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前編

前編-2

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 序章三 いつも通りの朝



 〇九四五時午前九時四十五分(二時間五分前)


 越久百貨店売り場担当、北郷玲奈きたごうれなは自分の担当するマタニティ用品のコーナーに立つと、小さく舌打ちした。
 先月の末に売り場担当課長が、この八月の売り上げを先月の倍にするというとんでもない目標を打ち立ててくれたからだ。
 八月は夏休み期間がある。しかも天気がよくて暑い。冷房をガンガン効かせたデパートの中にりょうを求める客が入ってくる。来客数は普段の一・三倍は軽く超えるはずであった。
 そんな時にお金を使ってくれるお客の割合を一・三倍にし、そして使ってもらう額も一・三倍にすれば、売り上げはトータルでおよそ倍になる。上役の機嫌のことばかり考えて現場を見ようとしない中年男はそう言い放ったのだ。
 なるほど計算上は確かにその通り。実際に、来店した客に声を掛けて、売り上げ増に結びつけることに成功している販売員は少なくない。しかし、百貨店で扱う品物の全てが同じように売れるわけではないのだ。
 ただでさえ彼女の担当するマタニティ用品の売り上げは昨今の少子化の影響をもろに受け、需要曲線は右肩下がり。しかも水着、衣類などの季節ものと違って、夏休み期間中だからと需要が向上することもない。それどころか、酷暑のこの時期にお腹の大きな妊婦が常に混んでいる銀座なんかにやってくるだろうか? いや、あり得ない。売り上げはかえって下がってしまうのだ。
 顧客数の減少に対しては、高級品志向、売り上げ単価の増額でなんとか凌いでいるが、それだって限界というものがある。「売れ。もっと売れ、もっともっと売れ」と耳元で怒鳴られたところで出来ることには限界があるのだ。

「さあ、今日も頑張るぞ~」
「おおっ!」

 通路を挟んで反対側にある子供服、そしておもちゃ売り場に立った榊原妙子さかきばらたえこ神木佐知かみきさちが笑顔で気合いを入れ合っている。半分遊んでいるようにも見えるが、場の空気が明るくなることもあって周りも微笑ましそうに眺めている。

「頑張らなくたっていいのに」

 しかし玲奈はその顔を見ると少しばかり不愉快になった。
 今は夏休み。子供を連れてやってくる家族客が多い。だからきっと売り上げも上がるだろう。そして彼女達が上手くやればやるほど、中年課長のお小言を聞かされることになるのは成績の振るわない玲奈になるのだ。
 実際、昨日、一昨日と、玲奈は課長から嫌味を言われていた。

「君ね、少しは熱意というものを見せたまえよ!」
「そんな! これ以上は無理です」
「無理というのは嘘吐きの言葉です。このまま非協力的な態度が続けば、雇い止めもあり得ると思っておきなさい」
「雇い止めって、脅す気ですか? わたしが契約社員だからってそういう態度をとっていいんですか? 課長のような人がそんな態度だから、回り回って子供を産む女性が減ってマタニティグッズの売り上げが減っていくんじゃないですか! マタニティグッズ売り上げの低迷は、要するに課長のせいなんですっ!」
「なんだと! 御託ごたくは売り上げにもう少し貢献してから言いたまえ!」

 そんなやりとりが二日も続き、うんざりしたものだ。

「転職……しようかな?」

 越久に勤めて二年。居心地が悪くなってきただけに転職という言葉が脳裏のうりよぎる。
 大学を卒業して最初の職場は半年で辞めた。今は二つ目の職場だ。最初が短かっただけに、せめて三年は続けたいのだが、息苦しさもここまで強くなると考えてしまう。そろそろ限界かもしれない。
 腕時計をちらりと覗き込むと、午前十時まであと数分となっていた。気の早い客達はビル一階ドアの前に集まってきている。
 いっそのこと大地震とか起きないかなとか思ってしまう。そうすれば売り上げだの接客だのとやかましく言われなくて済むからだ。なんなら戦争とかでもよい。半島のほうからミサイルが飛んでくるとか……。だが、たかが彼女の希望を叶えるためだけに北の将軍様が破滅のボタンをポチッと押してくれることもないわけで、重苦しい気分の今日が、昨日と全く同じようにして始まろうとしていたのである。



 一〇一五時午前十時十五分(一時間三十五分前)


「かおりちゃ~ん。トッターに何か新ネタあった?」

 電話が鳴り、人々が忙しくバタバタと歩き回っている。
 上司がモニターに向かう部下を呼び付け、部下が返事をして駆け寄っていく。
 キーボードがやかましく叩かれ、コピー機が音を立て、プリンターが紙を吐き出している。
 そんなオフィス独特の喧噪に包まれたテレビ旭光きょっこう報道部の金土かねつち日葉にちようは、新人アナウンサーの物部もののべさおりに問いかけた。

