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任務1
オルストル屋敷-潜入-
しおりを挟む赤い三日月が見え隠れする雲の多い夜。貴族たちの屋敷が立ち並ぶサヴレンの中でも一級地である屋敷通り。等間隔で防衛騎士兵が配置されていて、街灯も多い。人通りは無いに等しく、生き物は騎士兵以外に見当たらない。
鼻歌なんて歌いながら目的地までスキップで行けたらどれだけいいだろう、とエヴィはいつも思うがいつだってそうはいかない。大概は目的地までが面倒くさいのだ。今回も今までの例に漏れず、結局防犯のために寒い中棒立ちさせられている騎士兵に眠ってもらう他なかった。
掃除屋という人を殺す汚れ仕事をしているくせに、エヴィは目的の命以外は奪わない、殺生をしない精神を貫いてきた。死んだように地面に転がっている騎士兵も、実際は意識を失っているだけで死んではいない。ただ、この寒さで凍死したとしても、それはエヴィの知るところではない。自分が直接手をかけたかそうでないかが重要なのだ。芯があるようで案外身勝手なものである。
「流石サヴレン。貴族住居如きでこの数投入かよ。軍にどれだけ金かけてんだか」
関心と嫌味を口にしつつ、自分の通ってきた道を振り返ると十数の鎧が転がっていた。ここまで誰にも気づかれることなくことを済ませてきた。一人の背後に忍び寄り、打撃魔法で鎧の中の肉体へと攻撃をしかけ、意識を飛ばす。意識を飛ばした騎士兵が倒れこむ前に次の騎士兵に同じことをする。この繰り返しだ。地味で面倒くさいことこの上ないが、ここで騒がれるともっと面倒なことになるのだから手を抜くことも出来ない。
さて、とコートフードを被り直し、少しずり落ちた鼻から下を覆う黒い布をくいと引き上げる。
百七十五センチあるエヴィの背丈よりもまだ随分と高い鉄製の洒落た門。その両端では意識を失った門番が壁にもたれかかって眠っている。門の向こうは広い庭が広がっていて、屋敷までの距離は百メートルあるかないかといったところだろう。この規模の貴族屋敷ならおそらく門番以外にも敷地内に番犬がいたり、忠実性の強い魔物数匹くらいは飼い慣らしているだろう。
「魔物ちゃんだったらラッキーなんだけどな」
分厚い雲に月が隠れる瞬間、そんなことを言いながらエヴィは身軽に門に飛び乗った。庭を見渡すと、屋敷を囲むように魔法陣が描かれているのが見えた。しかしそれが作動している様子はない。結界魔法が解除されていることを少し怪訝に思ったが、すぐに面倒が省けてラッキーと考え直した。
意識を生命体に向けると、数個の命を見つけた。どれも下級魔物の気配だ。
「ゴミがいない?」
屋敷の庭、屋敷内に意識を巡らせる。何度やっても、数個の下級魔物の命しか感じられない。範囲を広げても、伸びた騎士兵の命を感じるだけでやはり他のものは何も感じ取れない。
今夜ゴミが屋敷にいることは事前に調べていたが、仮にゴミが留守だとしても屋敷が無人ということは考えられない。この規模の屋敷ならば召使やら執事やらがいるはずなのだ。当主が屋敷を空けていたとしても。
「……先客かな?」
不敵な笑みを浮かべ、エヴィは敷地内へと飛び降りる。
封印魔法を巧みに扱い、自身の魔族の血を活性化させて魔物たちを気迫で抑え込む。
門から屋敷の扉まで続いている煉瓦畳を堂々と歩き、焦茶色の扉をノックする。反応がないことを確かめてから、そっと扉を押し開ける。ぎぃい。静かな闇の中に、その音が厭に響いた。
広々としたエントランス。頭上には大きなシャンデリア。屋敷内は明かりが灯っているが、だだっ広い空間が無人だと不気味に感じられた。
かちゃり、と扉がひとりでに締まる。エヴィは目だけで背後を睨む。鍵がかからないところを見ると、魔法の類ではなく扉の仕様のようだ。
昨夜頭に叩き込んだ屋敷内の地図を思い出し、ゴミの寝室へと向かう。
家族構成は四人。屋敷当主の男。その妻とこの夫婦の子供が二人。年齢や子供の性別までは知らされていない。どうして彼らが掃除屋などという殺し屋に殺されなければならないのかも、知らない。どうして、母国であるサヴレン国家に消されるのかも、知らない。知っていることと言えば住所と、名前と、容姿だけ。詳しいことは聞かないし、依頼側も話してこない。それが掃除屋業界の暗黙の掟だ。相手が国家であろうと王であろうと、一般の民であっても、だ。
「ギラ・オルストルさん? ヨリスさん? 死んでます?」
屋敷当主、ギラとその妻ヨリスの寝室のドアをノックする。声をかけるエヴィの声はいつもの調子と変わらない、気だるげでどことなく冷たい低い声音。
生命反応のない寝室のドアを開ける。既に屍と化しているであろう、ゴミを確認するために。
「……派手……だな」
嗅覚を刺激する血生臭い臭いがふわりとエヴィを包み込む。部屋中に飛散した血で視界のほとんどが赤に染まり、さぞ美しかったであろう天蓋も、大きなベッドも台無しだった。
どうやったらこんなびちゃびちゃ殺しになるんだよ、とエヴィは苦笑を浮かべつつ、ベッドの上で息絶えるギラとヨリスと思しき死体に近づく。全体的に損傷がひどいが、ギラ、ヨリス共に股間部分が特にひどかった。骨が粉砕され、貫通して穴があいてしまっている。ヨリスに至っては子宮が引きずり出され、ベッドの足元に捨てられていた。
怨恨か、サイコパスの気まぐれ殺人かのどちらだろうな。
