19 / 37
19
しおりを挟む
リリアナは、追い詰められていた。
アルベルト殿下の心は、日に日に自分から離れていくのが分かった。
部屋に閉じこもり、自分のことなど目もくれない。
彼の口から出るのは、ため息と、そして、うわ言のような「ウピエル」という名前だけ。
(このままでは、捨てられる……!)
その恐怖が、リリアナの心を支配していた。
彼女が頼れるのは、アルベルト殿下の寵愛だけなのだ。
それを失えば、自分には何も残らない。
貴族社会からも、民衆からも、自分は「ウピエル様の代わりにはなれない、無能な女」と見なされている。
(全部、あの女のせいよ!)
憎しみが、黒い炎のようにリリアナの心に燃え上がった。
ウピエル・クライフォルト。
あんな女がいなければ、自分は幸せな王太子妃になれたはずなのに。
(あいつの評判を、落としてやればいいんだわ)
追い詰められたリリアナは、浅はかな考えに行き着いた。
ウピエルの功績が、彼女を苦しめているのなら、その功績そのものを、嘘で塗り固めてしまえばいいのだ。
リリアナは、まず手近な侍女たちに、それとなく噂を流し始めた。
「ねえ、聞いたことある? クライフォルト公爵家の『奇跡の石鹸』の話……」
「ええ、リリアナ様。素晴らしい評判ですわね」
「でも、本当かしら……。私、聞いたの。あれは、ウピエル様が開発したんじゃなくて、公爵家がどこかの哀れな錬金術師から、タダ同然で奪い取った技術なんですって」
侍女は、きょとんとした顔でリリアナを見た。
「まあ……ですが、そのような噂は……」
「本当よ! 今のクライフォルト公爵家は、ウピエル様が婚約破棄されたことで、お金に困っているらしいの。だから、そんな汚い手を使って……」
しかし、侍女の反応は、リリアナが期待したものとは違った。
彼女は、困ったように微笑むだけだった。
「リリアナ様。クライフォルト公爵家が、お金に困るなどということは、天地がひっくり返ってもありえませんわ。それに、ウピエル様が、そのようなことをなさるはずが……」
リリアナは、別の令嬢たちのお茶会でも、同じような噂を流してみた。
「クライフォルト公爵領が、大豊作なんですってね」
「ええ、素晴らしいことですわ」
「でも、あれも偶然らしいわよ。たまたま、その年だけ天候が良かっただけなのに、全部ウピエル様の手柄ということにして、民を騙しているんですって。恐ろしい方……」
しかし、令嬢たちは、冷ややかな視線をリリアナに向けるだけだった。
「リリアナ様。何を根拠に、そのようなことをおっしゃるのですか?」
「わたくしの実家も、クライフォルト公爵領の隣ですけれど、今年の天候は例年通りでしたわ。豊作は、明らかにあの『自動水やり魔法具』のおかげだと、領民の誰もが感謝しておりますのに」
「ウピエル様を、貶めようとなさっているようにしか聞こえませんわね」
リリアナの試みは、ことごとく失敗に終わった。
ウピエルの功績は、あまりにも具体的で、圧倒的だった。
その恩恵を受けている人々が、大勢いる。
そんな確固たる事実の前では、リリアナの流す根も葉もない噂など、誰の心にも響かなかったのだ。
それどころか、噂はすぐにブーメランとなって、リリアナ自身に返ってきた。
「聞いた? リリアナ様、ウピエル様の悪口を言いふらしているんですって」
「まあ、なんて見苦しい。嫉妬ですわね」
「殿下の心が、ウピエル様に戻りかけているから、焦ってらっしゃるのよ」
「やはり、あの方に国母など務まるはずがないわ。品性が、あまりにも違いすぎる」
リリアナは、自分が完全に孤立していることを、思い知らされた。
味方は、どこにもいない。
アルベルト殿下の寵愛も、もうない。
自分が立っている場所が、まるで流砂のように、足元から崩れていく。
その恐怖と絶望の中で、リリアナは、さらに危険な思考へと堕ちていくのだった。
アルベルト殿下の心は、日に日に自分から離れていくのが分かった。
部屋に閉じこもり、自分のことなど目もくれない。
彼の口から出るのは、ため息と、そして、うわ言のような「ウピエル」という名前だけ。
(このままでは、捨てられる……!)
