5 / 33
会談に臨む3
しおりを挟む
「こちらへおかけください」
部屋の中央のテーブルは書き物ができるよう少し高めで、その周囲に置かれた椅子は長時間の会合にも耐えられるようクッションがきいている。
室内で待機していた従僕が椅子を引いて、客人を座らせた。
一人めはレオンハルト、そしてその隣の片眼鏡の青年。ホールでもレオンハルトに近い位置で付き従っていたところを見ると、側近なのだろう。
残りの一人はヴァレンツァの兵士と隣り合って部屋の入り口近くに直立していた。
他の兵士たちはあらかじめ、別の部屋で待機するよう命じられている。
「お飲み物はいかがいたしましょう」
レオンハルトとその側近の顔を順番に視線を移し、ベアトリーチェは尋ねた。
「特にご希望がなければワインをお勧めします。我が国の名産品で、評判も良いのですよ」
自分の気持ちを落ち着けるため、そして相手の心を和らげる手助けになってくれればと思っての提案は、レオンハルトに一蹴されてしまう。
「いいや、結構だ。酒は飲まない」
こうまではっきりと断られるとは思わなかった。ベアトリーチェが目を瞬いていると、彼の側近が後を引き取った。
「あるじがこう言っておりますので、代わりにお茶でもいただければと思います」
そこでベアトリーチェは従僕に向かって紅茶と軽食を持ってくるように伝えた。
お茶を待っている間、なんとも言えない沈黙が部屋を包む。
客人へのもてなしとして酒を勧めることは間違ってはいないはずなのだが、こうもはっきりと断られるとは思わなかった。
――下戸なのかしら。それとも、講和会議を前に酒を飲む気になれないだけ?
酒は飲まない、というの常日頃からなのか今限りの話なのか、思いを巡らせる。レオンハルトの見た目からすると、酒が苦手だとしたらかなり意外なことだ。
ちらりと視線を送ると、レオンハルトはベアトリーチェのことを見つめていた。ぶしつけなほどまっすぐな視線を受けて、戸惑いを感じる。
――目を逸らせば、二心あるととらえられてしまうかもしれない。
そう思うと視線を逸らすこともできず、見つめ合ったままゆっくりとまばたきを繰り返す。
努めて平静を装おうとしながらも、ベアトリーチェの胸の内は不安でいっぱいだった。
この先の国の行く末、未熟な自分自身への不信がベアトリーチェの胸に重くのしかかる。
――レオンハルトの澄んだ瞳に、自分の姿はどのように映っているのだろうか。
そう考えると、胸がつきんと痛む。
ヴァレンツァ王女の評判を、彼は耳にしたことがあるはずだ。
肉親を裏切り姦計で国を乗っ取った毒婦。
その噂は、国内外を問わず広く流布しているという。
宰相たちは保身を図るため、ベアトリーチェの悪い噂を吹聴した。贅沢好きの王女のために税をつり上げ、もっと利益を得るために他国を蹂躙した。難しい性格の王女のせいで、メイドや従僕が城に居つかない。
すべては王女のわがままで、脅されてやったことだ。それを逃げ道にするつもりだったのだろう。
もしベアトリーチェが輝くような美姫であれば、朗らかで明るい性格なら根も葉もないと世間が味方をしたかもしれない。
けれど、宵闇の色をした髪や神経質そうな切れ長の目、ストレスのためか目の下に浮かんだ隈。そういった陰気な見た目やおとなしく引っ込み思案な性格が噂を真実に近づけた。
ベアトリーチェを悪者にする試みは成功して、今ではこの国では彼女と視線を合わせる人間すらいない。
側使えのメイドはベアトリーチェの本質を知ってから何かと良くしてくれるものの、常に宰相の手の物が目を光らせる中では必要以上の接触をすることを自重していた。
下手に関われば相手に害が及ぶ。そのためベアトリーチェは目を伏せ、人と関わることを避けて息を殺すようにして生きてきた。
だから今、久々に他人と目を合わせることができたことが新鮮だった。
部屋の中央のテーブルは書き物ができるよう少し高めで、その周囲に置かれた椅子は長時間の会合にも耐えられるようクッションがきいている。
室内で待機していた従僕が椅子を引いて、客人を座らせた。
一人めはレオンハルト、そしてその隣の片眼鏡の青年。ホールでもレオンハルトに近い位置で付き従っていたところを見ると、側近なのだろう。
残りの一人はヴァレンツァの兵士と隣り合って部屋の入り口近くに直立していた。
他の兵士たちはあらかじめ、別の部屋で待機するよう命じられている。
「お飲み物はいかがいたしましょう」
レオンハルトとその側近の顔を順番に視線を移し、ベアトリーチェは尋ねた。
「特にご希望がなければワインをお勧めします。我が国の名産品で、評判も良いのですよ」
自分の気持ちを落ち着けるため、そして相手の心を和らげる手助けになってくれればと思っての提案は、レオンハルトに一蹴されてしまう。
「いいや、結構だ。酒は飲まない」
こうまではっきりと断られるとは思わなかった。ベアトリーチェが目を瞬いていると、彼の側近が後を引き取った。
「あるじがこう言っておりますので、代わりにお茶でもいただければと思います」
そこでベアトリーチェは従僕に向かって紅茶と軽食を持ってくるように伝えた。
お茶を待っている間、なんとも言えない沈黙が部屋を包む。
客人へのもてなしとして酒を勧めることは間違ってはいないはずなのだが、こうもはっきりと断られるとは思わなかった。
――下戸なのかしら。それとも、講和会議を前に酒を飲む気になれないだけ?
酒は飲まない、というの常日頃からなのか今限りの話なのか、思いを巡らせる。レオンハルトの見た目からすると、酒が苦手だとしたらかなり意外なことだ。
ちらりと視線を送ると、レオンハルトはベアトリーチェのことを見つめていた。ぶしつけなほどまっすぐな視線を受けて、戸惑いを感じる。
――目を逸らせば、二心あるととらえられてしまうかもしれない。
そう思うと視線を逸らすこともできず、見つめ合ったままゆっくりとまばたきを繰り返す。
努めて平静を装おうとしながらも、ベアトリーチェの胸の内は不安でいっぱいだった。
この先の国の行く末、未熟な自分自身への不信がベアトリーチェの胸に重くのしかかる。
――レオンハルトの澄んだ瞳に、自分の姿はどのように映っているのだろうか。
そう考えると、胸がつきんと痛む。
ヴァレンツァ王女の評判を、彼は耳にしたことがあるはずだ。
肉親を裏切り姦計で国を乗っ取った毒婦。
その噂は、国内外を問わず広く流布しているという。
宰相たちは保身を図るため、ベアトリーチェの悪い噂を吹聴した。贅沢好きの王女のために税をつり上げ、もっと利益を得るために他国を蹂躙した。難しい性格の王女のせいで、メイドや従僕が城に居つかない。
すべては王女のわがままで、脅されてやったことだ。それを逃げ道にするつもりだったのだろう。
もしベアトリーチェが輝くような美姫であれば、朗らかで明るい性格なら根も葉もないと世間が味方をしたかもしれない。
けれど、宵闇の色をした髪や神経質そうな切れ長の目、ストレスのためか目の下に浮かんだ隈。そういった陰気な見た目やおとなしく引っ込み思案な性格が噂を真実に近づけた。
ベアトリーチェを悪者にする試みは成功して、今ではこの国では彼女と視線を合わせる人間すらいない。
側使えのメイドはベアトリーチェの本質を知ってから何かと良くしてくれるものの、常に宰相の手の物が目を光らせる中では必要以上の接触をすることを自重していた。
下手に関われば相手に害が及ぶ。そのためベアトリーチェは目を伏せ、人と関わることを避けて息を殺すようにして生きてきた。
だから今、久々に他人と目を合わせることができたことが新鮮だった。
0
あなたにおすすめの小説
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
肉食御曹司の独占愛で極甘懐妊しそうです
沖田弥子
恋愛
過去のトラウマから恋愛と結婚を避けて生きている、二十六歳のさやか。そんなある日、飲み会の帰り際、イケメン上司で会社の御曹司でもある久我凌河に二人きりの二次会に誘われる。ホテルの最上階にある豪華なバーで呑むことになったさやか。お酒の勢いもあって、さやかが強く抱いている『とある願望』を彼に話したところ、なんと彼と一夜を過ごすことになり、しかも恋人になってしまった!? 彼は自分を女除けとして使っているだけだ、と考えるさやかだったが、少しずつ彼に恋心を覚えるようになっていき……。肉食でイケメンな彼にとろとろに蕩かされる、極甘濃密ラブ・ロマンス!
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる