私との婚約、今日で終わりですか?

ともえなこ

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グレンダール公爵が連行されたあとの王宮は、一転して祝福の空気に包まれた。王太子の英雄的な働きと、フォルティア伯爵令嬢の潔白が証明されたのだ。長らく混乱をもたらした毒騒動の解決に、貴族たちは安堵と称賛を交わし合う。

「ココナ様、よかった。私たち、やっと報われましたね」

 ローレライが嬉しそうに涙をこぼしている。ココナも心が解き放たれたような、晴れやかな気持ちだった。ローレライとの友情がなければ、ここまで戦えなかったと改めて感じる。

 しばらく経つと、アルトワーズが人々の前から姿を消し、廊下のほうへ歩いていくのが見えた。ココナは何となく胸騒ぎを覚え、あとを追う。夜会の熱気を避けるかのように、王子の背中は離れのバルコニーへと消えていった。

「殿下……」

 バルコニーからは月明かりに照らされた庭園が見下ろせる。柔らかな風が吹き抜け、先ほどの喧噪から隔離されたかのように静かだ。アルトワーズは手すりにもたれ、夜空を見上げていた。

「ココナ、来てくれたのか」

 声にかすかな疲れが混じる。公爵との闘いに全力を注いだのだろう。ココナはそっと近寄り、彼の横に立った。

「お疲れではありませんか。今夜は本当に大変でしたものね」

「ありがとう。でも、おかげで全てが終わった。この国が大きく揺らぐ前に、決着をつけることができた」

 アルトワーズの横顔には安堵が浮かび、同時に悔しさや悲しみも混ざっているように見える。ココナは言葉少なに寄り添い、その気持ちを汲もうとする。

「私にできることはあまりなかったけれど、少しでもお役に立てたなら……よかったです」

「お前は、私の心を守ってくれた。ずっと昔から。……婚約破棄のことで傷つけてしまったが、本当は後悔ばかりだったんだ」

 アルトワーズの声が震える。彼はココナの手をそっと取り、かつてのぬくもりを確かめるように握った。その瞬間、ココナの胸に熱い想いがこみ上げる。今まで封じ込めていた感情が一気に溢れそうだ。

「私も、最初は憎んでいました。でも、今はわかります。殿下なりにいろいろ考えていてくださったのだと」

 ココナが微笑むと、アルトワーズはゆっくりと彼女の手を引き、自分の胸元へといざなう。夜風が二人の髪を撫で、月の光が幻想的に照らし出す。

「もし、今一度私の隣にいてくれるなら……お前と再び婚約を結びたい。国を担う立場である以上、甘い言葉ばかりは言えないが、それでも私はお前を大切に想っている」

 まっすぐな瞳がココナを見つめる。かつての幼い恋心とは違う、責任と覚悟を帯びた求婚だった。迷い続けたココナの胸に、確かに響くものがある。

「殿下、それは……私、すぐに答えを出せるわけではないです。だけど、少しだけ考えさせてください」

「もちろんだ。お前が納得するまで待つ。何年でも待とう」

 アルトワーズの口元に浮かぶ穏やかな微笑みが、ココナの心をさらに揺さぶる。昔と同じ王太子には戻れない。だが、今の彼ならば、もう一度信じてもいいかもしれないと思わせる温かさがある。

 バルコニーには二人だけの時間が流れ、周囲の喧騒から切り離されたようだった。やがてアルトワーズは、「そろそろ戻ろうか」とココナに声をかける。手をつないで再び夜会の会場へ歩み始める姿は、まるでかつての婚約者同士に戻ったかのようだ。

 バルコニーの誓い——それはココナにとって、新たな道を開く大きな一歩。まだ迷いは残るが、その迷いすら受け止める包容力が、今のアルトワーズには備わっているように感じられた。
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