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ハンナ、仕方なく舞い戻る
《1》
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∴☆∴☆∴☆∴
マーヤさんのお店はかなり繁盛していた。これだけ忙しければ急に辞められたら大打撃よね。良かった、うまく雇ってもらえて。
「ハンナ!こちらのお二人に葡萄酒を出しておくれ。赤と白両方だよ」
「はーい!」
忙しいけど楽勝だわ。だってお酒は葡萄酒の赤か白、あとは麦酒だけだし、食べ物もパンか肉、魚だけなんだもの。
魚と肉料理の味付けは、焼いた後に塩とハーブをかけるだけで至ってシンプル、覚えやすい。
それからマーヤさんのお店が繁盛している理由が、働いたこの数時間で分かった。
それは何かというと……ここが賭場だからだ。賭場というのは賭け事をする場所で、分かりやすく言えばカジノ。
聞こえてきたお客さんの話をまとめると、王都ルーラの中でも一番の港町であるここ(キース)は、許可を得た貿易船が立ち寄れるために、近隣諸国の船乗り達が大勢店に出入りするらしかった。
「ああ!ちきしょうっ!おい、娘!麦酒追加だ!」
「はあい!」
マーヤさん曰く、賭けに負けた船乗りは気が立っていて少し怖いけど、お酒と一緒にハムの切り落としをサービスすると少し落ち着くそうな。
「気が利くじゃねぇか!魚ばっかりで飽き飽きしてたところなんだ」
……ほんとだ。
「うちの店主は太っ腹なんですよ。ではごゆっくりどうぞ」
今日は初日だからね、マーヤさんにもお客様にも印象良くしていたい。
ニッコリ笑ってペコリとお辞儀をすると、私はその男性から離れ、空いたお皿を片付けたりお酒や料理のオーダーを取ったりと忙しく働いた。
∴☆∴☆∴☆∴
「ハンナ!今日は初日だからね、もうあがっていいよ。良く頑張ってくれたねぇ!」
「ほんとですかっ?!ありがとうございます!」
「明日は仕込みから頼むよ」
「はいっ。こちらこそよろしくお願いします」
約六時間の労働を終えた私は、店員の目印である赤色のスカーフを外して、ホッと息をついた。
あー、疲れた……。
その時、
「マティアスの根城を突き止めた。ここからしばらく南へ下った先にある宿屋の二階だ。真横にでかい杏の木があるからすぐにわかる。応援をたのむ」
……ん?マティアス……?杏の木……?
「殺るのか。いつだ」
「……今晩、寝込みを襲う。成功報酬は三割でどうだ」
その言葉にドキッとして、私は声のした斜め後ろのカウンターを振り返った。
そこにいたのは中指に赤い石の指輪をはめた男の人と、長い赤毛を後ろで結んだ鋭い目の男の人だった。
ちなみに、指輪の男性はフード付きのマントのせいで顔はよく見えない。
カウンターの内側にいる店員の私を不審に思うことなく、二人は会話を続けた。
「三割?!言っておくがマティアスは義理兄の現皇帝よりも腕がたつんだぞ?!寝込みとはいえ三割じゃダメだ」
「じゃあ四割だ。それ以上は無理だぞ。他を探す」
「……分かった」
「俺は別件がある。そっちを先に片付けたらお前の家に行くから待ってろ」
「ああ」
会話が終わると指輪の男性は麦酒をグイッとあおって飲み干し、黙って代金を置くと出ていってしまった。
私はその後ろ姿を呆然と見つめながらゴクリと喉を鳴らした。……確かにあの宿屋の真横には、杏の木があった。それにマティアスって……。
ドクンドクンと心臓が脈打ち、変な汗が背中を伝う。
……やだ、今の二人の話があのマティアスだったらどうしよう。
私の脳裏に、マティアスの切れ長の眼や綺麗な口元が思い出された。
