ホーリー・ドラゴン

airi

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銀の2人

蓮の町

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【水の都・ハストゥーシャ】
街の中心にある大きな噴水と、至るところで咲き誇る美しい蓮の花が有名な観光地である。
そこに七人はいた。
『きれいなところですね~』
「ふぉぉ!初めてきたっす!綺麗っす!」
「そうね~」
「隊長ぉぉ!噴水に手をついちゃ駄目です!」
「あ…大丈夫っす壊れてないから」
「そういう問題じゃないと思う。」

一般の観光客やリア充の皆々様の中で、ごくごく普通にはしゃぐ集団。
今の彼女たちは、年相応の普通の女の子だ。
「ね、ね、アスカ!私あそこみたいな!」
「私も行きたいっす!」
「レイもなのだ!」
『え、ちょ、待って!』
「よし、行くのだ!」
『仕事は!?…あぁ、もうだめだ』
アスカが止めるのも聞かず、3人は一瞬で人ごみにまぎれてしまった。
隠れみの術でも使ったのだろうか?最早見つけることは不可能だ
「えっと…すいません私達も」
「…隊長?」
『もう勝手にして…』
アスカが悲痛な声を漏らす
結局、残ったのはリノンとアスカだけだった。
「私たちは見回りでもしようか?」
『えぇ…そうしましょう』
アスカにさっきまでの楽しげな雰囲気はなく、大きな溜息までついている。
この街でこんな顔をしているのはきっとこの2人だけだろう。
自由人達に振り回される立場にあるこのふたりは、つくづく苦労性だ。
アスカが数回目のため息をついて、足取り重く歩き始めた。


【ハストゥーシャ湖周辺】
噴水前にはじまり、街中のあらゆる場所を探索したが結局なにもいなかった。
ここは街の中心から少し外れたところにある湖。
周りに何があるわけでもないがデートスポットとしては有名なようで、多くの人がいる。
『はぁ…暇ですね』
「この年になって尚、年齢イコール非リア歴の私にとって最も直視し難い現実を見せられますね」
なるべく現実を直視しないように遠くの風景を眺める

その時、突然視界がぼやけた
『あれ?これって霧?』
いや、ぼやけたのは景色の方だ
「かなり濃いですね」
いきなり現れた霧が、ゆらゆら揺れながらあたりを覆い隠して行く。
そしてそれはみるみるうちにあたりの景色を隠してしまった。
『うわぁぁ!すご《霧が出たぞー!みんな逃げろぉぉ!》は?逃げ…?』
突如鳴り響いた鐘の音と、大号に驚いた人々が一斉に走り出す。
穏やかだった水辺が一瞬でパニックに陥った。
とにかく湖から遠ざかろうとする人、その場に座り込んでしまう人。
その時人々の悲鳴に混じって、胸のあたりから微かな電子音がした。
これは携帯型ホログラムの着信音だ。
すぐに胸ポケットから小さな端末を取り出す。
顔認証システムを行う僅かな間のあと、光がエマの顔を形作った
「アスカさん!大変なことになったっす!」
『…状況がよくわからないのですが?』
「この街には数ヶ月前から賊がでるようになったらしいっす。何かを盗む訳では無いけど人を襲う奴らっす。」
「そいつらは霧のでた薄暗い時に来るらしいのだ!気をつけるのだ」
『はい、了解しました。』
「とりあえず、一般の方々が避難できるまでは見張っておきましょう」
「頼んだっす!」
そこで通話は途切れた。
今ここで何が出たとしても、感覚で捉えられるだろう。
だが、普通なら自分の居場所も把握できなくなるくらいの霧だ。
この中で活動できる相手も只者ではない。
いつもより警戒心が増し、鋭い眼なざしで白い空間を見つめる。
『いた…』
スクリーンのようになった霧に
影が写った。
どうやら、アスカ達のすぐ近くにいるようだ。
霧が揺らがないように、ゆっくり近づいていく
『…は?』
この言葉、本日二回目だ。
今日は予想外のことが多すぎる。
霧の中の人影…白い体に、のっぺりとした輪郭…そして全裸
間違えない、あれは異形だ。
『新型ですね…探す手間が省けて何よりです』
「…ぁあ?」
『あ、気づいた』
大きめのアスカの声に反応して異形がこちらを向いた。
やはり目がないが、どうやってこちらの存在を感知しているのだろうか…アスカ達の顔を見るような仕草をしている。
「お前ら…マイハニーを倒したやつか?」
いきなりの言葉に、身構えていたアスカたちはフリーズした。
『マ、マイハニー?』
「お前らが倒しやがったⅡ型のことだよ!」
『に、Ⅱ型?』
「だぁぁかぁぁら!人の形をしたやつだよ!」
『あぁ!あのオネエさん!』
「イントネーションおかしいだろ!」
『さて、やりますか』
「聞けよ!」
いつまでも茶番に付き合ってはいられない(結構ノリノリだったが)。
幸いここは水も緑もある。
アスカにとっては都合の良い場所なのだ。
足元を確認し、手のひらに貯めた魔力を芝に注ぎ込む。
『森の賢者〝greenowl〟』
アスカがそう唱えると周囲の植物が一気に成長し、瞬く間にリノンの背丈まで追い抜いてしまった。
このマホウが人間に使えるなら、チート級だろう。
だが、今回は別にちからはどうだっていい
あくまで囮なのだ。
『…行け!』
敢えて大きな声と仕草をする。
主の命令で一斉に動き出した植物達は、異形の視界(と思われる範囲)を覆い隠すように襲いかかる。
見た目ははおどろおどろしいが、殺傷能力など皆無な植物だ
あまり時間は持たないだろう。
しかし、そうとは知らない異形は、自身に向かってくる葉や蔦を攻撃することなく避け続けてくれている。
それを横目で確認し、アスカは湖に近づいていく。
『水、それに気温も最適…』
これで準備はバッチリだ。
荒ぶる植物を元の芝に戻し、異形の上空を狙う。
「ね、ねえ…情報は?いいの?」
『また今度にしましょうよ…もう疲れましたし』
本当は疲れてなどいない。
やり始めると面倒くさくなるタイプなのだ。
…有言不実行?ナニソレワタシシラナイ
「どうしたんだ?もう終わりか!」
『…』
異形の言葉は無視だ。
早く終わらせてみんなと合流しよう
『だから私が使えるのは植物だけじゃないんだってば…まあいいや、頭上注意です』
「は?」
『ネーヴェ・アイシクル!』
先程魔力を流しておいた水を凍らせて巨大な氷柱を作る。
4本作った氷柱は、すべて異形の真上に浮かせている。
ここからはアスカが何をしなくても良い。
『さぁ、もう終わりにしましょう』
アスカが手を下ろした。
氷柱は重力に逆らうことなく、まっすぐおちていった。
背後から異形の断末魔が聞こえる。
『…汝の魂よ安らかに眠れ』
「…え、なんですかそれ」
『いや、異形にも意思があるんだってわかったから…せめて』
「中二病っぽいですよ」
『…そうですか?』
「そうなのだ」
『あ、レイ…あの、見てたなら声かけるとかないんですか?』
「ないっすね」
『…さいでっか』
「ほら、レイは疲れたのだ!早く戻って眠るのだ!」
「えぇぇぇ…」


7人が去った後、湖畔には静寂が訪れる。
その静寂のなか、1人の女が異形の体だったものを胸に抱えて消えた。
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