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第四章 伊賀忍者 藤林疾風 戦国に救う者

第五話 甲賀郡中惣と従兄たち

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永禄7(1564 )年7月上旬 甲賀郡望月城
藤林疾風


 俺は今、甲賀の望月家に向かっている。
 甲賀の里は伊賀から北へ8里(約30km)程の山を隔てた盆地にあるが、藤林の領地は伊賀の北端にあるので、山を越えたらすぐに甲賀の里だ。伊賀に比べて、雨が多く夏冬の寒暖の差が大きいと聞く。

 甲賀も伊賀と同じく半農の土豪の土地だ。独立意識が強く、砦を築き互いに争う時期を経て、外敵である大名へ備えるために郡内での争いを止め、『甲賀郡中怱』という組織を作り、評定による運営をしている。
 大名に属せず雇われての忍び働きをするが六角家とは庇護を受けて協力関係にある。
 伊賀との違いは武家意識が強く、忍び働きは圧倒的に男で、『くノ一』が稀なことだ。

 俺が何故、才蔵と佐助を伴って甲賀の上忍である望月家の城に向っているかというと、4年前から伊賀に臣従を申し出ている、甲賀32家の問題決着のためだ。
 実は俺、望月家当主 望月出雲守の甥だったんだ。
 しおり母上が、出雲守殿のお妹さまだった訳で俺も今回知ったばかり、驚き桃の木、山椒《さんしょ》の木だよ。
 藤林家が甲賀と繋がりが深いとは聞いてはいたが、母上が望月家の出とは。


 望月城に着くと、俺より年下の若者が出迎えてくれた。

「初めてお目にかかります、出雲守の息子、夜霧丸にございます。ようこそ従兄殿。」

 そう笑顔で言われたけど、従弟がいても、不思議じゃないよな。突然の従弟出現に戸惑ってしまった。
 夜霧丸君に案内され、父上より若い出雲守殿と室の七海様、夜霧丸君の弟の霧笛丸君がいた。

「よう来られた、そなたの伯父の出雲守じゃ。」

七海ななみと申します。」

「次男の霧笛丸きりぶえまるです。」

「藤林 疾風にございます。此度はご案内により、父の代理で参りました。」

「もう一刻もしたら、甲賀衆も揃うじゃろ。
 堅い話はそれからじゃ。藤林の皆はご壮健かの。」

「はい、母上は妹の綺羅を連れて毎日孤児の子供らと薬草を育てております。」

「藤林砦は、大層な大きなお城だとか。」


「はい、領民3,000人が籠城できるよう砦の中には田畑もあります故。一度皆様でおいでください、母上も喜びます。」

「栞様からは、季節ごとに色々贈り物をいただいているのよ。お返しができなく心苦しいのだけど。」

「気にされることはありませぬ。母上から、実家の皆様への気持ちですから受け取るだけでいいのですよ。」



 そうこうしているうちに、甲賀のご一同が揃われたと知らせが届いた。
 大広間の壁を背に、中を囲んで座っている。 
 上座に望月出雲守殿、その隣に俺が座らせられた。

「皆揃うたので評定を始めるが、伊賀の藤林殿に来て貰っておるので紹介致す。」

「藤林疾風にございます、今日は父長門守の代理で参りましてございます。」

 会釈すると、一同が礼を返してくれる。

「さっそくじゃが、和田惟政殿、此度の意を述べられよ。」

「我ら32家は、伊賀に臣従致す。過ぎる年に話したことに同じでござるが、諸国での忍び働きの稼ぎでは、あたら命を危うくするばかり。
 有力な大名は我ら以外の透波乱波を召抱えており、我らは危険な働きばかり宛がわれてござる。
 伊賀では、商いと領民を守るためにだけ、忍び働きをしており領地は豊かでござる。」

「皆様、反対の儀はござらぬか。」

「然らば御一同に申す。我らは長年六角家と誼を交して協力関係にある。これを破れば、庇護を失い六角家に攻められるやも知れぬ。和田殿らには、その覚悟がお有りか。」

「我ら伊賀の領民となる身にござれば、伊賀の意向に従うばかりにござる。」

「ならば、藤林殿にお尋ね申す。伊賀は甲賀のために六角家と戦うと言われるか。」

「 · · お尋ねにより、お答え致します。
 甲賀の皆様は、滅びるのがお望みですか。
 このまま六角家と誼を結んでおれば、六角家と争う大名は甲賀を敵として攻めましょう。伊賀は争いませぬぞ。
 伊賀に臣従される方々には、伊賀や伊勢に移り住んでいただきます。
 そのあとのことは、承知致しませぬ。」

「そんなっ、残された我らだけでは立ち行かぬではないか。」

「六角家に正式に臣従されてはいかがか。   
 六角と共に生きるならば六角家も喜びましょう、領地も増えます故に。」

「もし我らが甲賀を捨てる者達を、裏切り者として処すとしたら、いかがなさる。」

「それは貴方様方に、何の得がありましょうや。
 甲賀を去られても、争い合って死をもたらしても、あとのことは、同じではありませぬのか。」

「 · · · · · 。」

「貴方様方は、臣従するという言葉の意味を違えておられます。六角家に臣従するというなら家来になることですが、伊賀に臣従するというのは意味が違うております。
 伊賀は民の国で、主君などはおりませぬ。
 身分はなく役目があるだけ。藤林家も皆も役目として、政を担っているに過ぎませぬ。
 父亡き後、役目を世襲することなどありませぬ。
 家老の百地殿や服部殿、或いは他の方の中から政をするに相応しいお方がなされば良いのです。
 伊賀に臣従するとは、仲間の領民になることです。仲間で力を併せて国を守り、豊かにして行くのですよ。」

「やっと意味が解り申した。伊賀は『甲賀郡中惣』を大きくしたようなもの、そう考えれば宜しいのですな。」

「半分はそうでございます。しかし、身分はありませぬ。領地も皆の共有であり、領民となる皆様は、役目に応じた禄を受け取ることになりまする。
 そして、領地を侵す者に対し戦います。」


 この日、甲賀53家は揃って伊賀の民となることを決めた。
 それから1ヶ月、俺は父上から甲賀の皆のことを丸投げされて、仕事(役目)や居所や、引っ越しの手配まで、激務に追われた。

 ただ甲賀の衆と懇意になれたのはいいが、
『藤林の大殿の後は、世襲でないにしろ疾風殿しかおられませぬな。』と言われたことが、なんか働き損みたいに思えたが、甲賀の皆も幸せになってくれればいいと思う。





【 甲賀忍者 】

 甲賀『こうか』と濁らない読みが正しい。
 甲賀には聖徳太子建立と伝わる油日神社、役小角が修行した飯道山、伊賀と甲賀が交流したと言われる岩尾山がある。
 修験者と関わりが深く、修験者に山伏兵法を学んで甲賀忍者になったと言われている。

 その戦法は、九代将軍足利義尚率いる幕府軍と撹乱ゲリラ戦を繰り広げ、将軍の所在を突き止めて『まがりの陣』と呼ばれる夜襲を仕掛け、足利義尚に傷を負わせるなど、間諜、戦場戦、暗殺などなんでもこなす忍者の代表的存在であった。


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