「かおりじゃなくって、さおりですよ、キンドーさん。トッターじゃなくって浪速のカサノバ殺人事件なんですが、アレ、被害者目線で取材し直したいんですよね」

 さおりは後ろ髪を掻きながら応えた。
 すると見た目は厳つい中年男なのに、口から出てくるのはオネエ言葉の金土が赤鉛筆を手にブンブンと腕を振った。

「それはダメダメよ。そんなのもう記事になんないんだから。それからあたしの呼び方はキンドーじゃなくて、かねつちちゃん、よっ!」
「えー、ダメなんですか⁉」

 すると聞き耳を立てていた部長の名川ながわが言った。

「そんなカビの生えたネタより、さおりは国有地払い下げ不正問題を取材してこい」
「また、それですか? そっちのほうこそ粘ったって何も出てきませんよ」
「いいから叩き続けろ。まだ使ったことのないおろしたての雑巾だって、叩いてれば毳立けばだって繊維が千切れて埃が立つだろ? そうしたら埃まみれだったと批判できる。そうだろ?」
「あんまりつつくとろくなことにならないと思うんですけどねえ」

 さおりは呆れたように嘆息した。
 実を言えば、テレビ旭光には触られたくない古傷がある。
 テレビ旭光の本社ビルのあるこの築地は、かつて海上保安庁――つまり国有地だったのである。
 しかし日中国交正常化関連で関係の深かった時の総理大臣に、お友達とも言える関係を作っていた当時の社長が依頼して格安で譲り受けた――と言われている。
 その説が正しいとすると、今国会で追及されている国有地払い下げ問題以上に闇の深い癒着構造があったことになる。なのにそれを批判していたら目くそ鼻くそと言われかねない。
 しかしまあ、名川や金土にとっては、その程度の疑惑は大したことではないようだ。
 世の中で起きていることの何が問題で何が問題ではないかの『審判』は、マスメディアの専権事項だからだ。
 時の総理大臣が二千円かそこらのパンケーキを食べているのをマスコミが声高に批判すれば、大問題な悪事になる。一方で、一万円もするような昼食を食べたとしても、流石総理大臣だお大尽だと持て囃せば、景気を回すための善行ということになる。言わば善悪認定権――それこそが、彼らの持つ特権なのだ。

「かおりちゃん。総理に直撃取材なんてどうかしら?」

 金土はふふんと鼻を鳴らしながら、さおりに投げ掛けた。

「さおりです。わたしに総理官邸に乗り込めって言うんですか?」
「まさか⁉ 実はね、今日これから笹倉ささくら総理が銀座に来るらしいのよ」
「誰に聞いたんです?」
「それは内緒。長年かけたあたしの人脈作りの賜物よ。笹倉総理が着てるあのスーツ、なんでも銀座ニューテーラー製で、一着百五十万円もするんだって。羨ましいわね」
「へえ。そう言えばうちの社長のスーツは二百万とか聞きましたけど?」
「社長はいいのよ。なんたってウチの社長なんだから。問題は笹倉総理よ。スーツなんかにそれだけのお金をかけられる政治家に、あたし達庶民の気持ちが分かるかよーって叫びたくならないかしら?」
「そりゃまあ、羨ましいなあとは思いますけど……」
「その笹倉総理が今度のサミットに備えて、新しいスーツを新調するんだって。そこでかおりちゃぁんの出番ってわけ」
「さおりです。キンドーさん」
「あらあらあたしはかねつちちゃんよ! 貴女はこれからマイクを持ってカメラを引き連れて銀座で取材してきてちょうだい」
「銀座で何を取材しろと?」
「国民の政府や政策に対する批判の声を集めてくるのよ。街の声って奴ね」
「でも、今から声掛けても劇団員のサクラとか集まらないですよ」

 サクラとは街頭インタビューのために劇団員などのエキストラを呼び集め、台本通りに答えてもらうことだ。
 度々同じ人物が画面に登場するため、ネット界隈ではテレビ局の行う世論誘導の手口の一つとして看破かんぱされていた。常連のエキストラは、写真がネットでまとめられていたりする。だがそれでもテレビしか見ないお年寄りには効果的なのだとか。

「いいのよ。どうせカモフラージュなんだもん。貴女は街頭取材という体で、銀座ニューテーラーの近くにいればいいの!」
「つまり、街頭取材をしていたら、たまたま総理がやってきたので突撃っていう流れですか?」
「そゆことよん」
「で、総理が来るのって何時頃なんです?」
「流石にそこまでは分かんなーい」

 金土はおどけた仕草で言った。

「今日も暑くなりそうですよねー。天気予報じゃ猛暑に注意とか言ってます。なのにキンドーさんはわたしに、いつ来るかも分からない総理を待って外に出ていろって言うんですか⁉ そんなの軽く死ねますから! 熱中症で! 日焼けで! 紫外線で!」
「でも、それが貴女の仕事でしょ?」
「もちろんキンドーさんも一緒ですよね」
「どうしてあたしが行かなきゃいけないの?」

 金土は再度おどけた仕草をした。しかし聞き耳を立てていた部長の名川が言う。

「それがお前の仕事だろ? キンドー、お前も行ってこーい!」
「あらあらあたしはかねつちちゃんよ」

 上司から言われてしまったら、否も応もない。

一ノ瀬いちのせー行くよー」

 金土はカメラマンに声を掛け、さおりは天を仰ぎながら出掛ける支度を始めた。



 一〇三二時午前十時三十二分(一時間十八分前)


 伊丹耀司は、目覚ましの手を借りることなく自然に目を覚ました。
 その時の室内は、エアコンがほどよく効いていて涼しかった。しかし、カーテン越しに差し込んでくる日差しは強く、壁一枚隔てた外は灼熱しゃくねつ地獄――とまではいかないが、それに近いほどの暑さであろうことが感じられた。

「ううっ、今何時なんだ……」

 目や思考の焦点が定まってから時計を見てみる。すると、午前十時半を回った頃だと分かった。

「マジ? ……なんてこった」

 流石に明け方まで製本作業をしていたのが効いたらしい。ちょっとひと休みと思って横になっただけなのだが、普段ならあり得ない時間まで眠ってしまった。

「梨紗の奴はもう出掛けてるよな……」

 伊丹は自分が横になる寸前のやりとりを思い出した。
 すでに日が昇って窓の外が明るくなった頃、梨紗はベッドから起き出した。
 シャワーを浴び、身支度を整えた彼女は、朝食を取ると伊丹が製本したコピー本を「ありがとう」と言って受け取ったのだ。
 きっとそれを抱えて元気溌剌、希望に満ちた面持ちで出発したに違いあるまい。

「今から行ったんじゃ遅いよなあ……」

 本日は同人誌即売会の二日目だ。
 伊丹自身も、本来ならば会場内に突入し、お目当てのブース目指して足早に進んでいた頃である。
 だが、今から家を出たのでは、会場への到着は昼を過ぎてしまう。
 欲しかった『ウス異本(薄い本=同人誌)』もそんな時刻では手に入りはしない。一応こんな機会でもなければ会えない知り合いに挨拶したいと思うから、出掛けようとは思うけれど、このがっかり感は半端ではない。身体がずっしり重く感じられるほどであった。

「まいった。やらかした」

 しかしスマホが小さく、短く鳴った。
 これはチャット式メッセージアプリの着信音だ。
 スマホを手に取り起動させてみると、たくさんのメッセージが入っていた。
 クリックしてスワイプしてメッセージアプリを立ち上げると、そのほとんどが梨紗から伊丹に向けた戦果報告だった。

「お? おお⁉ おおおおおおお!」

 それを見ると、梨紗は自分が欲しがっていたものをきちんと確保しつつも、さらに伊丹が購入を予定していた同人誌すらも手に入れてくれていた。

「流石、梨紗だぜ! ウチのかみさん、俺の奥さんだ!」

 どうやら梨紗は、伊丹に代わって買い集めに奔走してくれているらしい。今日はブースで売り子をしなきゃならんだろうに、その隙間時間を縫って会場を駆け巡っているのだ。

「ありがたや。ありがたや」

 なんと気の利いたことか。流石長年付き合いのある同志である。
 おかげで伊丹の意欲は瞬く間に蘇った。
 これならば、昼過ぎに会場へと到着しても二日目を十分に楽しめる。いや、開場直後の混雑を避けられた分、かえって気が楽かもしれない。
 早速起き上がった伊丹は、シャワーを浴びて肌にこびりついた汗や脂を洗い流した。そして髭を剃り、朝と昼を兼ねた食事をとって空腹を満たしていく。
 職業柄、体力には自信があるが、取れる時にはしっかりと食事を取っておくことの大切さは身に染みている。いくら午後からの参戦とはいえ、同人誌即売会という戦場は慢心即退場のに遭いかねない過酷さがあるのだ。
 携行する備品に遺漏いろうがないか、持ち物を確認する。

「カタログの携行……ヨシ。身分証明書……ヨシ。財布と中身の千円札と百円玉の小銭……ヨシ。携帯食として固形型バランス栄養食のチーズ味&チョコレート味……ヨシ。スポーツ飲料一リットルのペットボトル……ヨシ。タオル……ヨシ。ハンカチ……ヨシ。ちり紙……ヨシ。瞬間冷却剤……ヨシ。制汗スプレー……ヨシ。お宝を入れるための紙袋……ヨシ。スマホのバッテリー、フル充電のものを二つ……ヨシ。スマホ用片耳マイクイヤホン……ヨシ」

 後から『何を見てヨシと言ったんですか?』となじられないよう対象をしっかりと見て、対象物の名を呼称しつつ、右手を耳元にかざし、本当に問題ない状態なのか改めて確認し、右手を振り下ろしつつ声を出して告げる。

「家の火元、水元のチェック……ヨシ」

 その際、若干右足を上げるとなおよい。理由? 様式美である。

「戸締まり……ヨシ。全てヨシ。チェック完了」

 こうして準備を完璧に整えた伊丹は、心身共に充実し意気軒昂として家を出たのである。
 今日はとても充実した一日を過ごせそうな予感に満ち満ちていた。



 一一二〇時午前十一時二十分(三十分前)


 その日は、蒸し暑い日であったと記録されている。
 気温は摂氏三十度を超え湿度も高く、ヒートアイランドの影響もあって街は灼熱の地獄と化していた。にもかかわらず、土曜日であったために、多くの人々が銀座へと押し寄せ、行楽や買い物を楽しんでいた。
 マイクを向けられた行楽客の一人が言った。

「そりゃ、当然なんじゃない? 日本を代表して海外の首脳と会う総理大臣がさ、そこらにある吊しの既製品を着るってわけにはいかないでしょ?」

 金土日葉と物部さおりは、カメラマンの一ノ瀬らと共に銀座中央通り六丁目付近に来ていた。
 総理の着ているスーツがテーラーメイドの高級品であることを告げ、それに対する生の反応を収録しようとしていたのだ。
 当初の予定では囂々ごうごうたる批難――例えば「贅沢だ」「俺達の税金で食ってるくせに」といった感情的な発言、嫉視しっし怨嗟えんさの声が聞けると思っていた。しかし問いかける相手のことごとくが、期待とは全く方向性の異なる回答をしてくれたのだ。

「でも、百五十万円もするんですよ」
「それだけの収入のある人がさ、お金使わないでどうするのさ? みんながケチケチしたら経済が回らないでしょう? 金のある人には盛大に使ってもらわないと」
「スーツなんかにそれだけのお金をかけられる人に、あたし達庶民の気持ちなんて分かるかーとか思いません?」
「あんた、可哀想な人生を送ってきたんだね。ひがみ根性で心がゆがんでる」

 さおりや金土に対して、可哀想な子でも見るような目を向ける者までいた。

「もう、やめましょう」

 流石に辛くなったのか、金土は深々と溜息を吐くと収録をやめようと言い出した。

「でも、せっかく出てきたのに」
「そもそも銀座で買い物をするセレブ相手にこんな質問するほうが間違ってるのよ! 誰よ、銀座で街角取材しようだなんて言い出したの!」
「キンドーさんじゃないですか!」
「しょうがないでしょ⁉ あたし達と世間とで、まさかここまで受け取り方が隔絶してるだなんて思ってもみなかったんだから!」
「浮き世離れしてるのはわたし達のほうだったんですねー」
「違うわよ! もっと批判的な番組を作って、権力に従順なだけの蒙昧もうまいな子羊達を導いてあげなきゃいけないのよっ!」
「そうなんですかねえ?」
「世の中を正しい方向へと導くこと。それがあたし達の使命なの! それくらい分かってちょうだい!」
「正しい方向ですか……」




 序章四 五分前



 一一四五時午前十一時四十五分(五分前)


「婦警さん。迷子っぽい子供がいるよ」

 聡子が担当する銀座四丁目交番に、通行人の中年男性がやってきて声を掛けた。見たところ休日を家族と過ごすサラリーマンといった装いだ――が、妻や子供の姿は見えない。

「どこですか?」
「あっちのほう。一つ向こうの道を幼女がママーって泣きながら歩いてた」

 そこまで聞いて聡子は頬を引きらせた。

「そこまであからさまに迷子だったら、交番まで連れてきてくださいよ」
「いや、無理だから」
「無理なことないでしょう⁉」
「いいかい。今の時代、俺みたいな中年男が迷子っぽいとはいえ幼女に声を掛けたりしたら、それだけで事案扱いだ。そうだろ?」
「あ、えっと……」
「ネットで警察署のホームページを見てみろ。あの通報事案を見てみると、本当に不審者だったのか分からないものも多いだろう? 『おはよう』と朝の挨拶をしただけとか『駅はどちらですか?』と尋ねただけの通報例がずらりと並んでいる」
「で、ですけど常識的に考えて……」
「常識⁉ 転んだ少女に『大丈夫かい?』って声を掛けただけで長時間の事情聴取を受けてしまった不幸な報告まであるんだぞ! 君達はちょっとばかり事情を詳しく聞いただけのつもりだろうが、善良な市民にとっては、警察に時間を奪われるという意味で立派な刑罰だ。事情聴取という名の拷問三時間? 取調室に禁固半日ってわけだ。もし幼女を保護して交番に連れて行くつもりだったとしても、君達は誘拐する意図を持った不審人物として扱うだろう⁉ 誤解が解けたとしても警察は自分が間違っていたとは絶対に認めない。それどころか、こっちに疑われても仕方がない振る舞いがあった云々、李下りかに冠を正さずというありがたい訓戒まで偉そうな口振りで説く始末だ。せっかくの善意も精神的なダメージという形で返ってくる。貴重な休日が失われるばかりか、近所や親戚中に変質者という噂が流れて人生が危うく破壊されそうになったとなれば、たとえ目の前で死にそうな人がいても、金輪際触れまい近付くまいと思うようになって当然じゃないか!」
「……う」

 男性の妙に生々しい話を聞いて、聡子は冷や汗が流れるのを感じた。
 この男性、実際にそういう体験をしたことがあるに違いない。親切があだになって返ってきたという手痛い経験が……。しかもそれには警察が深く深ーく関わっている。
 にもかかわらず、交番にこうして通報してくれているのなら、それだけでも大変に親切な献身行為だと思わなくてはならないだろう。

「す、すみません」

 昨晩のコンビニで、高校生の装いをしていた自分に注意してきた男性に対して、自分が何を思ってどんな対応をしたかまで思い出した聡子は、やり場のない羞恥の感情が湧き上がり思わず謝ってしまった。

「おかげで我々は、子供が路頭に倒れ、迷子が助けを求めて泣いていたとしても手出し出来ないのだ。そうなったのも、警察が善意で行動した人を『不審者扱い』という処罰で遇してきたからだと自省したまえ。君はこれから猛暑の中、迷子となった幼女を捜してあっちに行ったりこっちに行ったりと大変な思いをするだろう。しかし、それは全て君達のこれまでの所業が原因なのだ。全ては自業自得なのだ!」
「わ、分かりました。早速駆け付けます。それで場所は……」
「あちらの方向だ。三つ編みが外見的な特徴だ」

 聡子は通報者の指差した方角から、幼女が彷徨っているのは五丁目のすずらん通り、あるいは西五番街通り辺りだろうと目星を付けた。
 銀座の街並みは碁盤ごばんの目のような造りになっていて、見通しがかなり先まで利く。幼い少女が一人でうろうろしているのは大変目立つからすぐに見つかるだろう。

「三つ編みの子ですね? わたし、見てきます」

 こうして聡子は、勤務中の同僚に告げると交番から飛び出したのである。


 聡子は外に出た途端、額にじわりと浮かんだ汗の滴をぬぐった。
 夏とはいえ今日は例年にも増して暑い。強い日差しが、大地を覆うアスファルトとビルのコンクリートの表面に反射して四方八方から襲ってくる。普段は硬い感触のアスファルトが、溶けかかっているのか何となく柔らかく感じるほどだ。

「よろしくお願いします」

 晴海通りでは写真の入ったビラを配っている人達がいた。
 この付近で消息を絶った若い男女の情報提供を家族や友人達が呼びかけているのだ。もちろんそのビラは界隈の交番にも貼ってあるのだが、今のところ状況は芳しくない。

「……いけない、今は幼女を捜さないと」

 聡子は晴海通りを数寄屋橋方向に進みながら、すずらん通りや五番街通りを見やった。
 しかし大勢の買い物客の陰に隠れているのか、それとも建物の影で見えないのか、一人で彷徨う小さな子供を見つけることは出来なかった。


心寧ここね! 心寧!」

 三十歳前後の女性が子供の名前を連呼しながら焦った表情で晴海通りの歩道を歩いている。
 きょろきょろと左右を忙しなく見渡す姿を見れば、誰でも子供を捜す母親だろうと察するに違いない。聡子は迷わず声を掛けた。

「迷子ですか?」
「は、はいっ! 五歳の女の子です! 三つ編みのお下げをしています!」

 母親は警官姿の聡子に呼び止められると、すがる勢いで走り寄った。

「名前は『ここね』ちゃんですね? 一緒に捜しましょう」
「はい、ありがとうございます!」

 聡子は母親と一緒に行動を始めた。

「見失ったのはどの辺りですか?」
「四丁目交差点から駅に向かって歩いていて、数寄屋橋交差点辺りで心寧の姿が見えないことに気付きました。今、夫があちらのほうを捜しています」

 母親はそう言って数寄屋橋方面を指差す。

「ならば、私達は……」

 聡子は西五番街通りを重点的に捜すことにした。
 往来している自動車の多さに怖さを覚えつつも、幼児の目線で駐車している乗用車、トラックの下や背後、物陰などに気を配って進む。
 それと、ビルとビルの隙間も要注意だ。
 銀座のビルは隣との隙間が狭い。幅にして五十センチから一メートルほど。そしてそこは人が入り込むことを防ぐため、高さ二メートルほどの格子や鉄板で塞がれていた。しかしその鉄板も、道路から一歩ないし二歩ほど奥まった所にあるため、小さな子供等がそこに立つと姿が全く見えなくなってしまう。そのため確実を期するならこの一つひとつを必ずチェックしなければならないのだ。

「心寧! 心寧!」

 しかし母親は焦っているためか、娘の名前を叫びながらどんどん進んでしまう。
 この様子だと、これまで捜してきたとしても往来する車の陰や死角などに子供がいたら見逃していたに違いない。

「お母さん、もっとよく捜さないと!」

 聡子は声を掛けて母親を引き留めた。ここまで粗い捜し方しかしていないとなると、もう一度、戻って捜し直したほうがよいのではないかと思われたのだ。その時である。

「あ、心寧! 心寧!」

 母親の我が子の名を呼ぶ声に喜びが混ざった。
 遠くを見やるその視線の先、みゆき通りの向こう側の歩道に、五歳くらいの幼女がいた。黒髪を三つ編みのお下げにしている。

「ママ!」
「待った、呼んじゃダメ‼」

 聡子は慌てて母親を止めた。
 何故なら自動車の往来する道路の向こうにいる子供を呼び付けるのは、絶対にしてはならない禁忌行為だからだ。しかし子供を見失い、動転していた母にはそれが分からない。一刻も早く我が子を抱きしめたいという想いだけで暴走していた。
 そしてまた、小さな子供も小動物と同じだった。
 不安の中で彷徨い、ようやく見つけた母親しか見えない。正面しか見えないのだ。
 そのため、みゆき通りを往来するトラックに気が付かない。今にもトラックが来ようとしているのに、エンジンの音も耳に入らず車道へと飛び出してしまった。
 急ブレーキ。
 アスファルトがタイヤを削る音が銀座の街に響く。
 聡子や母親、そして周囲にいる人々全てがその音に視線を引き寄せられ、事の結末を予感し、目を瞑って顔を背けた。誰もが激突音が続くことを予想していた。
 しかし――

「馬鹿野郎!」

 停止したトラック運転手の怒声が響く。

「へっ⁉」

 そしてトラックが走り去った後に、歩道に立っている幼女の姿があった。
 傍らには中年男性がいて彼女の細い腕を掴んでいる。彼が咄嗟に手を伸ばし、間一髪、最悪の事態を防いだのだ。
 その男性に――

「結局、助けてあげたんですね」

 聡子はニヤリと微笑みかけた。
 そう、交番までわざわざやって来て迷子がいるぞと通報した中年男性だった。あれほど何も出来ないし、しようとも思わないと主張していたというのに。
 男性は聡子の視線から逃れるように顔を背けた。

「知らん。俺は何もしてない。幼女なんか触ってもない。ノータッチだ。事情聴取なんて絶対にゴメンだからな」
「いや、触ってるし。っていうか腕を掴んでます」
「こ、これは不可抗力だ!」

 男性は幼女から手を放すと、今にもこの場から立ち去りそうな気配を見せた。
 あちこちから何があったんだ? と野次馬が集まってきているせいもあって、視線に耐えられないのだろう。

「ありがとうございます! ありがとうございます!」

 しかし今度は母親が彼の手をしっかり握りしめて、何度も何度もペコペコと頭を下げた。流石の偏屈男もその手を振り払って立ち去ることは出来ないらしい。

「あの、一応お名前を聞いてもいいでしょうか?」

 聡子はおずおずと尋ねた。

「ぜ、善良な一市民とでも名乗っておく」
「はあ……善良な一市民さん……ですか?」


「ひっ!」

 その時、野次馬の人垣が割れた。


「え?」

 不意に野次馬の一人が倒れたのだ。
 一体、何が⁉
 女性は崩れるように地に膝を突き、その後うつ伏せに倒れた。そして周囲の地面に、水たまりのように赤黒い液体が広がっていった。
 聡子はしばしの間、状況を理解することが出来なかった。
 野次馬が倒れた。それをみんなが取り囲んで見ている。
 倒れた人は、背中から血を流している。だから事件なのだろう。きっとそうに違いない。
 っていうことは、傷害事件? 通り魔⁉
 聡子の脳裏に、様々な単語が流れていく。
 しかし加害者と思われる存在がいささか現実離れしていた。
 まるでファンタジーアニメに登場するモンスターがごとき醜悪な姿だったのだ。
 これは確か『ゴブリン』と言ったか。指輪をどうこうする映画で、俳優がサターン助演男優賞をとったアレともよく似てる。確かあれはCGだったけれど。
 そのゴブリンは、映画の特殊効果用の着ぐるみを纏っているとしても背丈が低かった。一~一・二メートルといったところだろう。聡子はその昔ニホンザルによる猿回しを見たことがあるが、それくらいの体躯なのだ。
 猿との違いは、体毛が全く生えていないことだ。
 そもそも肌の色は岩に絵の具でも塗ったのかと思われるほどの暗緑色で、その質感は動物園にいるゾウかサイにも似ていた。
 頭部には、小さい角が数本生えていた。

「な、何よ! これー!」
「え、これって映画の撮影か何か?」

 野次馬達が囁き合った。
 映画の撮影⁉ そう、それならば理解できる。
 そうか、これは映画の撮影に違いない。無許可で、どこかの誰かが勝手にロケをしている。そうに違いないと、聡子はその考えに縋った。
 しかしゴブリンはニタリと笑った。
 表情豊かで、とても作りものとは思えない野性味ある獣の雰囲気を放ったのだ。
 そしてそれは、手にした両刃のナイフ――人によっては、短剣あるいは剣と呼称するだろう、錆と血に汚れたナイフをかざして、かたわらの野次馬に襲いかかった。
 そして二人目の犠牲者が発生した。その短剣は、野次馬の男性の腹部に容赦なく突き刺さったのだ。
 もう、疑っている余地はない。
 聡子は特殊警棒を抜くと、左手で構えてゴブリンの正面に立って対峙した。

