『クズ王太子の婚約者って私聞いてませんわ!』

ともえなこ

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「急ぎましょう! 一刻も早く、殿下の元へ!」

完成した解毒薬を、衝撃から守るために何重にも布で包み、革の鞄にしまうと、私たちは急いで屋敷を後にした。

不思議なことに、あれほど私たちを拒んでいた屋敷の怨念は、すっかり消え去っていた。

まるで、役目を終えたかのように、ただ静かな廃墟として、そこにあるだけだった。

帰路は、時間との戦いだった。

カフカ殿下の命の灯火が、今この瞬間にも消えてしまうかもしれない。

その焦りが、私たちを突き動かした。

昼も夜も、私たちは馬を走らせ続けた。

疲労は、とうに限界を超えていた。

けれど、鞄の中にある、あの小さな希望の光が、私たちを支えてくれていた。

そして、旅を始めて三日目の朝。

ようやく、見慣れた王都の城壁が、朝日の中にその姿を現した。

「見えましたわ! 王都です!」

フブカ王女が、歓喜の声を上げる。

私も、涙で滲む目で、その光景を見つめた。

しかし、城門に近づくにつれて、私たちは異変に気づいた。

「……様子が、おかしいですわね」

私の呟きに、レオノーラ様が厳しい表情で頷く。

城門の警備が、普段よりも遥かに厳重なのだ。

そして、何よりも奇妙なのは、城門の上に掲げられている旗だった。

王家の紋章である『剣と薔薇』ではない。

黒地に、金色の猪が描かれた、見慣れない紋章。

「あれは……オルデンブルク宰相家の紋章です」

レオノーラ様の言葉に、私たちの背筋を、冷たいものが走り抜けた。

なぜ、宰相家の旗が、王都の城門に?

私たちが門の前までたどり着くと、屈強な兵士たちが、槍を交差させて行く手を阻んだ。

その鎧も、王家のものとは違う。宰相家に仕える、私兵のものだ。

「止まれ! 何者だ!」

兵士の一人が、威圧的な声で怒鳴る。

レオノーラ様が、冷静に一歩前に出た。

「私は、国王陛下直属、女騎士団長のレオノーラ・シュヴァルツだ。王女殿下と公爵令嬢をお連れしている。道を開けなさい」

しかし、兵士は鼻で笑った。

「女騎士長? 笑わせるな。レオノーラ・シュヴァルツは、王太子殿下暗殺未遂の共犯者として、反逆罪の疑いで指名手配中だぞ!」

「なっ……!?」

レオノーラ様が、絶句する。

兵士たちは、一斉に私たちに弓を向けた。

その鏃が、きらりと鈍い光を放つ。

「大人しく投降しろ! さもなくば、ここで射殺する!」

絶体絶命。

宰相は、すでに、ここまで手を回していたのだ。

王都は、もはや、彼の手に落ちている。

「退くぞ!」

レオノーラ様は、叫ぶと同時に、巧みに馬首を返し、私たちに合図を送った。

私たちは、一斉に馬を駆けさせ、その場から離脱する。

背後から、怒号と、数本の矢が飛んでくる音が聞こえた。

王都に入ることすら、できない。

やっとの思いで手に入れた希望は、あまりにも巨大な絶望の壁の前に、脆くも打ち砕かれようとしていた。
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