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悪役の次期公爵
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しおりを挟む「レオンスティード・プロエノビル様に嫌なことはされていませんか!? 即刻縁をおきりになった方が良いかと……!!!!」
「……え??」
「だってあの人は……悪役なんだから……!!!!!!」
初めて会ったメイドから言われた衝撃の言葉。事の発端は数刻前に遡る。
体調を崩して寝込んだ上にメンタルまで不調になってみんなに励まされた日から数日。いつの間にかすっかり寒い季節になっている。やっと本が読めるほどに回復し、馴染みの使用人とも会話をかわせるようになった。食事も固形物にランクアップだ。
参考書をパラパラとめくっていると、僕が幼い頃から仕えてくれているメイドに声をかけられた。
「坊っちゃま、少しだけお時間を宜しいでしょうか?」
「うん、どうしたの? エリサ」
「先日新しく入ったメイドを紹介しようと思いまして。リリー、こちらへ」
緊張した面持ちでカチコチになりながら扉の隙間からこちへ向かってくる亜麻色の髪の少女。
「はじめまして、シェルといいます。母上から僕と年齢が近いと聞いたよ。この邸には15くらいの使用人はいなかったから会えるのを楽しみにしていたんだ。これからよろしくね」
「シェル坊っちゃま……! リリー・アベルと申します!年は16です! 精一杯仕えますので、よろしくお願いいたします!」
初々しい少女は自己紹介を終えると、エリサにあれこれと仕事を教わっていた。レオン様以外ではほぼ初めて見る同年代の人に僕は興味津々だ。先程から、掃除の仕方、室温管理の仕方、僕の棚の扱い方、と色々と教わって、やっとお茶を入れる実践学習をしている。
「ね、ねぇエリサ。もしよかったらその……リリーとお茶を飲んでもいい?」
「坊っちゃま、さすがにそれは……リリーは入りたてのメイドですので……」
「ほら、同年代のメイドは初めてだから……話がしてみたくて……。それに元気になったし! リリー、話し相手になってくれないかな?」
どうしても! とお願いすると、エリサもわかってくれたようだ。
「そうですね、ではリリー、お茶を入れ終わったら坊っちゃまにお出ししてくださいね。私は他の用事を済ませたらこちらに顔を出すので、それまで街の様子やあなたについて坊っちゃまとお話ししてくださいな」
エリサは片目を瞑って僕にアイコンタクトを取るとそそくさと立ち去った。きっと特別な用事なんてないんだろう。小さな頃から僕が友達を欲しがってたから気を使ってくれたのだ。
「シェル様、お、お茶でございます。お熱いのでお気をつけて……!!」
「ありがとうリリー、遠慮しないでこちらに座ってね」
「は、はい! 失礼いたしますっ!」
「僕は体が弱くてね、リリーが来てからもしばらく会えなかったでしょう? だから、同年代の人に会うのはほとんど初めてに等しいんだ。友達みたいに色々話してくれたら嬉しい」
「も、もちろんです! あ! あの……プラネタリウム! 上手く星空になりましたか?」
「うん、とっても綺麗だった。もしかしてあれを考えた使用人って……?」
「考えたというか……人から聞いた知識? を伝えただけなんですけど」
あんな素晴らしいものを考えたのが僕と同じ年頃の少女だなんて考えもしなかった。本人は人から聞いたものだと謙遜しているが、おそらくここに来て僕の状況を知ってすぐに提案をしている。需要に対して膨大な知識の中から適材適所で供給を行うことができるんだろう。
「本当に感動したんだ、ありがとう。そういえば僕が寝てる間になにか不便はなかった?」
「はい! 皆さんとても良くしてくださるので。私は元々街で家業を手伝っていたのですが……」
それから、リリーの家業のこと、街のお祭りや平民の暮らし、人気の役者、色々な話をしてくれた。特に平民の通う学校や若い人たちの間での流行りについては、今まで話を耳にする機会がなかったからすごく新鮮で楽しかった。
「あ……そういえば……」
「ん?何かあった?」
「あのぉ……先日いらした暗めの髪色の男性って……ちらぁっと遠目で見かけただけなんですけど……」
「プロエノビル公爵のご長男のレオンスティード様だよ、僕の婚約者」
おかしいな。きっと説明はエリサ達から聞いているはずなんだけど……
「ひぃ……! やっぱり! 公爵家の方だと聞いたからまさかとは思ったけど……。坊っちゃま……! レオンスティード・プロエノビル様に嫌なことはされていませんか!? 即刻縁をおきりになった方が良いかと……!!!!」
「え……??」
「だってあの人は……悪役なんだから……!!!!!!」
悪……役……? どういうことだろう、小説や舞台と混同しているとか?
「そ、それってどういう?」
「あっ……すみません、私、出過ぎた真似を……」
今度はリリーの目に涙が浮かぶ。どうしたらいいんだ!? お母様も独特だと言っていたが、これは独特というか……。ちょっとおかしいかもしれない。いきなり人の婚約者、しかも目上の人に対して悪役と叫んで、いきなり泣き出して……。とりあえず、目の前の少女を泣かせたままにはしておけない。
「泣かないで?えっと……リリーはレオン様と知り合いなの?」
「知り合いというか……知っているというか……」
「リリーの知ってるレオン様は悪い人なの?」
「はい……。それはもう極悪非道で、私利私欲のためなら他の事情は全て切捨てるような……」
私利私欲で他を切り捨てる……。
「なんだ、じゃあそれは僕の婚約者のレオン様じゃないよ!」
「いいえ……! その、レオンスティード様なんです……! きっと坊っちゃまは騙されているんですーー!!」
収拾がつかなくなりそうで僕はもうお手上げだ。とりあえず何と勘違いしているのかはっきりさせよう。
「あの、リリー? どうしてリリーはレオン様を知ってるの……?」
「し、信じてくれますかぁ?」
「もちろん……」
涙をべしょべしょと流しながら床に膝をついて見上げてくるリリー。圧倒されて頷くしか無かった。侯爵家以外の人はみんなこんな感じなのだろうか……?落ち着きを取り戻したリリーは、席についてぽそりと発した。
「あの、坊っちゃまはプラネタリウムはご存知でしたか? 坊っちゃま以外の方でもいいんですが……」
「ううん、たぶん誰も知らなかった」
「驚かないで聞いて欲しいんですが、私には前世があって。その世界には魔法がなくて、代わりに科学っていう……あ科学自体はこっちにもあるのか。科学がすごく発展してるんです。プラネタリウムはその前世の知識を使ったんですけど……」
たしかに、プラネタリウムというのは初めて聞いたし、あまりこの国では使用しないような方法で魔石を使っている。異国や異界の知識だと言われれば納得できなくもないけれど……
「ここは、前世の私が読んでいた物語の世界と酷似しているんです!」
「てことは……ちょっと待って……。信じられないんだけど、一旦信じてみようと思う。リリーは産まれた時から前世の知識があるってこと?」
「はい……ただ、私や私の周りの人は物語の登場人物ではなくて。人伝に聞く王族や貴族の方々のお名前や世界観? というか、食べ物の名前とか動物の名前とか。そういうのが一致していたのできっと物語の世界なんだなぁ……と。」
「い、一応聞くんだけど……。僕はこのお邸から出たことがないんだけど、外にはリリーみたいな前世を持った人がたくさんいたり……とか?」
「それは無いと思います。私が特別なだけです」
頭がパニック寸前だ。
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