫ですか」
侍女が心配そうに声をかける。ココナは小さく笑みを作り、「平気よ」と応じたが、胸の中の不安は消えない。真犯人が暴かれて事件が解決しても、自分が本当に幸せになれる道はどこなのか——その答えがまだ見つからない。
不意に、視界の隅でグレンダール公爵の姿が揺れた。彼は部下らしき男に何か耳打ちをしたあと、そっと部屋の外へ向かって歩き出す。その動きに気づいたココナは直感的に「何かが起こる」と感じた。
「……すみません、ちょっと行ってきます」
侍女に声をかけてから、ココナは公爵のあとを追う。大広間から廊下に出ると、公爵の姿はもう見えない。だが、少し先の角を曲がる人影がチラリと見えた。
「今、このタイミングで出て行くなんて、何を考えているのかしら」
足音を立てないように気をつけながら進むココナ。心臓が高鳴る。恐ろしい陰謀に巻き込まれる危険もあるが、ここで公爵の秘密を掴めば、真相解明が加速するかもしれない。
やがて人の気配がする部屋に近づく。扉が半開きで、中から低い声が聞こえた。恐る恐る覗き込むと、グレンダール公爵が部下らしき男と密談しているのが見える。
「……殿下が一枚噛んでいる以上、今夜のうちに手を打たねばならん。こちらにも後がない」
「しかし、公爵様。このままでは王太子殿下の怒りを買いかねません。余計なことはなさらず、時期を待ったほうが……」
「お前に何がわかる。私がどれだけのものを賭けてきたか。奴らを生かしておけば、この先王家に利用され、我が家は失墜するかもしれんのだぞ」
公爵の声には焦りと憎悪が滲んでいた。ココナは震える手でドアの隙間を握りしめ、声を殺して聞き続ける。どうやら彼は今まさに行動を起こそうとしている。もしここで踏み出せば、大きな危険に遭遇するかもしれない。
「でも……これ以上逃げていても何も変わらない」
未来への不安より、今は真実を掴むことが大事だ。そう自分に言い聞かせ、ココナは廊下に身を潜めたまま、次の機会を伺う。夜会の背後で進む闇の動きが、すぐそこまで迫っている気がしてならなかった。
そんな中、ココナは大広間の隅で一息をついていた。何人もの貴族から話しかけられ、今さら遅い友情を示されたり、あるいは好奇の目で質問攻めに遭ったりと、心が休まらなかったのだ。以前の“悪役令嬢”呼ばわりが嘘のように、注目の的になっている。
「ココナ様、少し休憩を取ったほうがよろしいかと」
侍女が水の入ったグラスを差し出す。ココナは礼を言って受け取り、少しだけ口を湿らせた。周囲の喧騒に酔いそうになっている自分を感じる。
「……ローレライ様はどこかしら」
目をやると、ローレライは別の公爵令嬢たちに囲まれて何か話し込んでいる。ケーキの事件や噂の真相について問われているのだろう。大人しい彼女も、今日ばかりは社交的に対応するしかない。
そのとき、ココナの脳裏に、これから先の自分の立ち位置が浮かぶ。もし、毒事件の真犯人がグレンダール公爵と判明すれば、大きな衝撃が走るだろう。王太子アルトワーズは自分の名誉を回復させると宣言した。となれば、婚約破棄の撤回という流れもあり得るのかもしれない。
「でも、本当にそれでいいの……?」
心の奥に微かな迷いが生まれる。アルトワーズとやり直すと決めたわけではない。むしろ、婚約破棄以降、自分が歩み始めた道をどう扱うべきか。伯爵家の未来や、彼女自身の生き方も含めて、多くの選択肢がある。
「お嬢様、大丈夫ですか」
侍女が心配そうに声をかける。ココナは小さく笑みを作り、「平気よ」と応じたが、胸の中の不安は消えない。真犯人が暴かれて事件が解決しても、自分が本当に幸せになれる道はどこなのか——その答えがまだ見つからない。
不意に、視界の隅でグレンダール公爵の姿が揺れた。彼は部下らしき男に何か耳打ちをしたあと、そっと部屋の外へ向かって歩き出す。その動きに気づいたココナは直感的に「何かが起こる」と感じた。
「……すみません、ちょっと行ってきます」
侍女に声をかけてから、ココナは公爵のあとを追う。大広間から廊下に出ると、公爵の姿はもう見えない。だが、少し先の角を曲がる人影がチラリと見えた。
「今、このタイミングで出て行くなんて、何を考えているのかしら」
足音を立てないように気をつけながら進むココナ。心臓が高鳴る。恐ろしい陰謀に巻き込まれる危険もあるが、ここで公爵の秘密を掴めば、真相解明が加速するかもしれない。
やがて人の気配がする部屋に近づく。扉が半開きで、中から低い声が聞こえた。恐る恐る覗き込むと、グレンダール公爵が部下らしき男と密談しているのが見える。
「……殿下が一枚噛んでいる以上、今夜のうちに手を打たねばならん。こちらにも後がない」
「しかし、公爵様。このままでは王太子殿下の怒りを買いかねません。余計なことはなさらず、時期を待ったほうが……」
「お前に何がわかる。私がどれだけのものを賭けてきたか。奴らを生かしておけば、この先王家に利用され、我が家は失墜するかもしれんのだぞ」
公爵の声には焦りと憎悪が滲んでいた。ココナは震える手でドアの隙間を握りしめ、声を殺して聞き続ける。どうやら彼は今まさに行動を起こそうとしている。もしここで踏み出せば、大きな危険に遭遇するかもしれない。
「でも……これ以上逃げていても何も変わらない」
未来への不安より、今は真実を掴むことが大事だ。そう自分に言い聞かせ、ココナは廊下に身を潜めたまま、次の機会を伺う。夜会の背後で進む闇の動きが、すぐそこまで迫っている気がしてならなかった。
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