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くつろぎのラウンジで隣同士
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ダークカラーの外装にそびえ立つタワー、制服をきっちり身につけたドアマン。ロビーからは燦々と光が漏れている。
(わ……敷居が高い感じ)
一人だったら絶対に入れないような高級な印象のホテルに密かに怖気づくが、彼は迷いなくロビーに足を踏み入れる。
入ってすぐ、クリスマス飾りが目に入った。
ツリーとその周りに雪山を模した鉄道模型で、線路を走ってきた二台の機関車が優樹たちの目の前ですれ違った。そこで彼が足を止めて、優樹に尋ねる。
「ラウンジとバーだったらどっちがいい?」
右にラウンジ、そして左奥にバーがあるらしい。優樹は彼の示す先を見比べながら、答える。
「食事が充実してそうなのは、ラウンジかな」
ラウンジの方を覗き込むと、扇形の背もたれのついたソファにクッションが並べられているのが見えた。
「居心地よさそうだね」
優樹のこのひと言が決め手となり、ラウンジに落ち着くことが決まった。
二人に気づいた店員が素早く出迎えてくれて、中央窓側のソファ席に案内される。窓を向いたソファに横並びに腰掛けて、メニューを広げた。さほどかからず、彼はビーフカツサンドを、優樹は期間限定に惹かれてアップルシナモンティーを注文する。
つないでいた手は、座る時に外されている。
自由になった手から、少しずつぬくもりが消えていく。そのことに対して、優樹の中に何か感情が芽生えそうになった時、店員が注文の品を持ってやってきた。
低めのテーブルの上にガラスのポットと縁に金色の飾帯模様の入ったティーカップが並べられた。蓋のついていないポットにはスライスした生のリンゴが浮いていて、白い湯気がふわりと浮いてくる。
スパイスの香りが鼻先までのぼってきて、優樹は香しい芳香を深く息を吸い込んだ。
「先に飲んでて」
「うん、ありがと」
勧められるままにポットを傾けてカップに注ぐ。店に入ってから必要最低限の会話しか交わしていないけれど、それが苦痛ではない。
(二人で会う時はいつもこんな感じなんだよね)
波長が合うというのか、沈黙が落ちても焦る必要のない気楽さが好ましい。
カップを取り上げて、中身を冷ますためにふうっと細く息を吐き出すと、スパイスの香りが立ち上がった。
正面の窓の向こうは、おそらく日本庭園だ。冬だというのに一面の緑が青々と生い茂っている。外を眺めているうちに、窓に自分たちの姿が映り込んでいるのに気づく。
彼はすでにコートとジャケットを脱いで、グレーのセーター姿になっている。ソファ席だからリラックスしてもいいのに、背筋を伸ばして姿勢正しく腰掛けていた。
(わ、今目が合った⁉)
窓ガラスの上で視線がぶつかったような気がして、優樹は慌ててまばたきをする。窓までの距離は数メートルはあるけれど、優樹は目が合ったことを確信した。気づいたなら目をそらせばいいのに、お互い無言で見つめ合う。
彼のやや垂れたまなじりに奥二重のまぶたの下で、瞳が淡く光を放っている。
(笑いかける? 目が合っちゃったねーって指摘する? ダメだ、もう時間が経ちすぎてる……今さら不自然にしかならない)
優樹が次の手を打てずに固まっていると、彼の方から先に目をそらされる。というより、体ごとそっぽを向かれてしまった。
(えっ、さすがに見過ぎて不快だった……?)
馬鹿みたいにじっと見つめてしまったことを後悔していると、背後で空気が動くのがわかった。
「お待たせいたしました。ビーフメンチカツサンドです」
朗らかな声とともに、テーブルの上に皿が並べられる。彼がどうも、と会釈のようなうなずきのような動きを見せると、店員はごゆっくりどうぞ、と言いおいて去っていった。
「いただきます」
「あ、どうぞ」
口から出た後に、言わなくていいことだったかもと考える。ここはごちそうする気だが、自分が作ったわけでもないのにどうぞというのは違和感がある。
こうやってごちゃごちゃと言い訳がましく脳内で自問自答しているだけで、思っていることの半分も口に出せないのが情けない。
優樹は自分をごまかすように、カップに残った紅茶を一口啜った。
横からはサク、と軽快な音が聴こえる。先ほどの失敗を活かして目線をそらしているから想像になるが、カツを噛み切った時のものだろう。
(夜にカツサンド。男子っぽいチョイスだなあ)
女子としてはこの時間に食べるには、罪悪感が強いメニューだ。彼はまったく気にならないようで、黙々と食べ続けている。
白い皿の上に載っていたサンドが付け合わせのポテトとともにひとつまたひとつと減っていく。
――食べっぷりのいい人は好きだ。男子には時間も量も何も気にせず、肉や揚げ物を好きなだけ食べていてほしいと思う。
さっき目が合って気まずい思いをしたことを忘れたわけではないけれど、つい視線が彼の動きを追ってしまう。
パンにかぶりつくひと口が大きい。よほどお腹が減っていたのか、水分を摂ることもなく黙々と食べ続けている。
(いっぱい食べる人っていいよね。……大多数の女子は、そう思うんじゃないかな)
自分の意見ではなく女性一般の考えだとこじつけてみて、ひとり小さくうなずく。
「……食べる?」
不意にそう問われて、優樹はへ、と気の抜けた返事をした。じっと見ていたからだろう、彼は最後の一切れをつまみ上げて、優樹の方へ差し出そうとしていた。
「う、ううん。ごめんそういうつもりじゃなくて」
「そう?」
「お酒も飲んだし、お腹は減ってないよ。気にせず食べて」
「ん」
優樹がしどろもどろに答えると、彼はぱくりとサンドにかじりついた。結構ぶ厚めに作られたそれは、ほぼひと口に彼の口の中に消えてしまう。
すべて食べ終えると、彼は指先をペーパーナプキンで拭い、ようやくソファの背もたれに上半身を落ち着けた。聞くなら今だ、と思って優樹は口を開いた。
「今日、来てくれたのってさ、」
どうして、と聞いてもいいものか。なんだかどう聞いても自意識過剰になりそうで、途中で言葉が止まってしまう。
「なんで来たかって?」
「……うん」
ずっと気になっていたことだ。「迎えに来た」と彼は言ったけれど、どうして来てくれたかがわからない。
彼とメッセージをやり取りしていた時、病んでいた自覚はある。でも、弱音を聞いてすぐに駆けつけてくれるだけの関係を築けていたかといえば、優樹は首を傾げざるを得ない。
「ゆきさんを助けに来た」
視線をまっすぐ前に向けたまま、彼は言った。世間話をするのと変わらない淡々とした口調で告げられた内容に、優樹の心はざわめく。
(な、なんて答えれば……?)
助けに来た、だなんて。ときめかずにはいられない。
そんなこと、初めて言われた。どういうつもりの言葉なのか、正解を探して脳をフル活動させていると、彼がこちらを向いた。
「……なんてね」
「あ、……え……?」
(つまり、今のは冗談?)
