血よりも赤い瞳

奈々野圭

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第17話 来訪者①

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『今夜、空いてる? お前ん家で飲むことにしたから』

 今朝、スマホにこんなメッセージが飛び込んできた。智也はリビングで朝食を済ませたところである。

『朝っぱらから何送ってんだよ。愛美さん放ったらかす気か』

『愛美はみなちゃんのボードゲーム配信に参加するってよ。だから俺はフリーなの。みなちゃんねるもよろしくね』

『なんで他の配信者の宣伝してんだ。URLとかいらんから。それに、お前も配信やるんだろ。俺は参加しないからな』

『これは配信じゃねぇから安心しろ。ただ単に俺が智也と飲みたいだけだ。夕方までに返事よろしくね』

 スマホ画面を見ていた智也は、大きなため息をついた。
「ったく、あいつは」
 呆れるように呟く。

「……別にいいけどな。今は一人暮らしってことになってるし」

 智也はソファーに座っている純を一瞥いちべつした。

 現在の純は認識阻害がかかっており、智也にしか認識できない。この能力は、先の動物園にて美咲と共に記念撮影したときに実証されている。

「とはいえ、あのときはスマホ画面だしな……そっか、今、確認すればいいのか」
 智也は純を呼んだ。純は「なんだ」と返す。

「認識阻害はスマホ画面では実証できてるけど、リアルだとどんななのかわかんねぇんだよ。ちょっと、どんな感じがやってみせてよ」

「わかった」
 純は了承したと言わんばかりに頷く。

「あれ?」
 純が頷いた瞬間、智也は目を丸くさせた。辺りを見回すように、首を左右に動かす。

「純、どこにいるんだ」

 突如、純が姿を消した。このとき、耳から音が飛び込んできたような気がする。まるで、智也に呼びかけるような。智也は不安感に襲われた。

「とにかく、認識阻害を解いてくれ」
 智也が命じると、純が姿を現した。ソファーに座っている。

「お前、どこ行ってたんだよ。急にいなくなったから、びっくりしたぜ」

「『どんな感じかやってみせてよ』と言ったのは智也ではないか」

「あぁ、そういう事か」

 純が姿を消したのではない。智也が純を認識できなくなっていたのだ。純は風景の一部と化していたのである。

 飛び込んできた音は、純が智也を呼ぶ声だった。話しかけられても、それが意味のある言葉として聞き取れなくなる。

「これが認識阻害……」
 思わず冷や汗をかく。言うことを聞くとはいえ、こういった能力を目の当たりにするのは、肝が冷えるものだ。

「とにかく、認識阻害がどんなものかよくわかったよ。改めて聞くけど、かける相手を選べるんだったよな」
「そうだ」

「もう一度言うが、俺以外のやつには認識できないようにしとけよ。わかったか」
「わかった」

「それと、今日は夕方頃帰ってくる。何事もなければだが。そのぐらいになったら寝室に入っててくれ。入ったら、その日は出てくるなよ」
「わかった」

「じゃ、行ってくる」
 智也は家を出た。


***

『家に来てもいいぜ。ただし、言い出しっぺはお前だからな。酒はお前持ちだ』
 通勤電車の中、智也はメッセージを送る。既読が付いてまもなく、返信が来る。

『急な話で申し訳ない。まさかOKを貰えるとは。やっぱり持つべきものは友だねぇ。旨い酒とつまみ持ってくるから、楽しみにしといてくれ』

『申し訳ないと思ってたら当日急に『飲みに家行きます』って言わねぇんだよ』

 こんなメッセージを送ったが、智也はまんざらでもなかった。
 スマホ画面を消し、車窓から流れる景色を眺める。

「健太っていつもこうなんだよな。変わんねぇな、あいつ」
 景色を眺めながら、メッセージの送り主に思いを巡らす。

 山田健太。

 お調子者で、思いついたら即実行タイプだ。よく言えば行動力がある。悪く言えば後先考えない、といったところか。

 健太とは高校で出会った。最初会った時は、「こいつは俺みたいなのとはキャラが違うな」という印象があった。智也の目には「チャラいヤツ」に見えたのである。

 ところがどうして、健太はよく智也に話しかけていた。たまたま席が隣だったからだろうか。そのまま交流を続けていくうちに、智也はいつの間にか健太とつるむようになる。
 その関係は大学に入っても続いた。

 健太の就職先は大手企業だった。だが、彼はその会社を一年足らずで退職してしまったのだ。理由は「俺はノマドワーカーになる」とのこと。

 それを聞いたとき、智也は「意味わかんねぇよ」というツッコミを入れた。しかし、今になると何となくわかる。あいつは、会社に収まるような器ではないと。

「やってることは無茶苦茶なんだけどな。それでも、なんとかなってるのが末恐ろしいというか……見てる分には、面白ぇけどな」

 思わず笑みをこぼす。そんなことを考えているうちに、電車は目的地に到着した。

「さーて、今日も仕事だ」
 智也はスマホをしまい、降車した。

 職場につき、タイムカードを押す。挨拶をすませると、自分のデスクに座った。

 これといってトラブルもなく、時間はこくこくと過ぎていく。時刻は十七時。仕事は定時で終えることができた。タイムカードを押し、退社する。

「よー、智也」
 駅に向かったとき、一人の男が智也に右手を振っていた。左手の方はクーラーボックスを抱えている。

 左腕には時計が巻かれている。シルバーケースに青い文字盤が印象的だ。バンドは濃茶のレザー製。いかにも高級時計といったものである。

 髪は金髪で逆立っている。スパイキーショートというらしいが、智也はファッションに疎いのでよくわからない。

 服装はジーンズに黒いシャツ。ボタンを二つ外しているからか、余計遊びの帰りにしか見えない。

「健太か」
 智也も手を振り返し、近寄っていく。

「仕事お疲れさま~。では早速行きますか」
「なんだよそのクーラーボックスは。どんだけ飲む気だよ」
 智也は健太が抱えているものを見て、目をぱちくりさせる。

「まぁまぁ、気にすんなって。これは俺のおごりだ。いきなり押しかけて申し訳ねぇという詫びも込めてる」

「俺をダシに飲みたいだけだろ」
 にんまりと笑う健太に、智也はため息をつく。
「ったく、お前は相変わらずだな……」

「奢るって言ってんだし、許せって」
 健太は歯を見せながら笑う。

「こんなところで立ち話もアレだ。では、いざ行かん。智也宅へ」
 健太は智也の肩に手を回す。

「おい。何すんだ」
 智也は抗議するような声を上げるが、健太はお構いなしだ。

(まぁ、こういうやつだからな)
 智也は諦め、なすがままになる。こうして二人は電車に乗り込んだ。

 帰宅ラッシュだからか、車内は混雑している。席が空いているはずもなく、ドア付近に立つことにした。健太はクーラーボックスを床に置く。

「ところで今日は何やってたんだ。仕事してるようには見えないけど」
 智也は健太の服装を疑わしい目付きで見る。

「なんだよ。俺がニートだと思ってんのか。今日も仕事だよ。心霊スポットで動画撮影してたの」
「それ仕事じゃねぇよ」
 智也はちくりと刺す。

「結構人気あるんだぜ。この前投げ銭も来たし。最早仕事と言っても差し支えない」
 健太はふんぞり返った。智也は呆れたという顔でため息をつく。

「心霊スポットって言うけど、それ建造物侵入罪にならないのか。逮捕されて『迷惑配信者』として報道されるの嫌なんだけど」

「大丈夫だ。許可取ってるところしか撮ってない」

「本当かー? だってお前小学校のときに『トイレに花子さんが出た』とかなんとか言って女子トイレに入ろうとしたって話してただろ。それ聞いたときドン引きしたんだからな」

「だってよー。トイレの花子さんだぜ。幽霊界のアイドルだろ。アイドルが来たとなったら見に行きたくなるだろ」
 健太は上機嫌になっている。悪びれる様子はない。智也はこめかみに手を当てた。

「ところで、なんで心霊スポット巡りとかやってんの」

「なんでって。それは『見える』からだよ」
 健太は鼻を鳴らす。

「それは知ってるけど」
 智也はうろんだと言わんばかりの目になる。

「なんだぁ、その目は。やっぱり信じてないだろ」
「カメラが高性能になるにつれて、心霊写真がなくなったっていう話を聞くとな」
 智也は顎に手をやる。

「夢がないなぁ。だからお前は未だに童貞なんだよ」
「関係ないだろ。それに俺は童貞じゃねぇ」
 智也は笑いながら突っ込んだ。

「つーかさ、怖くないの。『見える』なら尚更」
「怖い? なんで」
 健太は首を傾げる。

「幽霊って奴はな。この世に未練があるから姿を現すんだ。悲しくなりこそすれ、怖いって思ったことはないな。たまにラップ音がしたり、地震でもないのに物が落ちたりとか、金縛りにあったりするけど」

「そこは怖がれよっ」

 智也と健太がやいやいやっていると、電車がガタンと揺れた。同時にアナウンスが聞こえる。次の駅の到着を告げ知らせるものだった。

「着いたぞ」
 停車し、ドアが開くと、智也は降車する。健太が後に続いた。智也宅まで二人は歩いていく。

「ところで、そのクーラーボックスの中何が入ってんの」
「それは後のお楽しみってやつだ」
 健太がにやける。

「それじゃ、楽しみにしとくわ」
 そんなやりとりをしているうちに、マンションに到着した。
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