婚約破棄ですか?道連れにしますけど?

ともえなこ

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噂と現実

私がアレクシス王子の婚約者となってから、一週間が過ぎた。

王宮での生活には、少しずつ慣れてきた。

だが、私を取り巻く環境は、日に日に厳しさを増していくようだった。

「まあ、お聞きになって? あのナティアーノ家のレベッカ様が、王子殿下のご婚約者ですって」

「正気とは思えないわ。国を滅ぼしかけた反逆者の娘ですのに」

「きっと、何か裏があるに違いないわ。王子殿下を誑かして、また何か企んでいるのよ」

王宮のサロンや廊下で交わされる、貴族たちの囁き声。

彼らは、私が近くにいることに気づくと、そそくさと口をつぐみ、扇で顔を隠して足早に去っていく。

その視線は、刃物のように冷たく、私の心を突き刺した。

侍女たちの態度は、さらにあからさまだった。

聞こえよがしのため息。

わざと音を立てて置かれるティーカップ。

ドレスに着替えるのを手伝う指先の、侮蔑的な冷たさ。

私は、ただ黙って、全てを受け入れた。

侯爵令嬢としての矜持を胸の奥に押し殺し、今は嵐が過ぎ去るのを耐えるしかないのだと、自分に言い聞かせて。

だが、そんな噂は、王宮の中だけにとどまらなかった。

新聞という形で、瞬く間に王都中、いや、国中に広まっていったのだ。

『第一王子アレクシス殿下、破滅の令嬢レベッカ・ナティアーノと電撃婚約!』

扇情的な見出しが、紙面で踊る。

記事の内容は、私を『国を救った悲劇のヒロイン』と持ち上げるものと、『王子に取り入った稀代の悪女』と貶めるものと、真っ二つに分かれていた。

真実がどうであれ、私が世間の格好のゴシップネタになっていることだけは、確かだった。

その日、一人の侍女が、怯えたような、それでいてどこか楽しんでいるような目で、私に告げた。

「レベッカ様……。市井では、こんな歌が流行っているそうでございます」

「……歌?」

「はい……。『悪女の涙か、聖女の微笑みか、王子を射止めた薔薇は毒の薔薇』……と」

侍女は、そこで言葉を切った。

私は、何も言わずに、窓の外に視線を移す。

毒の薔薇、か。

言い得て妙かもしれない。

私は、誰かを幸せにする花ではなく、近づく者すべてを傷つける、毒を持つ棘だ。

王子も、いずれそのことに気づくだろう。

その頃、王都の外れにある、薄汚れた安酒場では、一人の男が荒れていた。

「……馬鹿な! ありえない! なぜ、あの女が!」

ジュリアン・ド・ラ・クロワは、テーブルに突っ伏し、悪態をついていた。

公爵家の嫡男という輝かしい地位から転落し、追放された彼は、今や見る影もないほど落ちぶれていた。

その彼の目の前に、一枚の新聞が叩きつけられる。

「おい、ジュリアン。見たかよ、これ」

かつての取り巻きの一人が、面白半分に声をかける。

ジュリアンが、虚ろな目でその新聞に視線を落とした瞬間、彼の目は大きく見開かれた。

そこには、アレクシス王子の隣で、凛として立つレベッカの姿が描かれていた。

絵姿ではあったが、その姿は、かつて自分が知っていたどの彼女よりも、気高く、美しく見えた。

「なぜ……。なぜ、お前がそこにいる、レベッカ……!」

ジュリアンは、新聞紙をくしゃくしゃに握りつぶす。

自分を破滅させた女。

自分を裏切った女。

その女が、自分よりも遥かに高い場所へ、手の届かない場所へと行ってしまった。

その事実が、彼のちっぽけなプライドを、ズタズタに引き裂いた。

「許さない……。絶対に、許さないぞ、レベッカ……!」

嫉妬と憎悪に満ちた呟きは、酒場の喧騒の中に、虚しく消えていった。

彼の隣で、新しい婚約者であったはずのリリアナ・グレイが、青ざめた顔で震えていることにも気づかずに。

噂と、現実。

人々の思惑が、渦のように私を取り巻いていく。

私は、その渦の中心で、ただ一人、静かに立ち尽くしているだけだった。

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