「持っているものを捨てなさい!」

 言葉も通じない獣相手に何やってるのよ、わたし! と思ったりする。

「グルゥ?」

 ゴブリンが聡子を敵と認定したらしく、剣先を向けてきた。

「逮捕しますよ!」

 聡子はゴブリンの目を見据えると、下腹部に力を込めて宣言する。そして周囲に告げた。

「誰か怪我人を下げてください!」
「お、おうっ、任せておけ」

 善良な一市民とそれに続く数人が、背中を刺された女性と、腹部に刺し傷を負った男性を引きずって下げていった。

「こんな大怪我、どうしたらいいんですか?」

 怪我人を助けた人の問いに、善良な一市民が答える。

「とにかく手当だ。その間に誰か救急車を呼ぶんだ!」
「きゅ、救急車は俺が!」

 誰かがスマートフォンを取り出しながら答えた。

「よし、救急車は任せた! こっちは救急車が来るまで止血だ!」
「し、止血って?」
「傷口の上から力尽くで押さえるんだよ!」

 善良な一市民さんは周囲の協力を得ながら対処をしていった。
 その適切ぶりは、これならば何とかなると思わせるほどだ。あとは、聡子がこの奇怪な生き物をどうにかすればいい。
 しかしこの獣、見たところ獰猛どうもうそうだし、刃物を道具として使うことが出来る程度に知恵があって実に厄介そうだ。それでも、一頭だけならば聡子でも対処できる。
 聡子は特殊警棒の柄を改めて左手に握ると、左半身を前にして構えた。
 するとゴブリンは、持っている剣の刃を寝かせた。それは剣刃を突き立てる際、肋骨ろっこつに阻まれないようにするための殺意の籠もった構えであった。

「ギイッ!」

 ゴブリンが気合いらしき唸り声を上げると、剣を振りかざして突っ込んできた。
 身のこなしは剽悍ひょうかんそのもの。しかしながら聡子はその上を行った。
 特殊警棒をゴブリンの剣に軽く当てて払うと、そのまま踏み込んで警棒の剣先をゴブリンの喉へと突き出した。

「突きっ!」

 剣道で鍛え上げた鮮烈な一撃が、ゴブリンの喉元に突き刺さる。いや、一度の突きのように見えたが実は三度突いている。三段突きこそが聡子の特技なのだ。
 自ら突き進んできた勢いも加味したのか、ゴブリンは大きく後ろに吹き飛ぶ。そして喉元を押さえて激しく転げ回っていた。おそらく喉頭の打突で気管が潰れ、呼吸困難に陥ったのだ。

「おおっ!」
「流石お巡りさん!」

 野次馬達の喚声が上がる。そこには通り魔が、殺人鬼が、危険な怪異が制圧されたのだという安堵と歓喜が混ざっていた。
 しかしその悦びは長くは続かなかった。
 アスファルトで舗装された道路にのた打つゴブリンの向こうから、もっと大きな『何か』の『群れ』がやってきたからだ。

「えっ?」

 そこにはゴブリンなんか比較にならない大きさの怪異がいた。

「ト、トロル?」

 その内の一種類は、体長二・八メートルとも言われるヒグマを超えるほどの巨体で、毛むくじゃらなのだ。そして巨大な棍棒を手にしていた。

「こ、これって、オークって言うんじゃない?」

 そしてもう一種類も、体長が二メートルを優に超えていた。その外見は、牙のある豚を直立させたマウンテンゴリラのような体躯であった。
 こちらの肌の質感もゾウかサイのそれとよく似ている。色彩は黒あるいは暗褐色。そんなのが錆斧を手にしているのだ。

「ねえねえあんな生き物、見たことある?」
「ねぇよ、初めてだよ」

 それを見た野次馬達が囁き合っている。
 しかし問題はそれではない。そこではない。
 数が半端ではないのだ。
 一頭や二頭ではない。数えている暇などないから正確な数は分からないが、少なくとも中央通りから西五番街通りまでの、二ブロック分約五十メートルを埋め尽くしているのだから、十頭や二十頭ではないはずだ。
 こうなると、聡子一人でどうにか出来る数ではない。
 聡子はもう迷わなかった。右手で拳銃を抜くと、上空に真っ直ぐ向けた。
 威嚇射撃を一発。
 この炸裂音一つで怪異の群れの動きが止まる。

「皆、逃げて!」

 聡子が叫んだ。
 すると周囲にいた野次馬達が弾かれたように一斉に逃げ出したのである。
 獣というのは、逃げる者を見ると追いかける。それは本能なのだと聡子は誰かに教わったことがある。実際その通りで、野次馬達が逃げ出すと、そこにいたオークやトロルやゴブリンが後を追おうとした。
 しかし聡子は道路の真ん中に立って最初に飛び出したゴブリンに銃口を向けた。
 拳銃に装填された執行実包を二発、迷わず発砲。ゴブリンの胸部と腹部に命中し、ゴブリンは倒れた。すると怪異達の群れは凍り付いた。
 聡子が持つ小さな拳銃の発砲音とその威力に、怪異達の群れが一時的にせよ圧倒されたのだ。

