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第十二章 放浪編
第14話 田園都市世界
しおりを挟む肌寒さに昼寝から目覚めると、すでに辺りを薄闇が覆っていた。
お腹の上で丸まっていたブランを左手で抱き、コケットから立ちあがる。
テーブルやカップ、コケットを点収納にしまい、首から下げている『枯れクズ』で作ったペンダントを右手に提げる。
その明かりで足元を照らしながら、小屋に行ってみる。
テーブルが置いてあった部屋の扉を押したが開かない。
ノックしてみると扉が薄く開き、明かりが漏れてくるその隙間から、例の少年がこちらをうかがっていた。警戒心いっぱいの表情を浮かべた彼は、手に棍棒のようなものを持ち、少し腰を引いている。
俺の顔を見て、彼はビクッとすると一歩下がった。
ああ、手に持ったペンダントが俺の顔を下から照らしたのが、怖かったのかな?
ペンダントを首から掛け、部屋に入る。
少年は、さっと俺から遠ざかると、テーブルの向こう側に座った。
やはり俺のことを警戒しているようだ。
『(・ω・)ノ ご主人様が怖いみたい』
点ちゃん、それ言わなくてよろしい。
部屋の奥、壁際にある棚の上で銀仮面が何かしている。
野菜を炊くのような匂いがするから、恐らく調理をしているのだろう。
俺は少年を怖がらせないように、ことさらゆっくりした動作で、テーブルの反対側に座った。
青い顔をしてこちらをうかがっている少年を見て、ちょっと可哀そうになる。
ここは一つ、自己紹介とでも行きますか。
『ぐ(@ω@) なんでー?』
「ミィ?」(なんで?)
点ちゃんとブランの声を無視して、とりあえず声をかける。
「ええと、俺はシロー。
君の名前は?」
少年は、テーブルの下に隠れるような姿勢を取ってしまった。
「タム、相手が名前を教えてくれたら、自分も名前を言いなさい」
木製のボウルをテーブルに置いた銀仮面が、少年に声を掛ける。
彼(?)が丸太の椅子に座ると、少年はその後ろに隠れてしまった。
その姿は、銀仮面に甘えているようにも見える。
銀仮面も、後ろに回した手で少年の頭を撫でている。
「さあ、椅子に着いて」
促す声に、少年はのろのろと席に着いた。
「同胞たちからの恵みに感謝します」
「恵みに感謝します」
二人は目を閉じ、両手を合わせ、お祈りのようなものを唱える。
それが終わると、少年は、椀に盛られた料理をガツガツと食べはじめた。
銀仮面は目を細めてそれを見ていた。
仮面は目の所に穴が開いているだけで、鼻と口はただの飾りだが、それが微笑みの表情を浮かべたように感じられた。
俺は彼らがしたように、両手のひらを合わせ、黙って食事を食べる。
木の椀に入っているのは、乾燥した穀物をお湯で溶いただけのものだ。いわゆる西洋粥(ポーリッジ)だが、その味はひどくまずかった。
好き嫌いなく、なんでも食べる俺が、一口で木のスプーンを置いたほどだ。
こりゃ、食べ物とはいえないな。
俺はナルとメルのために買っておいた、お好み焼きを二枚、点収納から取りだす。
何もないところから出てきた皿に、二人がギョッとした顔をする。
白磁の皿に乗ったお好み焼きは焼きたてで、上に振りかけてあるカツオ節が、ゆらゆら踊っていた。
俺は箸を出し、それでお好み焼きを口に運ぶ。
「むーん、この店のお好み焼きは、やっぱり最高だなあ」
薄い生地の上に、豚バラがたっぷり乗ったお好み焼きには、甘辛いソースが掛けられており、キャベツの風味がさっぱりしたアクセントとなり、いくらでも食べられる。
俺はあっという間に、一枚平らげてしまった。
俺が食べるのを、目を丸くして見ていた少年のお腹が、大きな音を立てる。
顔が赤くなった少年が、お好み焼きの端を少し手でちぎり口に運ぶ。
驚いたような表情をした少年の手が、素早く動きだす。
お好み焼きが、どんどん小さくなっていく。
それほど掛からず、お好み焼き一枚が、少年のお腹に収まってしまった。
俺は銀仮面の前にも皿を出してやる。
彼は、仮面の下端を左手で持ちあげ、右手でちぎったお好み焼きをゆっくり口に運んでいる。
四分の一ほど食べた所で、皿を「タム」と呼ばれた少年の前に押しだす。
少年は伺うような表情を浮かべたが、銀仮面が頷くと、再び勢いよくお好み焼きを食べはじめた。
二枚目なのに、いい食べっぷりだ。
「これ、旨いや!」
タムが叫ぶと、銀仮面が少年の頭を優しく撫でた。
「タム、隣で先に寝てなさい」
食事が終わり、食べはじめと同じように手を合わせた後、銀仮面はそう言った。
「お師匠様、コイツ、危なくない?」
少年は、不安そうにこちらを見ている。
「タム、先ほど自己紹介されただろう。
『コイツ』ではなく『シローさん』と言いなさい」
「うん、分かりました。
そのシローが何かしたら、すぐに呼んでください」
「分かっている。
早く寝なさい」
「では、寝ます」
少年は疑わしそうな目をこちらに向けると、何度も振りかえりながら、ゆっくり部屋を出ていった。ただ、最初にくらべると、かなり警戒心は無くなったようだ。お好み焼き効果だな。
◇
二人きりになると、銀仮面がおもむろに話しはじめた。
「シローとやら、私があなたに、この文明の破壊をお願いした理由を聞いてほしい」
彼の話は、そんな言葉で始まった。
「先ほどの少年、タムと言うのだが、彼は二十五才までしか生きれない」
「えっと、彼は病気なの?」
俺の質問に答える銀仮面の手は、テーブルの上で震えていた。
「違う。
この世界に生きる人間は、二十五才までしか生きれぬように定められている」
「ええっと、よく分からないけど、なぜそんなことになってるの?」
「我々が『田園都市世界』と呼ぶこの世界は、そこに生きる人間の数に比べ、余りにも産みだすものが少ないのだ」
「うーん、まだよく分からないんだけど」
「ほんの少数しかいない、この世界を統べる者たちが豊かさと長命を享受するために、ほとんどの者が、二十五才になると『旅立ちの儀』によってその命を終えるのだ」
「死ぬ人たちは、よくそんなことで納得できますね」
「教育と慣習のたまものだ。
全ての者が、生まれてすぐ教育施設に預けられる。
そこでは、十五才になるまで徹底的に、この世界の常識が植えつけられる」
どうなってるんだ、この世界!?
「……その常識ってなんです?」
「我々は生まれながらに罪を背負っており、長く生きれば生きるほどその罪を重ねるというものだ。
そして、その罪を人々の代わりに受けるのが、『罪科者(ざいかしゃ)』と呼ばれる人々だ。
それはまた、この世界を統べる者でもある」
機械か魔道具で、性別が分からなくなっている銀仮面の声が、明らかに震えている。
「ふーん、その『罪科者』は何をするんです?」
「表向きは、この世を去る人々を弔う仕事に従事している。
しかし、その実質は、子孫を増やし、そして教育により人々をコントロールしている」
「子孫を増やす?」
「ここでは、人の生殖行為は禁じられている。
それが許されるのは『罪科者』だけだ」
「ええっと、よく分からないんですが、『罪科者』は二十五才過ぎても生きてるんですよね?」
「そうだ」
「中にはお年寄りもいると思うのですが?」
「そうだ。
だが、制度上そう決まっているため、彼らは死ぬまで生殖行為に励むことになる」
「お婆さんとかはどうするんです?」
「あなたの疑問はもっともなものだ。
そのことだが、『罪科者』の女性は一定の年齢になると、生殖行為を免除される」
余りにも、自分と異なる価値観に、俺はなかなか彼の言っていることが頭に入ってこない。
言葉では分かるのだが、理解できないのだ。
「それで、あなたはその文明を破壊してほしいと?」
とりあえず自分が理解できている部分だけ尋ねておこう。
「そうだ。
今、君に話した、この社会の仕組みを破壊してほしい」
俺は、自分の中に生まれた疑問の中心について尋ねることにした。
「どうして、そんなことを俺に頼むのです?」
「……それは……言えない」
あなたねえ、勝手に人を召喚するわ、いきなり文明を破壊してくれと頼むわ、挙句の果てに、その理由は言わないって、もう無茶苦茶だよね。
「どうして、そんな無理難題を俺が果たさなくちゃいけないの?」
「君は自分の世界に帰りたくはないか?」
「そりゃもちろん、帰りたいですよ」
「私は、異世界への『ゲート』を知っている」
ふむ、『ゲート』か。きっとポータルの事だな。
「とにかく、今のままでは、考える材料が少なすぎる。
あんたの言葉を、そのまま信じることもできないしね」
「それは分かっている。
お前に、この世界を見せる。
それから、改めて考えてくれ」
銀仮面は頭を深く下げたが、そのため木のテーブルに仮面がぶつかり、コツンと音を立てた。
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