その恐怖が、リリアナの心を支配していた。
彼女が頼れるのは、アルベルト殿下の寵愛だけなのだ。
それを失えば、自分には何も残らない。
貴族社会からも、民衆からも、自分は「ウピエル様の代わりにはなれない、無能な女」と見なされている。
(全部、あの女のせいよ!)
憎しみが、黒い炎のようにリリアナの心に燃え上がった。
ウピエル・クライフォルト。
あんな女がいなければ、自分は幸せな王太子妃になれたはずなのに。
(あいつの評判を、落としてやればいいんだわ)
追い詰められたリリアナは、浅はかな考えに行き着いた。
ウピエルの功績が、彼女を苦しめているのなら、その功績そのものを、嘘で塗り固めてしまえばいいのだ。
リリアナは、まず手近な侍女たちに、それとなく噂を流し始めた。
「ねえ、聞いたことある? クライフォルト公爵家の『奇跡の石鹸』の話……」
「ええ、リリアナ様。素晴らしい評判ですわね」
「でも、本当かしら……。私、聞いたの。あれは、ウピエル様が開発したんじゃなくて、公爵家がどこかの哀れな錬金術師から、タダ同然で奪い取った技術なんですって」
侍女は、きょとんとした顔でリリアナを見た。
「まあ……ですが、そのような噂は……」
「本当よ! 今のクライフォルト公爵家は、ウピエル様が婚約破棄されたことで、お金に困っているらしいの。だから、そんな汚い手を使って……」
しかし、侍女の反応は、リリアナが期待したものとは違った。
彼女は、困ったように微笑むだけだった。
「リリアナ様。クライフォルト公爵家が、お金に困るなどということは、天地がひっくり返ってもありえませんわ。それに、ウピエル様が、そのようなことをなさるはずが……」
リリアナは、別の令嬢たちのお茶会でも、同じような噂を流してみた。
「クライフォルト公爵領が、大豊作なんですってね」
「ええ、素晴らしいことですわ」
「でも、あれも偶然らしいわよ。たまたま、その年だけ天候が良かっただけなのに、全部ウピエル様の手柄ということにして、民を騙しているんですって。恐ろしい方……」
しかし、令嬢たちは、冷ややかな視線をリリアナに向けるだけだった。
「リリアナ様。何を根拠に、そのようなことをおっしゃるのですか?」
「わたくしの実家も、クライフォルト公爵領の隣ですけれど、今年の天候は例年通りでしたわ。豊作は、明らかにあの『自動水やり魔法具』のおかげだと、領民の誰もが感謝しておりますのに」
「ウピエル様を、貶めようとなさっているようにしか聞こえませんわね」
リリアナの試みは、ことごとく失敗に終わった。
ウピエルの功績は、あまりにも具体的で、圧倒的だった。
その恩恵を受けている人々が、大勢いる。
そんな確固たる事実の前では、リリアナの流す根も葉もない噂など、誰の心にも響かなかったのだ。
それどころか、噂はすぐにブーメランとなって、リリアナ自身に返ってきた。
「聞いた? リリアナ様、ウピエル様の悪口を言いふらしているんですって」
「まあ、なんて見苦しい。嫉妬ですわね」
「殿下の心が、ウピエル様に戻りかけているから、焦ってらっしゃるのよ」
「やはり、あの方に国母など務まるはずがないわ。品性が、あまりにも違いすぎる」
リリアナは、自分が完全に孤立していることを、思い知らされた。
味方は、どこにもいない。
アルベルト殿下の寵愛も、もうない。
自分が立っている場所が、まるで流砂のように、足元から崩れていく。
その恐怖と絶望の中で、リリアナは、さらに危険な思考へと堕ちていくのだった。
23
あなたにおすすめの小説
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
冷遇妃マリアベルの監視報告書
Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。
第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。
そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。
王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。
(小説家になろう様にも投稿しています)
【完結】ドアマットに気付かない系夫の謝罪は死んだ妻には届かない