「なんとかなるかもしれない」

 人々が逃げ切るまで頑張り通せば、被害は最小限に留められるのだ。
 しかしその楽観的過ぎる希望はすぐに消えた。
 鞭が地を打つ音がする。
 革をんで作られた鞭は、達人の手にかかるとその先端部の速度は音速を超える。空気を切り、衝撃波を伴って地を打つ音は、拳銃の発砲音にも似ている。

「Abmmiolle!! juguftte!!」

 女の声と炸裂音。
 叱咤するようなその声に、尻込みしていた怪異達は背中を突き押されるようにして走り出したのである。
 きっと聡子の拳銃以上の恐怖が彼らを支配しているに違いない。そして怪異達は聡子を避けるように、左右に分かれて走り抜けていった。

「ま、待ちなさい!」

 聡子は再び威嚇射撃する。
 しかしその発砲音も怪異達を止めることは出来なかった。
 怪物達は巨大な棍棒や斧、剣を振りかざして手当たり次第に通行人に襲いかかっていった。
 ビルの入口を破って内部に乱入し、乗用車の運転手を引きずり出し、逃げ惑う通行人に襲いかかった。
 気が付けばあちこちから悲鳴が鳴り響いていた。
 銀座の街は怒号、金切り声、悲鳴、絶叫――老若男女、人間が発することが出来るありとあらゆる種類の声で満ち溢れていった。
 すぐに凶行をやめさせなければ。
 指令センターに報せて対策してもらわなければ。
 今、聡子がなさなければならないことは山ほどある。それらのことが聡子の脳裏に次々と浮かんでいった。

「Guiitemmono ottlo bugarria!!!」

 しかし聡子はその場を動くことが出来なかった。緊張のあまり身じろぎ一つ出来ないのだ。
 何故なら聡子の前に、SMの女王みたいな黒革鎧を纏った褐色肌の女が現れたからであった。




 序章五 発報



 一一五二時午前十一時五十二分


 東京都千代田区霞が関。
 皇居――すなわち江戸城の桜田門前。内堀通りと桜田通りが合流して、晴海通りに名前が変わる位置に日本の首都東京の治安を守る警視庁庁舎がある。
 その深奥部に『通信指令センター』は存在していた。
 通信指令センターは、小学校の体育館ほどの広さを持つ空間で、正面には東京都の地図を映し出す巨大なスクリーンがある。そして向かって右側には二十台の一一〇番受理台が設置されており、一日二十四時間、絶え間なく入ってくる約四千八百件の通報をさばいていた。
 指令センターの左側には指揮ブースが五つ。こちらは受理台で受け付けた通報に基づいて、現場の警察官に出動を指示するのが仕事だ。
 また指令センターの後方、若干高くなっているブースには、通信指令官の席があり全体を見渡せるようになっている。
 通信指令本部長は、正午近くから正面の巨大スクリーンに表示される通報一覧のスクロール速度が、いつもより若干速くなっていると感じていた。

「通報の件数がいつもより多いか?」

 武田たけだ指令課長らが振り返って答える。

「夏休みですし、週末ですし……」
「昨日からお台場でイベントが行われてます」
「その上、そろそろ一般企業の昼食タイムです」

 人の動きが多くなる時こそが、一一〇番の通報も増える時間帯だ。
 朝の通勤時間、昼、そして夕方から夜。逆に通報が少なくなるのは人の動きの少なくなる深夜三時から四時頃と言われている。

「これから通報件数が跳ね上がるぞ。しっかりと準備しろ」

 本部長の言葉にオペレーター達が頷いた。
 しかしその直後、覚悟していた以上に通報が増えた。二十台ある一一〇番受理台が一斉に鳴り響いたのだ。

「事件ですか、事故ですか?」

 落ち着いた声で喋っていたオペレーター達の顔色が変わる。
 慌ただしく機械が操作されて、緊急通報が入ったことを意味する赤ランプが一斉に点灯する。全てのブースで、だ。正面スクリーンの表示もたちまち真っ赤になっていった。
 本部長が問いかけた。

「おいおい、一体何があった⁉」

 受理台オペレーターの一人が振り返った。

『銀座で怪物が暴れてます』
『緑色の化け物に刺された⁉』
『ゴブリンみたいな奴⁉』
『通り魔事件発生。化け物が棍棒を振り回して通行人を襲ってます!』

 しかも左側の指令センターのスピーカーにも、巡回中の警察官、交番から悲鳴にも似た声が入っていた。

『至急至急! 数寄屋橋PB交番より警視庁! 暴動が発生。大勢の人が走り回っている!』
『至急至急、銀座八丁目PBより警視庁! 行楽客が走り回って衝突して怪我人多数!』
『銀座中央通り付近より、ヒグマないしゴリラに似た体躯の生物が大量に出現、行楽客に襲いかかっている。パニック状態になった行楽客が逃げ惑い収拾が付かず、すでに多数の怪我人が発生している模様! その中の一頭が……あ、こっちに来た! わあああああ!』


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