血よりも赤い瞳

奈々野圭

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第20話 嘘

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「ただいまー」

 智也がコンビニから帰ってきた。右手には膨れ上がったエコバッグ――ビールやチューハイの缶、加えてサキイカやカルパスといったつまみが入っている――を下げていた。

 エコバックを振り回しながら、上機嫌で家に上がる。リビングに入ると、健太が智也のことを眼差した。彼は沈痛な面持ちになっている。

「何があったんだよ。俺がコンビニに行ってる間に」
 深刻な表情になっている健太に、智也は気がそぞろになる。

「智也が出たあと、トイレに行きたくなってさ。間違えて寝室のドアを開けちゃったのよ。そしたらさ……」
 健太は目を見開いた。額にシワが寄る。

「いたんだよ生霊が! 赤目のイケメンの生霊が!」

「赤目のイケメンの生霊ってなんだよ!」

 智也は思わず叫んだ。ふざけた言い方をしているが、純のことを差していることは明らかだった。

 どういうことだ。今の純は認識阻害がかかっているはずだ。健太には見えないはずなのに――。

 智也は言葉を失っている。健太はそう取った。さてどうしたものか。彼はかける言葉を探す。

「相当恨まれてたんじゃないの。だいぶはっきりしてたぞ。こんな生霊飛ばされて、よくもまぁ無事だったな」
 健太は智也をひと目見る。震えているようだった。

「ビビってるのはわかるよ。でもなぁ、残念なことに俺にはお祓いスキルはないぞ。寺生まれじゃないからな」

 寝室にいた純のことを生霊だと言い張る健太。本当に生霊だと思っているのだろうか。智也は健太の顔色を伺う。

 先程の鬼気迫るものから一変、穏やかな表情に戻っている。一体、何を考えているのか。今の智也には検討がつかなかった。

 健太は深呼吸をする。フゥと息を吐き出す音が聞こえるほど、その場は静まりかえっていた。

「……俺がこんなこと言うのもアレだけど……」
 智也の様子を気にしつつ、健太はポツリと呟くように話を切り出した。

「よく考えて行動した方がいいぞ。考えた上でのことなら俺からは何も言うことはないけどな。ただし、佐藤さんを傷つけたら、承知しないぞ」

 叱責とも憐れみともつかない目で、智也のことを見つめた。

「ごめん。ちょっといいかな」
 そんな目で見られることに耐えられなくなったのか。智也は後ずさりをして、リビングを出た。


***

「どういうことだ。認識阻害をかけてたんじゃなかったのか」

 寝室に向かった智也は、純を責めた。健太に聞かれぬよう、声は抑えたつもりだ。とはいうものの、感情的になっている今の智也には、抑えられているのか分からなくなっていたが。

「その時も認識阻害はかけていたぞ。智也の言ったとおりに。検証をしていないから憶測の域を出ないが、健太には認識阻害が効かないのだろう」

「……認識阻害が効かない……?」
 智也は青ざめる。

「何ゆえ認識阻害が効かないのか。そこは気になるところではある」
 純は疑問を呈したが、相変わらず表情に変化はない。

「そんなこと、俺に聞くなよ……もしかして『見える』ことと関係があるのか?」

『見える』から認識阻害が効かないとでもいうのか。だが、純は霊体ではない。生身の人間だ。厳密には人間と言えるのかどうかはともかく。
 けれども、智也には思い当たるところがそこしかなかった。

「『見える』とはなんだ。何が見えるというのだ」

 純が尋ねる。いつもの無表情で、感情も現れていない。故に落ち着き払っているように見える。狼狽している智也とは正反対である。

「『見える』って言うのはな。幽霊だ。健太には霊感があるんだ」
 それを聞いて、純は間髪を容れずに質問を重ねる。

「ユーレイとレイカンとはなんだ」

「そこから説明しないといけないのかよ-!」

 智也はたまらずに大声を出した。健太に聞かれたかもしれないが、そこまでかかずらう余裕は今の智也にはなかった。

「……なんだって霊感があると効かねぇんだよ。ガバガバにも程があるだろ」
 純を睨みつける。

「前にも説明しただろう。私は殲滅用だと。認識阻害は開発過程で付随したものだ。メインの能力ではないから、さほど調整が入っていない。レイカンと呼ばれる能力を持っているものもいないので、尚のこと調整は後回しにされたのだろう」

 智也に睨まれてるにも構わず、純は淡々と答えた。

「……殲滅用」
 純の発言を、智也は反芻する。

 途端に、智也の胸中に恐ろしい思いが去来する。
「待て待て、流石にそれは……」
 突然出てきた独り言だったが、純は黙って聞いていた。

「だってよ、健太とは高校時代からの付き合いだろ。わかってるだろ。おいそれと秘密をべらべら喋るようなやつじゃないって……」

 しかし、今の健太は配信者だ。そこそこ人気もある。視聴者を増やすためなら、なんでもネタにする可能性がないとは言いきれない。

 だが、それは杞憂だろう。健太が言うように、撮影時にはきちんと許可は取ってある。これといってトラブルを起こしたという話もない。

 冷静に考えれば、健太は秘密を暴くようなことはしないだろう。しかし、一旦湧き上がった疑念は、際限なく膨れ上がるのだった。

「だってよぉ。面白いじゃねぇか。彼女がいるのに、男に手を出すとかさ。俺だったら、ネタにするぞ。だいたいよぉ。あることないこと言ってあえて炎上させることで金稼いでるやつとかいるしな。インターネットってそういうところだよな」

 智也は笑いだした。酒が入っているのもあるのだろうか。すっかりと冷静さを失っていた。

「男とは誰のことだ」
 狂気じみた笑い声を上げる智也を純は黙って見ていたが、ここで口を開いた。

「お前の事だよっ」
 智也は純を指さす。その指先は震えていた。

「だから私は男ではないと言ったはずだ」
 純は抗議する。それに対し、智也は面倒くさいと言わんばかりの顔になる。

「例えネタにしなかったとしてもだ。結果としてあいつに弱みを握られてるも同然なんだ……」
 智也は頭を掻きむしる。

「俺は美咲のことが好きなんだ! だからこそ純の存在を認識される訳にはいかないの!」

「智也。佐藤が好きだということと、私の存在が認識されることの関係性が分からない」
 純は淡々と言った。智也は、そんな純の態度に苛立ちを隠せない。

「だから! 俺は美咲のことが好きなんだよ! それに今の俺は、一人暮らしをしてるってことになってるんだ。なのにお前はまだ家にいるって判明してみろ。嘘つき呼ばわりされて確実に別れを切り出されるだろうが!」

 玄関まで聞こえるほど大きな声を出していたことに、はたと気がつく。口に手を当てるも、健太の耳に入っていることだろう。

 先にも大声を出していたが、聞かれても問題にはならないことだ。けれども、今回のは違う。

 今度こそ、純と浮気をしていると思われることだろう。健太はそれとなく「智也とは別れた方がいい」と美咲に告げるかもしれない……。

 いつの間にか顔面蒼白となっていたが、純は意に介していないようだった。

「それのなにが問題なのかわからないんだが。智也が嘘をついたことで信用を無くすというのは、当然の帰結ではないのか。私には嘘をつく能力はないのだが、これは不必要なものだということがよくわかった」

「うるせぇ!」
 淡々と、純に己の過ちを指摘される。それがより智也の苛立ちを倍増させた。頭に血が上り、何がなんだか分からなくなる。

「あぁ、もう駄目だ……」

 先程までの威勢はどこにいったのか。智也は弱々しく方を落とす。意気消沈していたが――。

「ふふふふふ」
 智也は力無く笑うと、片頬を上げる。純の耳元まで近寄ると、こうささやいた。

「お前がさっき会ったやつ、健太って言うんだが、今はリビングにいる。そいつを殺せ」

「わかった」
 純は頷いた。
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