上 下
11 / 58

第12話 アーデン①

しおりを挟む
 エメラーダ一行は、ゴーロッド街道と呼ばれる道を歩んでいた。図書館のある『アーデン』に向かうためである。しばらくすると、前方に海が見えてきた。

「あそこに街があるだろう。あれがアーデンだ」
 マックスは指差して言った。

 エメラーダは目を細めて、その先を見やった。確かに小さな建物がいくつか建っているようだ。
 エメラーダにとっては、初めて見る光景である。彼女は興味深そうに眺めていた。

「あそこに、図書館があるのですね?」
「そうだ。だけど、今日は遅くなっちまったから図書館に行くのは明日だ」

「予定より遅くなっちまったが、日が暮れる前についてよかったぜ」
 マックスの言葉通り、辺りはすでに薄暗くなっていた。

 エメラーダは、初めて訪れた町をキョロキョロと見回した。
「どうかしたか?」
 マックスは辺りを見回すエメラーダに声をかけた。
「いや、ヒガンナとは随分と様子が違うな、と思いまして……」

「アーデンは港町だから四方から色んな奴が来るからな。それに、海が近いから『海から来たもの』が多いし」

 エメラーダはまたしても聞きなれない単語を耳にしたが、きっとここに住んでいる種族のことだろう。そう思って深く考えないようにした。

「とりあえず宿をとろう」
 マックスとディーダは宿を探すため歩き出した。エメラーダは二名の後をついて行った。

 エメラーダは歩きながら、辺りを見回す。薄暗いため、街並みの詳細はわからない。
 ただ、そのような状況であっても、円錐や四角錐といった、独特な形状を取っている建造物が多く見られた。

 エメラーダは、それらの建物群を見ているうちに、漠然とした不安感を覚える。でも、それは何故なのかわからなかった。


「女将さん、部屋を二つ頼む」
 宿屋に入り、受付でマックスが声をかける。

「はいよ!  泊まるのは何名なんだい?」
「三名だ」

 マックスは女将と受付でやり取りをしている。エメラーダはふと、女将の顔を見た。

「あぁー!」
 エメラーダは悲鳴を上げた。

「なんだ?!」
 マックスはエメラーダの方を向いた。

「女将さんが……女将さんが……」
 エメラーダは顔面蒼白になっている。

「女将がどうかしたって?」
「顔、顔が……」
「は?」
 マックスは怪訝な顔をした。

 女将は、一見すると恰幅のいい中年女性だ。
 ただ、頭に髪の毛が1本もなかった。剃りあげたというよりも、元から生えていないようだ。

 そのような女性は、グレイセスにもいるだろう。しかし、決定的に違うのは、顔だ。

 目は離れ、眼球が飛び出しており、瞼がないのである。その女将は魚のような顔をしていた。

「お嬢ちゃん、大丈夫かい?」
 女将は心配そうに声をかける。

「いや、大丈夫だ。女将さん、部屋で休ませたいから、鍵をくれないか」
 女将は鍵をマックスに手渡した。その手には水かきがついていた。


「エメラーダは別室だけど、大丈夫なのか?」
「ロビンもいるからいいだろ」
 マックスは、部屋でディーダと会話をしていた。

 ディーダは、マックスと肩を並べる程の背丈の男だ。肌の色も、同じように白い。同様に白い髪を三つ編みにして、後ろに垂らしている。長さは、尻の辺りまであった。
 身にまとっているのは、黒い皮の鎧のようなものだ。

「それにしても、なんであいつは女将の顔を見て悲鳴を上げたんだ?」

「彼女、グレイセスというところから来たんだろう? これは私の推測だが、グレイセスには『深そうなもの』がいないんじゃないのか」

「だからって、悲鳴を上げることはないだろ。本当に失礼な奴だな」
 マックスは怒りを表した。

「そのことなんだけど、他にも気になることがある」

「他にもなんかあるのか?」

「彼女がここに来たとき、クッコに斬りかかったことだ。斬りかかる前に『化け物』って言ったんだっけ?」

「それか。思い出しただけで、腹が立つな……」
 マックスは苦々しい表情を浮かべる。

「でも、マックスのことは化け物って言わなかった」
「そういえば、そうだな」

「また推測になるけど、もしかしたら、グレイセスにはヒュラン以外のトーカーがいないのかもしれない」
「どういうことだ?」

「今はここ、アナセマスって呼ばれてるけど、元々はアナセマスじゃなくて、別の名前で呼ばれてたんだ。ただ、過去の名称は失われてしまったから、かつてはなんて呼ばれてたのかはわからない」

「なんて呼ばれてたのかわからないのに、違う名前が付いていたっていうのは妙な話だな」

「きっと痕跡はあったんだろう。話を戻すけど、その別の名前で呼ばれてたときには、トーカーがヒュランしかいなかった……正確に言うと、ニンゲンしかいなかったそうだ」

「ニンゲンしかいないって……」
 マックスは困惑の色を浮かべた。

「もしかしたら、グレイセスもそういうところかもしれないね。トーカーがヒュランしかいない、それ以外のトーカーは、皆、化け物」

「トーカーがヒュランしかいないし、でも妖精はいやがる、ってことか? 最悪なところから来たんだな」
 マックスは手で顔を覆った。

「とにかく、明日は朝イチで図書館に行くぞ。蒼き剣のとやらのことを調べればなにかわかるかもれないし。あいつを早くここから追い出すんだ」

 マックスは寝る支度をした。ディーダもそれに続いた。



「はー、やっと出られたよ」
 ロビンはカゴから出て、伸びをした。

「ロビンも、お疲れ様」
「僕、何もしてないけどね……そんなことより、大丈夫? エメラーダ」
 ロビンはエメラーダの顔を覗き込んだ。

「大丈夫ですっ! さっきのは……驚いただけですから」
 エメラーダはロビンに心配かけさせまいと、気丈に振舞う。

「むしろ、私の方が失礼なことをしたんですよ。だって、女将さん、なにもしてないのに……」

 エメラーダは女将の顔を見ただけで、悲鳴を上げたのだ。よく考えたら、失礼極まりないではないか。エメラーダは猛省していた。

「うーん、でも、グレイセスにはあんな顔の人はいないよね?」

「ロビン、ここはグレイセスではないのです。とにかく、明日は早いです。寝坊したら、マックスさんとディーダさんにご迷惑がかかりますからね」

 エメラーダは、いそいそと寝る準備を始めた。
「おやすみなさい」

 エメラーダはロビンに挨拶をした後、寝床に着く。しかし、女将の顔がチラついて、なかなか眠ることが出来なかった。
しおりを挟む

処理中です...