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第一章

王都 ラインハルト視点

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 憂鬱だぁぁ…………。
 ため息を吐くこと数十回。もうため息で呼吸しているような状態だ。
 最近はルイスのお陰でストレスなど無いに等しかったのに。(アスターは除く)
 …………いや、逆にそれでか。ストレスへの耐性が無くなっているんだな。
 安心できる場所ができてしまったら帰りたくなるものなんだな……。今なら部下が『休みほしい。』『家帰りたい。』『お母さ~ん(泣)』と言っていた事がわかる。
 休んだところで何をするんだと思っていたからな。…自分でも仕事人間だったな。
 キメラを討伐してから8日。王都から連絡が来た。要約すると、『キメラが発生した状況などを報告してほしい。(ついでに顔見せに来てね。by兄)』だ。
 くっそ、兄さんめ……。俺が王城が嫌いなのを知っているだろうに……。嫌がらせか!?
 わかってはいる。兄さんはこの国の宰相の一人で、主に災害の対策や対応に追われて忙しい人だ。
 魔物がでた際の今後の対応を考えなくてはならない。
 だが俺を呼びつけるのは完全に私情じゃないか!?
 俺を気にかけてくれているのは知っているが、王城に呼び出すのは本当にやめてくれ。
 王城に居るのは貴族が大半。貴族の大半は俺のような容姿への耐性が無いに等しいからな。位が高くなるほどその傾向は強い。
 面と向かって罵られる事は少ない(無い訳では無い)が、廊下を通ればどこかしらで俺の陰口が聞こえる。酷い時はうっかりで魔法を使われる事もある。全部跳ね返すか相殺しているが。
 はぁ……。前まではここまで憂鬱では無かったんだが……。王城の中までルイスを連れて行ったら駄目だろうか……?
 王都までの馬車の中、ルイスを存分に吸ったりもふもふしたりした。若干ルイスが遠い目になっていたが、嫌がられはしなかった。寧ろ仕方ないなと甘やかされていた気もする。最近はルイスの表情がなんとなくわかる様になってきてとても嬉しい。
 
 癒しの時間は足早に過ぎていき、憂鬱な時間の始まりだ。
 

「ーーー以上です。」
「そう。報告ご苦労さま。今年は色々警戒していた方がいいかなぁ。経費の事で頭が痛いよ。何か良い案ない?」
 砕けた口調で話かけてくる兄こと、クリストファー。一応仕事の話の途中なんだけどな。
「私よりクリストファー様の方が良い案が出せるのでは?」
「もぉ~。別に今は堅苦しい言葉遣いにしなくてもいいんだよ?」
 そう俺に要求してくる兄は、桃色の髪と、それより少し、赤みの強い瞳の優しげな人だ。特別美しいと言うわけではないが、人懐こい容姿で友人は多い。……容姿で判断すると痛い目に遭うがな。りんごを片手で粉砕するタイプの人間なんだ兄は………。
「……仕事中ですので。」
「まったくぅ~。相変わらず真面目だね~、ラインハルトは。ま、真面目な話として、本当に何か案はない?」
 そう言われてもなぁ……。
「案、とは、具体的にどのような?」
「そうだな、金銭的な事は取り敢えず気にしない方向で、魔物の被害を少なくできるような物がいいな。」

「___それこそ、今回のキメラの件のように。」
 
 …………。
 沈黙が俺達の間に満ちる。
 ……これは、ルイスを貸してほしい、ということだろうか。
 それとも普通に、隊員一人が骨折する程度で済むように被害を抑えたいだけだろうか。
 兄は依然としてニコニコとこちらを見ている。
 兄弟仲は悪くない。別に兄も、俺に嫌がらせとしてルイスを取り上げようとしているわけではないのだろう。
 だがそれはそれとして、兄は宰相という立場だ。そして国民を守る事に誇りをもって仕事をしている。
 …………俺は、どう答えるべきだろうか。
 なんとなく、自分の足元を眺めるように俯いてしまう。
 自分勝手だなと思う。困っている人が居るのに、一緒に居たいから、という理由でルイスを行かせないのは。使い魔契約もしていないのに、ルイスを俺に縛りつけることはできないし、したくない。
 ルイスが、俺の傍に居たいと言ってくれたらいいなと思ってしまう。…ルイスは人間の言葉が喋れないのに。
「ふふ…。ごめんね。質問の仕方が悪かったようだ。」
 暗い思考に行きかけた時、兄が喋りだした。
 魔物の習性や対処法を教えてほしいんだ、と喋る兄に、酷く安心する。 
 また後日、魔物について纏めた物を提出する事になり、部屋をあとにする。
「……大切なら、大事にするんだよ。ラインハルト。」
 扉の前で、兄に言われた言葉。
 ___大切なら、か……。
 俺は、ルイスのことが大切、なんだろうか……。
 どうでもいいか、と問われれば、どうでもよくない、と即答できる。
 ………だが、大切、というのは、どういうものなんだ?
 ペットや部下に向ける大切、とは違う気がする。ペットや部下のように、上下関係が俺達の間には無い。それが俺にとっては嬉しい。
 また、家族のように、と言われれば、そうだな、と思う。ただ、親が子に向ける愛情ではないとも、思う。
 そして、仲間のように、と言われれば、それもそうだと思う。ルイスにならば背を任せられる。
 だが、兄や、討伐部隊の皆に向ける感情とは、少し違う気がする。兄達が大切ではない、ということではないから、ルイスにはまた別の感情を向けているんだろうか。
 ぐるぐると考えていたからか、人が近づく気配に気づかなかった。
 気づいた時には、前方には苦手な同級生。後ろにはご令嬢が数人。苦手な者にはさまれてしまった。
 やってしまった………。普段はこんな失敗しないのに……。
 道は最悪な事に一本道。そのまま進めば同級生に絡まれる。Uターンすればご令嬢達の悲鳴があがる。
 ……どちらも御免被る。
 取り敢えずできるだけ気配を消す。余り城に来ないから、城の隠れられそうな場所を知らないんだよな。
 じわじわと同級生が近づく。相変わらずご令嬢達も後ろに居る。一本道だからそうだろうな……!
 ふと、横から薔薇の香りを感じた。薔薇園を見下ろせるバルコニーがあるらしい。………ここは二階か……。
 うん。バレたら怒られるがバレなければいいな!
 幸い気配を消しているからか、音をたてなければ気づかれる事も無いだろう。
 そう考えた俺は、バルコニーから薔薇園に飛び降りた。すたっと着地し、何事も無かったかのように薔薇園に入った。
 バルコニーの方から騒ぎも聞こえないから、バレてない、筈だ。
 一応気配を消したまま、出口に向う。………迷いそうだな、薔薇園。
 

 ………………案の定、迷った。
 迷路か、迷路なのかここは!
 ………誰か来たな…。
 迷った末、誰かの足音が聞こえる。二人組のようで、話し声も聞こえてくる。咄嗟に隠れてしまった。
「ーーーが……。」
「婚約者の方がどうかしたのかい?」
 話し声がだんだん近づく。男女の二人組だったようだが、何故俺の隠れている近くで立ち止まるんだ……!
 薔薇の壁を一枚挟んでいるだけ、しかもすぐ横にこちらに来れる通路口がある。
 ………今日は厄日か……。
 ため息が出そうなのをぐっと飲み込む。うっかり出せばバレるかもしれないからな。薔薇園で悲鳴があがるのは避けたい。
「………平民の者に熱を上げているのです……。」
「それは…………。」
「それもね、妾どころか妻に迎えようとしてるのですよ!?」
「ありえないな。君の様な美しい婚約者が居ながらなんて男だ……!」
 婚約者が居ながら男と二人で薔薇園にいる時点で女性の方も中々じゃないか……?
「……相手が、赤髪に緑目の大層美人らしいのです。」
「君の方が綺麗に決まっている。」
「んふふ、お上手ですね。………ワタクシ、妾にするならば了承しましたわ。ワタクシも、婚約者が居ながら貴方様を愛してしまったもの……。」
「リュイ……。」
「ラルフ様……。」
 ギリギリ浮気の恋愛は他所でやってくれないか………!!
 俺の願いは儚く散り、二人は話を続ける。
「………でも、リアンレーヴはその方に妾どころか妻に娶ると言っても振り向いて貰えなかったの……。」
「それは………。」
「それどころか、リアンレーヴに何をされるかわからないと思ったんでしょうね……。姿をくらませてしまったの……。今も探してるみたい……。」
「………それは、少し執着し過ぎじゃないか?」
「ワタクシもそう思いますわ……。最近、リアンレーヴが怖いのです。ラルフ様が婚約者ならどれだけ……。」
「それ以上は言わないでくれ……。自分を止められなくなる。」
 その後、十分弱、二人は会話を続け、帰っていった。
 ………この十分弱で物凄く胸焼けした気がする……。

 謎のダメージを受けながら俺はルイスの所に戻る事になった。…………そういえば、平民の相手の者の容姿の特徴、ルイスとよく似ているな……?
 ルイスにもふもふを拒否され、風呂に直行させられた俺はその事をすっかり忘れたのであった。
 …………長時間、薔薇園に居たから、臭かったんだろうか……。ルイスは鼻がいいからな……。そうだと言ってくれルイスぅ……!

 風呂から出たらもふもふさせてくれたので、薔薇臭かったようである。よかった…!
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