「あはは、ユウキくんも冗談言うんだね」
優樹は鳴動する心臓を落ち着けようと、ポットを取りあげて残りの紅茶をカップに注ぎ入れた。動揺が指に伝わり、茶器同士が触れ合ってカタカタと小さく音を立てた。
彼はため息とあくびの中間のような息を吐きかけて、手のひらで受け止めた。
「最近仕事、忙しい?」
優樹はカップを取り上げながら、これ幸いと話を変えるきっかけに飛びついた。
「うん、担当のシステムのリリース日が近くて」
「残業多いんだ。休めてる?」
「休日出勤はしないことになってるから。家で寝てるか家事してるかくらいだけど」
「そっかあ……」
クリスマス時期なのに、残念だね。次に言う言葉を頭に思い浮かべてみて、自分が全然そう思っていないことに気づく。
(クリスマスだからって浮かれる必要ないし。私だって、)
「ゆきさんは?」
彼の方から話が振られて、優樹は最近の生活を振り返る。
「私も同じような感じ。平日は仕事して、帰って寝るだけだな」
「たまに今日みたいに飲み会して?」
「うん。て言っても飲み会も久しぶり。ほら、クリスマス前だし出会い欲しいみたいな雰囲気で頼まれて」
「幹事って大変だよね。みんなに連絡したり店決めたり。すごいと思う」
(あ、やばい。ちょっと泣きそう……)
誰も言ってくれなかったことをさらりと告げられて、不覚にも目頭が熱くなる。
「そんなことないよ。今日は私が一番年上だったし、適当に」
「あるでしょ。ゆきさん、偉いよ」
ぽん、と頭に重みがかかって、頭を撫でられているのだと理解した。
「あはは、ありがと」
声が震えてしまわないように、鼻声にならないように必死で取り繕う。
――潤んでいる目を、周囲の暗さが隠してくれればいいんだけど。そんなことを思いながら、手に持ったままだったカップをソーサーに戻す。
(ちょっと、ここで泣くなんてダメすぎでしょ。さすがに引かれる)
周囲から別れ話でもしているのかと疑われかねない。優雅なラウンジの雰囲気が壊れてしまう。
(彼の名誉のためにも、絶対いけない)
奥歯を噛み締めて、涙がこぼれ落ちないようにまばたきを止める。いつのまにか、頭部に置かれた手は引っ込められていた。
「初めて、幹事やってよかったって思ったかも」
へらりと笑ってみせる。彼からの返事はあー、とも、んー、とも判別できない不明瞭な相槌だった。その適当さがかえって救われる。優樹は丸めていた背を伸ばし、ソファに深く座り直して膝の上で手を組んだ。
(ユウキくんって本当、すごい)
幹事を引き受けたのは自分なのだし、それなのに勝手に疲れて弱気になって自己責任もいいとこなのだが、彼の口から出るのは労りの言葉ばかりだ。優樹が救われる言葉を的確に与えてくれた。
「……ありがとうね」
万感の思いで、優樹は感謝を伝えた。しかしそれに対しての答えはない。反応を期待しているわけではなかったけれど、沈黙が長いことが気になって顔を上げる。彼はうつむき加減で腰掛けたまま微動だにしない。
(わ……敷居が高い感じ)
一人だったら絶対に入れないような高級な印象のホテルに密かに怖気づくが、彼は迷いなくロビーに足を踏み入れる。
入ってすぐ、クリスマス飾りが目に入った。
ツリーとその周りに雪山を模した鉄道模型で、線路を走ってきた二台の機関車が優樹たちの目の前ですれ違った。そこで彼が足を止めて、優樹に尋ねる。
「ラウンジとバーだったらどっちがいい?」
右にラウンジ、そして左奥にバーがあるらしい。優樹は彼の示す先を見比べながら、答える。
「食事が充実してそうなのは、ラウンジかな」
ラウンジの方を覗き込むと、扇形の背もたれのついたソファにクッションが並べられているのが見えた。
「居心地よさそうだね」
優樹のこのひと言が決め手となり、ラウンジに落ち着くことが決まった。
二人に気づいた店員が素早く出迎えてくれて、中央窓側のソファ席に案内される。窓を向いたソファに横並びに腰掛けて、メニューを広げた。さほどかからず、彼はビーフカツサンドを、優樹は期間限定に惹かれてアップルシナモンティーを注文する。
つないでいた手は、座る時に外されている。
自由になった手から、少しずつぬくもりが消えていく。そのことに対して、優樹の中に何か感情が芽生えそうになった時、店員が注文の品を持ってやってきた。
低めのテーブルの上にガラスのポットと縁に金色の飾帯模様の入ったティーカップが並べられた。蓋のついていないポットにはスライスした生のリンゴが浮いていて、白い湯気がふわりと浮いてくる。
スパイスの香りが鼻先までのぼってきて、優樹は香しい芳香を深く息を吸い込んだ。
「先に飲んでて」
「うん、ありがと」