私を抱き抱えて器用に馬の手綱をさばきながら、こちらを見て少し笑ったマティアス。……あのマティアスなんだろうか。
マーヤさんのお店はかなり繁盛していた。これだけ忙しければ急に辞められたら大打撃よね。良かった、うまく雇ってもらえて。
「ハンナ!こちらのお二人に葡萄酒を出しておくれ。赤と白両方だよ」
「はーい!」
忙しいけど楽勝だわ。だってお酒は葡萄酒の赤か白、あとは麦酒だけだし、食べ物もパンか肉、魚だけなんだもの。
魚と肉料理の味付けは、焼いた後に塩とハーブをかけるだけで至ってシンプル、覚えやすい。
それからマーヤさんのお店が繁盛している理由が、働いたこの数時間で分かった。
それは何かというと……ここが賭場だからだ。賭場というのは賭け事をする場所で、分かりやすく言えばカジノ。
聞こえてきたお客さんの話をまとめると、王都ルーラの中でも一番の港町であるここ(キース)は、許可を得た貿易船が立ち寄れるために、近隣諸国の船乗り達が大勢店に出入りするらしかった。
「ああ!ちきしょうっ!おい、娘!麦酒追加だ!」
「はあい!」
マーヤさん曰く、賭けに負けた船乗りは気が立っていて少し怖いけど、お酒と一緒にハムの切り落としをサービスすると少し落ち着くそうな。
「気が利くじゃねぇか!魚ばっかりで飽き飽きしてたところなんだ」
……ほんとだ。
「うちの店主は太っ腹なんですよ。ではごゆっくりどうぞ」
今日は初日だからね、マーヤさんにもお客様にも印象良くしていたい。
ニッコリ笑ってペコリとお辞儀をすると、私はその男性から離れ、空いたお皿を片付けたりお酒や料理のオーダーを取ったりと忙しく働いた。
∴☆∴☆∴☆∴
「ハンナ!今日は初日だからね、もうあがっていいよ。良く頑張ってくれたねぇ!」
「ほんとですかっ?!ありがとうございます!」
「明日は仕込みから頼むよ」
「はいっ。こちらこそよろしくお願いします」
約六時間の労働を終えた私は、店員の目印である赤色のスカーフを外して、ホッと息をついた。
あー、疲れた……。
その時、
「マティアスの根城を突き止めた。ここからしばらく南へ下った先にある宿屋の二階だ。真横にでかい杏の木があるからすぐにわかる。応援をたのむ」
……ん?マティアス……?杏の木……?
「殺るのか。いつだ」
「……今晩、寝込みを襲う。成功報酬は三割でどうだ」
その言葉にドキッとして、私は声のした斜め後ろのカウンターを振り返った。
そこにいたのは中指に赤い石の指輪をはめた男の人と、長い赤毛を後ろで結んだ鋭い目の男の人だった。
ちなみに、指輪の男性はフード付きのマントのせいで顔はよく見えない。
カウンターの内側にいる店員の私を不審に思うことなく、二人は会話を続けた。
「三割?!言っておくがマティアスは義理兄の現皇帝よりも腕がたつんだぞ?!寝込みとはいえ三割じゃダメだ」
「じゃあ四割だ。それ以上は無理だぞ。他を探す」
「……分かった」
「俺は別件がある。そっちを先に片付けたらお前の家に行くから待ってろ」
「ああ」
会話が終わると指輪の男性は麦酒をグイッとあおって飲み干し、黙って代金を置くと出ていってしまった。
私はその後ろ姿を呆然と見つめながらゴクリと喉を鳴らした。……確かにあの宿屋の真横には、杏の木があった。それにマティアスって……。
ドクンドクンと心臓が脈打ち、変な汗が背中を伝う。
……やだ、今の二人の話があのマティアスだったらどうしよう。
私の脳裏に、マティアスの切れ長の眼や綺麗な口元が思い出された。
私を抱き抱えて器用に馬の手綱をさばきながら、こちらを見て少し笑ったマティアス。……あのマティアスなんだろうか。
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