上 下
21 / 51
第一章

夜の非常識な訪問者 ルイス視点

しおりを挟む
 ラインハルトの目が見えなくなった。
 原因不明で、突然の出来事である。
 俺は酷く動揺した。
 騒ぎを聞きつけてやって来たファーリーさんも動揺していて、ちょっと転けかけていた。
 比較的落ち着いていたラインハルトが指示を出し始め、バタバタと忙しなくファーリーさんが色々と用事をしにいった。
 部屋に二人きりになると、ラインハルトにぎゅっと抱きしめられた。
 何も言わないラインハルトの目は、ぼんやりと俺の方を見ているが、視線はどこかズレている。
 ………ほんとうに、見えていないんだな。
 心細いのか、俺を抱きしめて離さないラインハルト。…安眠枕か何かか、俺は。
 いや、まあ、それでラインハルトが安心するなら安眠枕ぐらいなるけど……。
 その後、隊長さんが護衛として到着し、ラインハルトは離れていった。
 それでもどこかしら俺の体を触っていたので、今まで以上の距離の近さで一日過ごす事になった。なんだか肘置きになっていたような気もするが、それは気の所為だろう。
 
 
 そして夜。
 いつもの就寝時間より遅い時間。ラインハルトの目が見えないので、寝る準備に時間がかかったのである。さすがにファーリーさんといえど、着替えを手伝ってもらう訳にはいかないらしい。
 ……未婚者だもんな、ラインハルト。
 この一日、ラインハルトは慣れない事に疲れたのか、ベットに横になると一瞬で眠ってしまった。
 ……そりゃあ、目が急に見えなくなったんだもんな、慣れない事だらけだ。気をはりっぱなしだったようだし……。
 俺はなんとなくラインハルトが寝た後も起きて、ラインハルトの寝顔を見ていた。
 あずきみたいな色の瞳は閉じられていて、今開いたとしても目は合わないだろう。
 それが、物凄く寂しく思えて、何故こんな事になったのだろう、とその度に考える。
 前世でも、こんなに急に失明するなんて聞いた事がない。目に何か入ったなら話は別だが……そんな事言って無かったしなぁ。
 …あ、雨の匂いがする。
 外を見れば、ぽつりぽつりと小雨が降り出したところだった。
 すぐにザアザアと本降りになり、雷が鳴らないか心配になるほどだ。…でかい音って苦手なんだよな…。
 少し不安になりながら、眠らずにぼ~っとする。
 …なんだか、今日は眠らない方がいい気がするんだよな…。
 ゴロゴロゴロ、ゴロゴロゴロゴロ
 ついに雷も鳴り出してしまった。う~ん…、耳に痛い……。思わず耳がぺしょりと垂れる。
「ーー!~~~!!!」
 なんだ?
 屋敷が俄に騒がしくなった。何が起こったかと、騒ぎを確認しに行こうとベットから降りた。
 しかし……
「…、ぅ…ぁ゛、ぁ……うぅ゛……!」
 ラインハルトが魘されだした。驚いてベットに戻ったが、すぐにラインハルトは起きてしまった。 
「るいす、るいす、…るいす…そこにいるよな……?」
 俺の姿が見えないからか、傍に居るのに俺の存在を確認するラインハルト。
「ガァウ。」
 ごめんな、不安な時に離れたりして。そう思いながら、ラインハルトにここに居るぞとアピールする。
 またしても、ぎゅうぎゅうと抱きしめられる。
 取り敢えずガウガウと喋って、ちゃんと居るぞ~、とアピールする。
 いつの間にか、屋敷の騒ぎも静かになっていた。
 本当に、なんだったんだろう?
 ラインハルトは安心したのか、そのまま寝てしまった。
 遠くから、カツカツと誰かの足音が聞こえた。
 ……聞き覚えのない足音だな…?
 そこまで記憶力が良いわけではないが、少なくともファーリーさんや、隊長さんの足音ではない。
 そもそも、隊長さんは扉の前で見張りをしているはずだ。見張りの交代か?確かに一晩中一人で見張りするのは大変だよな。
 一人で勝手に納得し、でもそんな事聞いてないなぁ、と思ったその時___。
「ー~~ー~~~~か。なッ…!!」  
 隊長さんの驚いた声が聞こえたかと思うと、何かが落ちたような音がした。
 扉が厚いからか、外の声が聞こえづらい。俺でこれなら、ラインハルトは聞こえてないだろう。眠っているところ悪いが、ラインハルトを揺すって起こす。
「…?」
 寝起きでどこかぽやんとしているラインハルト。普段なら大変微笑ましいが、緊急事態だ。すまんがしゃっきりしてくれ。
 ガチャリ、と、扉のノブを回す音がし、キィーー……と扉が開かれた。
 ラインハルトにもそれは聞こえた様で、そちらに顔を向ける。……視線はあっていないが…。
 酷くゆっくりと開く扉に、ラインハルトの俺を握る手に力がこもる。ちゃんと俺が自由に動ける程度の力だから、いつでも飛び掛かれる。
 扉は、何故か一度止まり、急に開かれた。
「ノーネから離れてくれないかな。アルンディオ伯爵。」
 大声ではないのに、しっかりと憤怒を感じられる声だ。
 扉が開いた先には、その、えっと、……り、りりー、じゃなくて、えと…。なんだっけ、…そ、そう!リアンレーヴだ!!
 て、いやいや、今名前はどうでもいいんだよ。なんでここにコイツがいるんだっていうか、なんで俺の事をノーネって呼んでるんだ!?
「…どなたかな。今日の予定に訪問者は居なかった筈なんだが。」
 ラインハルトお前、余裕か?余裕なのか……!?
「これは失礼しました。アルンディオ伯爵は目が見えなくなったのでしたね。僕はリアンレーヴ・トリーティア、この間ぶりで御座いますねぇ。」
 ふふふ、と笑いながら名乗るリアンレーヴ。
 お前……、普通に不法侵入者だぞ…?そんなに堂々と名乗って大丈夫か?
「さて、もう一度申し上げますね。ノーネから離れてください。アルンディオ辺境伯。」
「先程から、ノーネ、と呼ぶが、このフェンリルはルイスだ。ノーネという名ではない。そして用事が無いならお帰り頂こう。」
 そーだ、そーだ。俺はもうノーネじゃないぞ。ルイスだ。
 しかしリアンレーヴは、笑みを保ったまま、話し続ける。
「ふは、貴方はノーネの名前すら知らないだね。可哀相に。」
 いや、知らないのはおめーだよ。てか敬語取れたな。
「…何度も言うが、ここに居るのはルイスだ。そのノーネという人物は知らない。そもそも、扉の前には護衛の者が居たはずだが、どうやって入った?」
「ああ、あの人のことかな?ちょっと眠ってもらったよ。少し効きづらくてびっくりしたぁ。結構強い物にしたのに……。」
 おいおいおい、それ大丈夫なのか隊長さんは。というか犯行手口ベラベラ話すな?
「…これは、立派な犯罪だとわかってやっているのか?トリーティア子爵令息。」
 ラインハルトの声が物凄く低くなってる……。いやまぁ、俺もラインハルトのこと言えないけど…。
 俺、今までずっと唸ってるからね。警戒するためにリアンレーヴばっかり見てるせいでラインハルトの表情が見えない。
 そして当のリアンレーヴは、犯罪だと言うことを突きつけられると、顔に怒気を表した。
「……それはこちらのセリフだよ…!」
「ノーネを誘拐して、ずっと逃げられない様にするために傍に置いているんだろう!」
 頓珍漢な話を自信満々で叫ぶリアンレーヴ。
 

___「誰も!お前なんかの傍に居たいと思っている筈がない!!」
 
 その言葉が聞こえた瞬間___
「…ガハッ…!!!?…な、んで…?」
 
 あ、やべ…。思わず頭突きしてしまった…。
 リアンレーヴに割りと本気の頭突きをしてしまった俺は焦る。あまり頭突きしてしまった事に対する反省は今のところできてないが、これではラインハルトに迷惑がかかってしまうかもしれない!!
 アワアワしている間にも、リアンレーヴは崩れ落ち、気を失ってしまう。
 振り返れば、ラインハルトも何が起こったのかわからない顔だった。……見えてないもんな…。
「ラインハルト坊っちゃん!!…え?」
 ファーリーさん!!すまんがこの事態の収集はあなたにしかできない!!ごめんなさい!!
 夜だったので、いつもの執事服ではなくラフな格好のファーリーさんは、部屋の惨状にとても驚いてあんぐりと口を開けていた。
「え、えと、ラインハルト様、ご無事ですか?外にアリー殿が倒れていたんですが……。」
「あ、ああ…?俺は無事だ…。不法侵入してきたトリーティア子爵令息がバーンを眠らせたと言っていた。多分眠り薬だと思う。一応だが、強い物を使ったと言っていたから医師を呼んで見てもらってくれ。」
「は、はい。承知致しました。…ところで、トリーティア子爵令息様が倒れているのは……?」 
「いや、それが俺にもわからないんだが……。」
 混乱しながら話す二人。
 すみません。俺です…、それは俺が頭突きしたので気絶したんです……。
 喋れないので、ラインハルトに擦り寄って俺がやりましたとアピールする。
「る、ルイス?どうしたんだ?」
「…あの、もしかしてルイス様が?」
「がぅぅ……。」
 ごめんなさい……。こう、敵意を感じると殺られる前に殺れという教えが……。すみません言い訳です…。そしていつも察しがいいよなファーリーさん。
 …なんとなく、二人に迷惑をかけてしまうと思うとしゅんとしてしまう。
「……助けてくれてありがとうな、ルイス。」
 !!
 ラインハルトが、うっすらと笑ってお礼を述べてくれる。それだけで気分が上を向いてしまうのだから恋ってすごい。
 嬉しくなって、ラインハルトにすりすりと擦り寄る。そうすると撫でてくれるラインハルトの手はいつも優しくて、尻尾が揺れてしまう。
「ラインハルト様、お楽しみのところ申し訳ありませんが、トリーティア子爵令息様はどうなさいますか?」
「…取り敢えず拘束して、地下牢に入れておいてくれ。もし起きたら情報を聞き出せ。この間のノーネという子供の件、こいつが何か知っているかもしれない。」
「ま、誠でございますか?!」
「嗚呼。こいつは何故かルイスとそのノーネという子供を同一視しているらしい。」
「そうなのですか……。確かに色はそっくりなのですが、そんな事が有る訳ないでしょうに…。」
 ……あるんだよなぁ…。ほんとに、なんで俺フェンリルになってるの……。


 その後、またして屋敷が騒がしくなり、一睡もできないまま夜が開けた俺。
 お兄さんが来ると言って座っているラインハルトの横で爆睡してしまうのであった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

異世界迷宮のスナイパー《転生弓士》アルファ版

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:369pt お気に入り:584

片思いの相手に偽装彼女を頼まれまして

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,669pt お気に入り:16

足音

BL / 完結 24h.ポイント:227pt お気に入り:12

規格外で転生した私の誤魔化しライフ 〜旅行マニアの異世界無双旅〜

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:2,244pt お気に入り:141

処理中です...