勧められるままにポットを傾けてカップに注ぐ。店に入ってから必要最低限の会話しか交わしていないけれど、それが苦痛ではない。
(二人で会う時はいつもこんな感じなんだよね)
波長が合うというのか、沈黙が落ちても焦る必要のない気楽さが好ましい。
カップを取り上げて、中身を冷ますためにふうっと細く息を吐き出すと、スパイスの香りが立ち上がった。
正面の窓の向こうは、おそらく日本庭園だ。冬だというのに一面の緑が青々と生い茂っている。外を眺めているうちに、窓に自分たちの姿が映り込んでいるのに気づく。
彼はすでにコートとジャケットを脱いで、グレーのセーター姿になっている。ソファ席だからリラックスしてもいいのに、背筋を伸ばして姿勢正しく腰掛けていた。
(わ、今目が合った⁉)
窓ガラスの上で視線がぶつかったような気がして、優樹は慌ててまばたきをする。窓までの距離は数メートルはあるけれど、優樹は目が合ったことを確信した。気づいたなら目をそらせばいいのに、お互い無言で見つめ合う。
彼のやや垂れたまなじりに奥二重のまぶたの下で、瞳が淡く光を放っている。
(笑いかける? 目が合っちゃったねーって指摘する? ダメだ、もう時間が経ちすぎてる……今さら不自然にしかならない)
優樹が次の手を打てずに固まっていると、彼の方から先に目をそらされる。というより、体ごとそっぽを向かれてしまった。
(えっ、さすがに見過ぎて不快だった……?)
馬鹿みたいにじっと見つめてしまったことを後悔していると、背後で空気が動くのがわかった。
「お待たせいたしました。ビーフメンチカツサンドです」
朗らかな声とともに、テーブルの上に皿が並べられる。彼がどうも、と会釈のようなうなずきのような動きを見せると、店員はごゆっくりどうぞ、と言いおいて去っていった。
「いただきます」
「あ、どうぞ」
口から出た後に、言わなくていいことだったかもと考える。ここはごちそうする気だが、自分が作ったわけでもないのにどうぞというのは違和感がある。
こうやってごちゃごちゃと言い訳がましく脳内で自問自答しているだけで、思っていることの半分も口に出せないのが情けない。
優樹は自分をごまかすように、カップに残った紅茶を一口啜った。
横からはサク、と軽快な音が聴こえる。先ほどの失敗を活かして目線をそらしているから想像になるが、カツを噛み切った時のものだろう。
(夜にカツサンド。男子っぽいチョイスだなあ)
女子としてはこの時間に食べるには、罪悪感が強いメニューだ。彼はまったく気にならないようで、黙々と食べ続けている。
白い皿の上に載っていたサンドが付け合わせのポテトとともにひとつまたひとつと減っていく。
――食べっぷりのいい人は好きだ。男子には時間も量も何も気にせず、肉や揚げ物を好きなだけ食べていてほしいと思う。
さっき目が合って気まずい思いをしたことを忘れたわけではないけれど、つい視線が彼の動きを追ってしまう。
パンにかぶりつくひと口が大きい。よほどお腹が減っていたのか、水分を摂ることもなく黙々と食べ続けている。
(いっぱい食べる人っていいよね。……大多数の女子は、そう思うんじゃないかな)
自分の意見ではなく女性一般の考えだとこじつけてみて、ひとり小さくうなずく。
「……食べる?」
不意にそう問われて、優樹はへ、と気の抜けた返事をした。じっと見ていたからだろう、彼は最後の一切れをつまみ上げて、優樹の方へ差し出そうとしていた。
「う、ううん。ごめんそういうつもりじゃなくて」
「そう?」
「お酒も飲んだし、お腹は減ってないよ。気にせず食べて」
「ん」
優樹がしどろもどろに答えると、彼はぱくりとサンドにかじりついた。結構ぶ厚めに作られたそれは、ほぼひと口に彼の口の中に消えてしまう。
すべて食べ終えると、彼は指先をペーパーナプキンで拭い、ようやくソファの背もたれに上半身を落ち着けた。聞くなら今だ、と思って優樹は口を開いた。
「今日、来てくれたのってさ、」
どうして、と聞いてもいいものか。なんだかどう聞いても自意識過剰になりそうで、途中で言葉が止まってしまう。
「なんで来たかって?」
「……うん」
ずっと気になっていたことだ。「迎えに来た」と彼は言ったけれど、どうして来てくれたかがわからない。
彼とメッセージをやり取りしていた時、病んでいた自覚はある。でも、弱音を聞いてすぐに駆けつけてくれるだけの関係を築けていたかといえば、優樹は首を傾げざるを得ない。
「ゆきさんを助けに来た」
視線をまっすぐ前に向けたまま、彼は言った。世間話をするのと変わらない淡々とした口調で告げられた内容に、優樹の心はざわめく。
(な、なんて答えれば……?)
