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しおりを挟む王都の城壁が見える、郊外の森の中。
私たちは、息を潜めるようにして身を隠していた。
「……どうやら、宰相は、私たちが王都に戻ることを予測していたようですな」
レオノーラ様が、悔しそうに唇を噛む。
「国王陛下と王妃殿下は、ご無事なのでしょうか……」
フブカ王女が、不安そうな声で呟く。
王都の中の状況が、全く分からない。
このままでは、打つ手がない。
焦りと、無力感が、私たちを包み込む。
その時、レオノーラ様が顔を上げた。
「……私に、考えがあります。少しだけ、時間をください」
そう言うと、彼女は馬を茂みに隠し、一人で森の奥へと消えていった。
残された私とフブカ王女は、ただ待つことしかできなかった。
時間が、ひどく長く感じられる。
夜になり、冷たい月が空に昇った頃。
レオノーラ様が、一人の男を連れて、私たちの隠れ家に戻ってきた。
男は、見覚えのある、王家の衛兵の制服を着ていた。
「この者は、私の忠実な部下、マルセルです。信頼できます」
マルセルと名乗った若い衛兵は、私たちを見ると、その場で深く膝をついた。
「王女殿下、リルティア様、ご無事で何よりです」
「マルセル、王都の状況を話してくれ」
レオノーラ様に促され、マルセルは、重い口を開いた。
「はっ。三日前、オルデンブルク宰相が、緊急の布告を出しました。『王太子殿下の病状が悪化し、もはや手の施しようがない。国王陛下も、心労で倒れられた』と……」
「! お父様とお母様が!?」
「いえ、それは宰相の嘘です。陛下方は、宰相によって城の一室に軟禁状態に置かれています。そして、宰相は臨時摂政として、国の全権を掌握しました」
やはり、最悪の事態だった。
マルセルは、さらに、信じられないような事実を私たちに告げた。
「……そして、リルティア様にお伝えせねばならないことが」
「わたくしに……?」
「はい。カフカ殿下の『クズ』という悪評……あれは全て、殿下ご自身と国王陛下、そしてレオノーラ様が、意図的に流した、偽りの噂にございます」
「……え?」
私は、何を言われたのか、理解できなかった。
「数年前から、オルデンブルク宰相に、王位簒奪の動きがあることを掴んでおりました。しかし、尻尾を掴ませない。そこで、殿下は、あえて無能で素行の悪い王太子を演じることで、宰相を油断させ、炙り出すための芝居を打たれたのです」
誰にでも平等に優しく接していたのも、特定の貴族と親しくすることで、宰相に情報を与えたり、派閥争いに利用されたりするのを避けるためだったのだという。
「……そん、な」
私の頭を、ハンマーで殴られたような衝撃が襲った。
じゃあ、私の見てきたものは、全て。
私の怒りも、嫉妬も、絶望も、全て。
彼の、壮大な芝居の上で、一人で踊っていただけ……?
「わたくしは……なんて、愚かな……」
私は、カフカ殿下の本当の覚悟も知らず、彼を「クズ」と罵り、勝手に絶望し、そして、彼の計画を台無しにする、あの致命的な「婚約破棄」を叫んでしまったのだ。
あまりの愚かさに、涙も出なかった。
「リルティア様、落ち込んでいる場合ではありません」
フブカ王女が、私の肩を強く掴んだ。
マルセルが、悲痛な表情で続ける。
「宰相は、おそらく、近いうちに殿下を『病死』に見せかけて、暗殺するつもりです。そして、自らが王位に就く……それが、奴の狙いです」
残された時間は、もう、ほとんどない。
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