血よりも赤い瞳

奈々野圭

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第19話 来訪者③

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「これで完成でーす」

 リビングのローテーブルに、ベーコンちくわが乗った皿が並べられる。
 そのほか、もやしのナムルに、人参やきゅうりの和え物が出てきた。

「よくこれだけ作ったな」
 智也は、素直に感心していた。

「どうだ。すごいだろう。女だって胃袋掴めばイチコロってもんよ。愛美ちゃんはそれで落としたんだ」
 健太は胸を張る。

「それで落ちたのかよ。愛美さんってチョロくないか」
「他人の嫁をチョロいって言うなよ」
 ここでどっと笑いが起こる。二人とも上機嫌になっていた。

「まだ酒入ってないのに二人とも飲んだみたいになってるな。これで酒入ったらどうなるんだ」

「そんなことより、言い出しっぺの健太くん。肝心の酒は持ってきただろうな」
「もちろんよ。今から持ってくるぜ」

 健太はキッチンに置いたクーラーボックスを、リビングに持ってくる。蓋を開けると、中からビールが出てきた。

「とりあえず、俺がいつも飲んでるやつ持ってきたぜ」

 健太は缶ビールを智也に渡す。受け取ると、さっそくプルタブを開けた。プシュッという音が景気がいい。「それじゃ乾杯するか」智也は缶を持ち上げる。健太もそれに倣った。

「それでは、カンパーイっ!!」

 カチーンと音を立てて、缶同士が当たる音が響く。それと同時に二人同時に飲み始めた。ゴクゴクと喉が鳴る音が聞こえるほど豪快に飲む。

「カー! 仕事終わりのビールは格別だな!」
「お前仕事してねぇだろ」
「だから配信だって仕事なんだって」
「投げ銭だって大した額じゃねぇだろ」

 乾杯してものの数分、二人はすっかり出来上がっていた。

「それにしてもうめぇな。これなら愛美さんが落ちるのも納得だ」
 智也はテーブル上に並んだツマミに、次々と箸をつけていく。

「それはアレか。『私が女だったら健太くんと結婚したーい』というやつですか。あいにく、俺は既婚者だ」

「女じゃないと結婚できないしな。まぁ、俺だって男は嫌だけど」
「その発想はなかったわ。智也くん、結構ぶっ飛んでるね」

「美咲って案外そういうところにうるさいんだよ。そういや、こんなことがあったな」

 智也は先の動物園のこと――美咲が「イケメンじゃない」と言ったとき、純が「男ではない」と否定したこと――を話した。
 それを聞いた健太は真顔になる。

「悪かったな。そいつのことを思い出させて」
 突然謝りだした健太に、智也は少したじろぐ。

「なんで深刻そうな面してんだよ。純とは……何もなかったよ。えーと、あいつから、出ていきたいって言ったんだ。別れは円満だったから大丈夫だよ」

 智也は健太の顔を見る。表情は真顔のままだ。それがより智也の不安感を倍増させる。

「そっかそっか。なら大丈夫だな」
 真顔から一変、いつものヘラヘラした表情に戻ると、缶ビールをグイッと煽った。

「にしてもめんどくせぇやつだなそいつ。『イケメン』なんて最上級の褒め言葉だろうに。そこは素直に喜べっての。いい歳した厨二病ってのは厄介だねぇ」

「だろ。逆に可哀想になってきたよ」
 智也も缶ビールを煽った。

「いなくなったやつのことはどうでもいいや。美咲ちゃんとは上手くやってるの?」
 健太は再び神妙な面持ちになる。

「他人の彼女をちゃん付けで呼ぶな」
「意外に独占欲強いねぇ。ほらほら、怖い顔しないの」
 眉間にシワが寄っている智也を、健太が茶化した。

「美咲とは上手くやってるよ」
「それならよかった。で、結婚とか考えてるの」

 健太の口から出てきた「結婚」というワード。智也は「うーん」とうなりながら、手にした缶ビールをテーブルに置いた。缶を打ち付ける音が聞こえる。

「智也、結婚は悪くないぞ。つっても俺らはまだ一年目だから、偉そうなこと言えないけど。でもな」
 健太は智也の目を見据える。
「結婚って、いいもんだぜ」

 真剣な眼差しに、智也は考え込む素振りを見せる。
「でもな、俺らだって付き合って一年目だよ。結婚なんてまだ早くないか」

「交際期間なんて関係ねぇよ。それに一年もあれば十分だ。俺らなんて、付き合って半年だぜ」
 健太は己の胸を拳でひと叩きした。

「お前らが早すぎんだよっ」
 智也が突っ込む。

「俺と愛美ちゃんの出会いは、みなちゃんねるのボードゲーム配信だ。俺は新進気鋭の心霊スポット配信者として活動していた」

「いきなり語り始めたよ。新進気鋭って自分で言うかよ」
 話を途中でさえぎる智也を無視し、健太は話しを続ける。

「そんな俺に目をつけたのがみなちゃんだ。なんでも怖い話が大好物らしい。でも、怖い思いをするのは嫌なんだ。そういうところが可愛い」

「既婚者が女を口説こうとするな」
「わかってないなぁ智也くんは。結婚しても女の色気に心惹かれてしまうのが、男ってもんよ」
「はいはい、そうですか」
 健太はビールを一口飲むと、話を続けた。

「そんなみなちゃんがボードゲーム配信を持ちかけたんだ。俺以外の配信者にも呼びかけてるらしい。そんなわけで、俺は快く承諾した」

「俺以外の配信者のうちの一人が、愛美さんだったんだろ」

「智也くん。ネタばらしをするんじゃないよ」
「だってこの話、何回目だよ。とにかく、お前が愛美さんのことが好きなのはよくわかった」
 智也は冷笑気味に話すが、顔は嬉しそうである。

「というわけで、俺はみなちゃんに頭が上がらないの。さーて、生配信は何時からだったかな」
 健太はスマホで時間を確認する。

「ここで見るのかよ。だからここはお前ん家じゃねぇって言ってるだろ」
「でも今から帰ったら、間に合わないじゃないの。配信はゆっくりお家で見たいわ」
 健太は頬をプックリさせる。

「だからお前がやっても可愛くないって言ってるだろ。ところで、酒はこれだけか」
 智也は健太が持ってきたクーラーボックスを指さす。

「今日はおつまみ用の食材も持ってきたからねぇ。ちょっと少なかったか。メンゴメンゴ」
 健太は自らを小突きながら、舌を出す。

「メンゴってなんだよ。しゃーねーな。今からコンビニ行ってくるよ。後で金出せ」
「お酒飲みたいのは智也くんでしょ。なんで俺がお金出さないといけないのよ」

「どうせ『俺も飲みたい』って言い出すからに決まってんだろ。まぁいいや、ちょっと行ってくる」

 智也はエコバッグを用意する。その中に財布を入れると、リビングを出た。背後から「いってらっしゃい」という声が聞こえる。健太は智也の後ろ姿を見送った。



***

「なんかトイレ行きたくなってきた。智也さん、お手洗い拝借いたします」
 その場にいない智也に断りを入れたあと、健太もリビングを出た。

「えーと、トイレトイレ……」

 廊下に出て、トイレを探す。健太は廊下の奥にある戸を開けた。目の前にあるのは、パソコンの置いてあるデスクだ。

「あら失礼。間違えちゃった……」
 健太が戸を閉めようとした時だ。不意に視線を感じた。

「えーと、あなたは、誰ですか?」

 視線の先には、純がいた。健太のことを無言で見つめている。暗闇に、赤い目がきらめいていた。
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