堀 和三盆
恋愛
一年にわたる長期出張から戻ると、愛する妻のシェルタが帰らぬ人になっていた。流行病に罹ったらしく、感染を避けるためにと火葬をされて骨になった妻は墓の下。
信じられなかった。
母を責め使用人を責めて暴れ回って、僕は自らの身に降りかかった突然の不幸を嘆いた。まだ、結婚して3年もたっていないというのに……。
そんな中。僕は遺品の整理中に隠すようにして仕舞われていた妻の日記帳を見つけてしまう。愛する妻が最後に何を考えていたのかを知る手段になるかもしれない。そんな軽い気持ちで日記を開いて戦慄した。
日記には妻がこの家に嫁いでから病に倒れるまでの――母や使用人からの壮絶な嫌がらせの数々が綴られていたのだ。
嫁ぎ先(予定)で虐げられている前世持ちの小国王女はやり返すことにした
基本二度寝
恋愛
小国王女のベスフェエラには前世の記憶があった。
その記憶が役立つ事はなかったけれど、考え方は王族としてはかなり柔軟であった。
身分の低い者を見下すこともしない。
母国では国民に人気のあった王女だった。
しかし、嫁ぎ先のこの国に嫁入りの準備期間としてやって来てから散々嫌がらせを受けた。
小国からやってきた王女を見下していた。
極めつけが、周辺諸国の要人を招待した夜会の日。
ベスフィエラに用意されたドレスはなかった。
いや、侍女は『そこにある』のだという。
なにもかけられていないハンガーを指差して。
ニヤニヤと笑う侍女を見て、ベスフィエラはカチンと来た。
「へぇ、あぁそう」
夜会に出席させたくない、王妃の嫌がらせだ。
今までなら大人しくしていたが、もう我慢を止めることにした。
完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました
らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。
そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。
しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような…
完結決定済み
婚約破棄された辺境伯令嬢ノアは、冷血と呼ばれた帝国大提督に一瞬で溺愛されました〜政略結婚のはずが、なぜか甘やかされまくってます!?〜
夜桜
恋愛
辺境の地を治めるクレメンタイン辺境伯家の令嬢ノアは、帝国元老院から突然の召喚を受ける。
帝都で待っていたのは、婚約者である若きエリート議員、マグヌス・ローレンス。――しかし彼は、帝国中枢の面前でノアとの婚約を一方的に破棄する。
「君のような“辺境育ち”では、帝国の未来にふさわしくない」
誰もがノアを笑い、見下し、軽んじる中、ひとりの男が静かに立ち上がった。
「その令嬢が不要なら、私がもらおう」
そう言ったのは、“冷血の大提督”と恐れられる帝国軍最高司令官――レックス・エヴァンス。
冷たく厳しい眼差しの奥に宿る、深い誠実さとあたたかさ。
彼の隣で、ノアは帝都の陰謀に立ち向かい、誇りと未来を取り戻していく。
これは、婚約破棄された辺境伯令嬢が、帝国最強の大提督に“一瞬で”溺愛され、
やがて帝国そのものを揺るがす人生逆転の物語。
子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。
さくしゃ
恋愛
アーリントン王国の片隅にあるバーンズ男爵領では、6人の子育てが落ち着いた領主夫人のエミリアと領主のヴァーンズは20回目の結婚記念日を迎えていた。
忙しい子育てと政務にすれ違いの生活を送っていた二人は、久しぶりに二人だけで食事をすることに。
「はぁ……盛り上がりすぎて7人目なんて言われたらどうしよう……いいえ!いっそのことあと5人くらい!」
気合いを入れるエミリアは侍女の案内でヴァーンズが待つ食堂へ。しかし、
「信じられない!離縁よ!離縁!」
深夜2時、エミリアは怒りを露わに屋敷を飛び出していった。自室に「実家へ帰らせていただきます!」という書き置きを残して。
結婚20年目にして離婚の危機……果たしてその結末は!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる