血よりも赤い瞳

奈々野圭

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第6話 動物園①

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 智也が純と出会ってから幾日が経過した。純は智也宅を出ていこうともしない。食べて寝て、たまに本を読んだり、テレビを見たり、というような生活を送っている。

 純が引きこもりと化しているのは、外の世界を知らないからであろう。外の世界を知るには、智也の家にある本とテレビだけでは限度がある。

 せめてインターネットができれば、まだ世界は広がったかもしれない。

 寝室にパソコンがある。ある日の帰宅時、電源が入っていた。スリープ画面から復帰したところ、パスワード入力画面になる。
 怪訝に思った智也は純にパソコンのことを尋ねた。

「部屋にコンピュータらしき装置があったから起動させた。だが、パスワード入力が求められたからこれ以上の操作は諦めた。私は殲滅せんめつ用だ。暗号解析能力は持ち合わせていない」

 理由が判明したので、智也は安堵した。「殲滅用」という言葉に引っかかったのは置いといて。

 いくら右も左も分からないとはいえ、純にパソコンを触らせることに抵抗があった。

 パソコンというものは、プライバシーの塊だからである。
 他にもインターネットに繋がる端末はあったが、どれも同じようなものだった。

「色々見たいのはわかるけど、ネットに繋がるものはどれも触らせられない。申し訳ないがテレビで我慢してくれ」
 智也がこう言ったら、純はいつものように「わかった」と返した。

「――お前さ、どこか行きたいところとか、ある?」

 夕食後、智也は純に尋ねた。純のことを理解することを、智也は半ば諦めていた。だからといって、家から一歩も出ないというのも、それはそれで問題だろう。
「いつまでこいつの面倒を見ないといけないんだ」というのも無くはないが。

「『どこか行きたいところ』とはなんだ」

「それを聞いてるんだよっ」
 純の要領を得ない答えに、智也は声を荒げてしまった。

「私はここ周辺の地理の情報を持っていない。ゆえにどこに何があるのかも分からない。そのような状況で到達点を定めるのは無理だろう」

 純はしれっと答えた。つまりは、何があるのか分からない以上、出かける気が起こらないということか。

 言いたいことはわかるが、だからといっていつまでも家から出ないのも困る。智也はどうしたものかと考えあぐねる。

「わかったわかった。この話は後だ。今日はもう休むことにしよう」
 智也は純を残し、リビングを後にした。

 一通り寝る支度をすると、ベッドに腰掛ける。スマホを手に取ると、智也はメッセージを送った。

『――と、まぁ、こういうわけなんだ。今度の動物園だけど、純と一緒でもいい?』
 送信してつかの間、返信が来た。

『智くんの友達なんでしょ。私も会ってみたいなぁ』
 智也は返信を読む。お気楽な調子の文に半ば呆れつつも、メッセージの『送信』をタップした。

『会ってみたいなぁってなんだよ。デートに余計なやつがくっついてくるんだぞ。言い出しっぺは俺だけど』

『いいじゃん、たまにはこういうのも。もしかして、浮気しちゃうかもしれない、とか?』
『そんなんじゃねーけど……』

 純は美形だ。しかし、中身はトンチンカンそのものだ。オマケに生活力がないと来てる。

 仮に見た目で惚れ込んで、付き合うことにしよう。そうなったら、ズレたやり取りを延々とする羽目になる。なにより、養わなければならない。果たして、それに耐えられるのか。それに――。

『美咲が嫌じゃなきゃいいんだ。それじゃ、連れてくぞ。今度の土曜日な』
『うんっ。楽しみにしとくね』
 智也はスマホを枕元に置くと、電気を消して布団を被った。

「『純が美咲のことを好きになったらどうしよう』なんで、こんなことを考えるんだ、俺……」
 まぶたの裏に浮かぶのは、純のことばかりだった。


***

 土曜日がやってきた。智也はいつになく入念に支度をすませる。

「服はこんなでいいかな……」

 今日は穏やかな陽気だ。それに合わせ、智也もまた軽やかな装いにする。ワイドデニムに、白地に黒の格子柄のシャツ。その上に紺のカーディガンを羽織った。

「問題は……」
 智也はリビングに行くと、純がソファーに座っている。そこが純の定位置となっていた。

 着ているものに目を向ける。白い拘束衣のような服装だ。これは、出会った当初のままである。

「その格好はなんとかならない? 悪目立ちするし」

「悪目立ちか。その点は大丈夫だ。認識阻害を使えば目につかなくなる」

「目につかなきゃいいって問題じゃないんだよ。美咲に会わせなきゃいけないんだから。つか、そんなこともできるのかスゲーな」
 ここに来て純の新能力が判明するとは。智也はツッコミつつも関心してしまった。

「そういや、純の服って体の一部なんだっけ。変身能力の応用とかなんとか……ちょっと待ってて」

 智也はスマホでインスタを立ち上げ、『メンズコーデ』で検索する。
「こんなんでいいか」

 表示された画像の一つをタップして純に見せる。そこに映っていたのは、黒のパーカーとデニムパンツというラフな格好をしたモデルであった。
「服装はこんな感じにしてくれ」

「わかった」

 純はそう言うと、すくっと立ち上がる。次の瞬間、拘束衣がコウモリに変わった。一瞬だけ純の裸体が見えたが、たちどころに布に覆われる。

 拘束衣は、黒のパーカーとデニムパンツに早変わりした。先程、智也が見せた画像の通りである。

「やっぱりスゲーなお前!」
 純の早変わりに、智也は舌を巻く。

「その格好なら問題なしだ。一応言っとくけど、外出るときは足元をスニーカーにしろよな」
 純は「わかった」と返す。

 一通りの支度を終えた智也たちは、出発しようと玄関に赴く。その最中、智也は足を止めた。

「ちょっと待て。お前に言っておきたいことがある」
 智也は振り返り、後ろにいる純に話しかけた。

「何回でも言うぞ。大事なことだからな。これから、俺たちは佐藤美咲っていう人に会いに行く。美咲は、俺の彼女だ。くれぐれも失礼のないように」

「彼女ってなんだ」
「そこ説明する必要ある?」
 純からの思いもよらぬ質問に、智也は面食らった。
「分からないから聞いている」

 純は真っ直ぐな目をしていた。例に漏れず、顔の表情に変化はない。けれど、刺さるような目線から、智也は真面目に質問をしているんだという思いを受け取った。

「えーと、特別な関係を結んでいる相手のこと、かな? うーん、でも、結婚関係程の拘束力はなくて……なんて説明したらいいんだ、これ」

「彼女ってなんだ」という問いに真面目に答えようとしたが、これがなかなか難しい。それに「恋愛」に関わることだからだろうか。だいたい、「恋愛もの」に対する造詣がないのだ。

「もう行くぞっ。早く出ないと間に合わない」
 智也は適当に話を切り上げ、玄関にて靴を履いた。それにならい、純は足元を外履きに変化させる。
 こうして、智也と純は出発した。
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