二つの死体から、ふと窓側の床に目をやると子供の死体が二つ転がっていた。子供の死体は眠っているように綺麗な死体だった。どうして死んでいるのかわからないほどに。だが彼らは確実に絶命している。
「……運が悪かったな。でも楽死に出来てよかったさ」
生きていれば自分が手にかけていたはずの二人の子供。眠る彼らの人相は十歳にも満たないように見える。
殺しを生業としている以上、女子供だからといって同情したりはできないし、することもない。それでも幼い子を手にかける瞬間、その後はいい気分にはなれない。殺しの後に訪れる感情は無のはずなのに、時折不快感に襲われてため息が漏れる。
「その子たちは何も悪いことをしなかったから」
でも、殺しておくれって言われたから殺したのです。
血濡れの部屋に突如現れた、鈴を転がすような声。
エヴィはとっさに前方に飛び退き、同時にバックサイドホルスターから二丁の銃を引き抜いた。声を発せられるまで、背後を取られていることに気付けなかった。驚愕と同時に戦慄、そして喜悦が波となって押し寄せる。
これは久しぶりに手ごわい奴が来たかな? そう思って銃口を向けた先にいたのは。
首元に毛先が当たるくらいの白銀の髪。顔の半分以上を隠す長い前髪。透き通った白すぎる肌。そのすべてが血によって赤く汚れたひとりの少女。着ている服はこの時期には考えられない薄手のワンピース。それも見窄らしくよれていて、穴も空いている。血と泥だろうか、白であったであろうワンピースは得体の知れない色に染まり上がっていた。
「どうして彼らは死にたかったのでしょう。私は旦那様と奥様だけでよかったのですが」
銃口を向けられてもなお、場違いな落ち着いた口調を崩さない少女。その口元は三日月のような弦を描いていて、前髪の奥からは刺さるような視線を感じる。その視線はきりきりと空気が悲鳴をあげそうなほどの殺意を宿している。
――見た目、十四、五くらいか。背丈は約百五十。体重は……随分と軽そうだ。……こいつが殺ったのか? 本当に?
みすぼらしい少女。靴も履いていない少女。綺麗なはずの髪もざんばらな少女。真冬にろくな服も着せてもらえない少女。当主を旦那様と呼ぶ少女。か細い体は血に濡れ、四体の死体を前に平然とした口調で話し、口元だけ嗤う少女。
この屋敷の奴隷か、それとも玩具か……。状況的に一家惨殺の犯人はこの少女で間違いない。にしても信じがたい。こんな少女がたった一人で………。
「他の連中はどうした?」
「ほか、ですか?」
「召使やらがいただろ?」
「あぁ……」
少女は遠くを見るように窓の方へと視線を投げ、黙り込んだ。
エヴィは銃の引き金から指を離し、頭上で手を組んで伸びをする。一瞬、ぞくぞくと喜悦が芽生えたが相手が少女ということで興醒めしてしまった。
「お手伝いさんたちも死にました。殴られたので殴り返したら死んでしまいました」
「おいおい……とんだサイコガールだな。おじさんびっくりだよ」
言いながら、死体を射影石に撮していく。掃除完了の証拠映像だ。
「お嬢ちゃんよ、さっさと退散しないと国軍に捕まっちゃうよ」
「旦那様は死んだので、次はお国にお仕えしたらいいのですね」
「ああ? なあに言ってんだお前」
射影石をしまい、エヴィは少女の方へと向き直る。少女はもう笑っていなかった。殺意の視線も感じない。何も感じない。命の波動も、気配も。
「新しいご主人様……私のことを知らない……ううん……誰も私を知らない……」
虚空を見つめながら独り言を漏らす少女に、色々な意味で危ないやつだとエヴィはひとり苦笑いした。関わらないに越したことはないと思い、退却するかと窓に手をかけた時だった。
「私きっと死んでしまいますね。木で頭と手を固定されて、上から大きな包丁が落ちてきて、首を飛ばされるようです。死んでしまう前に……」
足音もなくエヴィに歩み寄った少女がエヴィのコートを掴む。またも背後を取られたことに呆気に取られ、反射的につい銃を向けてしまう。しかし少女は額に銃口を当てられても、びくりともしない。コートを握るか細い手は小刻みに震えていてるが、それが恐怖からなのか寒さからなのか、わからなかった。
「私のことを、知って欲しいです。誰にも知られないまま死んでしまうと、誰もハリスを……」
コートを握る少女の手に力が篭る。
「ダメ、でしょうか……」
消え入りそうな声でエヴィを見上げた少女は泣いていた。光のない大きな赤眼から零れ落ちる大粒の涙。わなわなと震える形のいい唇からは、吐息のような微かな声で”お願い”の言葉が何度もこぼれ落ちていく。
「……はぁああああ」
エヴィは銃を下ろし、大仰なため息をつく。銃をしまって、少女の小さな頭に手を乗せる。優しくひと撫でし、膝を屈めて少女の目線に合わせた。
「可愛いお嬢ちゃんと綺麗な姉ちゃんのお願いは聞くことにしてんだわ、俺」
つい先刻までサイコキラーのぶっ飛んだ殺人犯だった少女が、今ではみすぼらしくて儚いただの少女になっている。鋭い殺気を宿した視線など嘘かのように失せきっていて、今の少女の瞳にあるものは悲哀の色だけ。それ以外、何もない。
悲哀しかない瞳から零れ落ちる涙。
男として見過ごすわけにはいかねえ、とエヴィは面倒事に巻き込まれるであろうことを承知で少女の頼みを聞くことにした。
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