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28.『悪魔の証明』
しおりを挟む「前世ねぇ……。俄には信じ難い話だが」
私の話をひと通り聞き終わった後、国王陛下はそう呟くと思案顔で黙り込んだ。
部屋の中にいる人達も同じ事を思っているのか、誰も何も言葉を発しようとしない。
確かに荒唐無稽な話だもんね。
私だって自分がこんな経験をしてなかったら、簡単には信じられないと思うし。
況してやここが異世界でしかも乙女ゲームの世界だとか言われたら、そう主張する人を生温かい目で見てしまいそうだ。
もちろん私はそこまでの話はしてないよ?
いくら本当の話でも、『乙女ゲーム』なんてパワーワードを出しちゃったら、絶対に胡散臭くなるに決まってるんだから。
私が話したのは、アーネストから屋敷を出ていくよう言われた時に突如前世の記憶が蘇った事と、前世はこことは全く別の世界の住人で、今の人生とはかけ離れた生活をしていたってことだけ。
そこでも未婚だって言ったら、『ずっと清い身体』の意味もわかってくれたらしい。
こっちの世界じゃ婚前交渉をする女性なんてほぼいないから、詳しく説明しなくても私が喪女だったという事実には気付かれないだろう。
それよりも。
必要だと思われることは全部話したんだから、そろそろ本題について話してもらいたい。
正直私は早く真相を知りたくて気が急いていた。
沈黙したままの室内の空気はどこか重いもので、いくら国王陛下から『プライベートだから楽に話してくれ』って言われてても、おいそれとそんな事は言い出せそうにない。
だからこそ余計にアレコレ考えてしまう。
夫は自分が突然亡くなる可能性を考えて物事を進めていた。すなわちそれは命の危険があるかもしれないと判断していたということで。その原因が私と関わり合いになったからだとしたら、私は……。
深い後悔と申し訳なさで自然と俯き加減になっていると、無意識に腿の上で固く握り締めていた私の手にそっと何かが触れた。
不意に訪れた温もり。ビックリして顔を上げると。
「……大丈夫か?」
私を労る言葉と共に王太子殿下の紫色の瞳が真っ直ぐに向けられる。
王太子殿下の今の表情には、さっき私が危うく騙されそうになった時のような胡散臭さは微塵も感じられない。それどころか心から私の事を気にかけてくれているのか、その瞳は心配そうな色を湛えていた。
私に触れている手が微かに震えていることから女性嫌いの殿下が無理してるのがまるわかりで、申し訳ない気持ちにさせられる。
私はぎこちないながらも笑みを作ると、本当に大丈夫だという気持ちを込めて見つめ返した。
「お気遣いいただきありがとうございます」
「……ああ」
王太子殿下の手がそっと離される。今度は何となく気不味そうな感じ。
咄嗟にやっちゃったはいいけど、ふと我に返って自分のしたことに青褪めてるみたいな。
たぶん根は優しい人なんだよね。殿下は。
ただ女性関係で苦労し過ぎたがために、女性全般が苦手というか嫌いというか忌まわしい生き物になってるだけで。
じゃなかったら私の話なんて聞こうともしないで、問答無用で消されてた可能性は高い。
ここがゲームの世界だとしてもみんなNPCじゃなくて生きてる人間である以上、そういう設定だからで決めつけちゃいけないことがいっぱいある。
私の存在だってゲームの中じゃ物語の盛り上げ要員でしかなくても、不幸になって当たり前だって言われたら悲しいし。家族の死も、夫の死も、ストーリーどおりだから仕方ないなんて言われたら泣いて暴れるかも。
こんな形で王太子殿下の素の表情を見るまで、あのゲームの登場人物達に設定以外の一面があるってことを忘れそうになっていた。
ここは現実。だからこそ設定じゃなくて、実際に夫が何をどう感じて行動していたのかその意味を知りたいって思ってたのに。
ひとり自分の身勝手さを反省していると、思案顔から普通の表情に戻った国王陛下が口を開いた。
「メリンダ嬢の話を嘘だと決めつけているわけじゃないが、君の話を信用するにはまだ足りない。前世というものがある事を証明する手段があればいいんだが。何かないかな?」
さっさと話せとばかりに水を向けられる。
証明する手段、なんて言われても、誰も知らない事を説明したところでそれが正しいことだと判定してくれる人がいなかったら結局は信じてもらえないんじゃないのかな?
あっちにあってこっちにない便利な物とか珍しい物なんて山程あるけど、原理や仕組みなんて説明出来ない以上、それだけじゃ私の空想だって言われかねない。
一番現実味があって信じてもらえそうな話って何……?
と考えたところで。
これって『悪魔の証明』と同じ手段でどうにかならないものかと思い立つ。
『悪魔の証明』とは。『悪魔がいない事を証明出来ないんだったら、存在を否定することは出来ない』っていうアレ。
ここにいる人達が前世なんてないことを証明出来ないのなら、私に前世の記憶があることを否定出来なくなるよね?
よし。これでいこう。
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