助けに来た、だなんて。ときめかずにはいられない。
そんなこと、初めて言われた。どういうつもりの言葉なのか、正解を探して脳をフル活動させていると、彼がこちらを向いた。
「……なんてね」
「あ、……え……?」
(つまり、今のは冗談?)
「あはは、ユウキくんも冗談言うんだね」
優樹は鳴動する心臓を落ち着けようと、ポットを取りあげて残りの紅茶をカップに注ぎ入れた。動揺が指に伝わり、茶器同士が触れ合ってカタカタと小さく音を立てた。
彼はため息とあくびの中間のような息を吐きかけて、手のひらで受け止めた。
「最近仕事、忙しい?」
優樹はカップを取り上げながら、これ幸いと話を変えるきっかけに飛びついた。
「うん、担当のシステムのリリース日が近くて」
「残業多いんだ。休めてる?」
「休日出勤はしないことになってるから。家で寝てるか家事してるかくらいだけど」
「そっかあ……」
クリスマス時期なのに、残念だね。次に言う言葉を頭に思い浮かべてみて、自分が全然そう思っていないことに気づく。
(クリスマスだからって浮かれる必要ないし。私だって、)
「ゆきさんは?」
彼の方から話が振られて、優樹は最近の生活を振り返る。
「私も同じような感じ。平日は仕事して、帰って寝るだけだな」
「たまに今日みたいに飲み会して?」
「うん。て言っても飲み会も久しぶり。ほら、クリスマス前だし出会い欲しいみたいな雰囲気で頼まれて」
「幹事って大変だよね。みんなに連絡したり店決めたり。すごいと思う」
(あ、やばい。ちょっと泣きそう……)
誰も言ってくれなかったことをさらりと告げられて、不覚にも目頭が熱くなる。
「そんなことないよ。今日は私が一番年上だったし、適当に」
「あるでしょ。ゆきさん、偉いよ」
ぽん、と頭に重みがかかって、頭を撫でられているのだと理解した。
「あはは、ありがと」
声が震えてしまわないように、鼻声にならないように必死で取り繕う。
――潤んでいる目を、周囲の暗さが隠してくれればいいんだけど。そんなことを思いながら、手に持ったままだったカップをソーサーに戻す。
(ちょっと、ここで泣くなんてダメすぎでしょ。さすがに引かれる)
周囲から別れ話でもしているのかと疑われかねない。優雅なラウンジの雰囲気が壊れてしまう。
(彼の名誉のためにも、絶対いけない)
奥歯を噛み締めて、涙がこぼれ落ちないようにまばたきを止める。いつのまにか、頭部に置かれた手は引っ込められていた。
「初めて、幹事やってよかったって思ったかも」
へらりと笑ってみせる。彼からの返事はあー、とも、んー、とも判別できない不明瞭な相槌だった。その適当さがかえって救われる。優樹は丸めていた背を伸ばし、ソファに深く座り直して膝の上で手を組んだ。
(ユウキくんって本当、すごい)
幹事を引き受けたのは自分なのだし、それなのに勝手に疲れて弱気になって自己責任もいいとこなのだが、彼の口から出るのは労りの言葉ばかりだ。優樹が救われる言葉を的確に与えてくれた。
「……ありがとうね」
万感の思いで、優樹は感謝を伝えた。しかしそれに対しての答えはない。反応を期待しているわけではなかったけれど、沈黙が長いことが気になって顔を上げる。彼はうつむき加減で腰掛けたまま微動だにしない。
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