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第十二章 放浪編
第28話 家族の心配
しおりを挟む史郎が田園都市世界の海底洞窟にあるポータルを潜った頃、パンゲア世界アリスト国にあるギルドでは、ギルマスのキャロが、待ちわびていた地球からの連絡を受けとっていた。
異世界間の通信を行う魔道具は、ギルドにとって秘中の秘であり、誰かがギルマスを辞める時はそれに関する記憶を魔術的に消去される。
今、キャロがいる部屋は三畳ほどの窓も無い狭い部屋で、小さな机と椅子だけが置いてある殺風景なものだ。机の上には、記録用の紙とペン、通信用の魔道具だけが置かれていた。
魔道具が机の上に描かれた魔法陣の上に置かれているのは、通信に魔術的な力を使うためと、誰かがそれを持ちだそうと動かした時点で、魔道具が機能を失うようにできているからだ。
魔道具は、小さな箱に柱状をした金色の通信用クリスタルが入っており、その一方はガラスのような丸い玉と接していた。史郎が見れば、そのガラスのような玉は神樹の種そっくりだと思っただろう。
この魔道具に通信が入れば、ギルマスの居室にある水晶球の色が変わる。その色により、どの世界からの通信か、それが分かるようになっている。例えば、獣人世界からなら茶色、エルファリア世界からなら緑色といった具合だ。
さきほどキャロが見た水晶球の色は、青色だった。これまで見たことがない色だ。それは、つまり、魔道具が初めて通信を行う世界、地球世界と接続していることを意味していた。
「こちら、グレイル世界アリストギルド、キャロです」
『キャロちゃん、お久しぶりー。
そちらではお世話になったわね』
「白騎士さん、マニュアル通り、まず世界名とギルド名を告げてください」
『もう、キャロちゃんったら、お堅いんだから。
ええとね、地球世界ホワイトローズギルド、サブローよ』
「ま、まあ、いいでしょう。
ところで、これは通信可能かどうかの試験通信ですね?」
『ええ、そうよ。
あなたがそうしろって言ってたでしょ。
仕事が忙しくて、遅くなっちゃったけどさ』
「次から決められた期日は、きちんと守ってくださいね」
『まあ、いいけど』
「本来ならこれで通信は終わりなんですが、今回は大事なお話があります」
『大事な話ってなによ?』
「シローは、そこをもう出発してますか?」
『ええ、二十日ほど前だったかしら。
リーダーは、ここを出たらすぐに、『地球の家』からそっちへ帰るって言ってたわよ』
「それが、シローがまだこちらに帰ってないんです」
『えっ!?
どういうこと?
舞子ちゃんか加藤君の所に行ってるってこと?』
「いえ、そこを含め、思い当たる場所は全て調べたんですが、いずれも彼が訪れていないんです」
『ええーっ!?
ルルちゃんたち、心配してるでしょ』
「ええ、最初はどこかに寄り道してるのかなと思ってたみたいなんですが、さすがにこれだけ帰るのが遅れると、彼の身に何かあったのかもしれません」
『まあね、リーダーは、ぼーっとしてる所あるけど、さすがに連絡くらいはするわよね』
「私たちは、地球を出発するのが遅れていると考えていたのですが……」
『念のため、行きそうな所へ問いあわせてみるわ。
ただ、おおっぴらにしない方がいいわね。
彼がいなくなったと分かれば、恐らく異世界の知識を巡る争奪戦が始まるから』
「行動はくれぐれも慎重に願います」
『あれ?
水晶が点滅しはじめたわ』
「次に使えるのは、明日のこの時間以降となります」
『分かったわ。
教えてくれてありがとう』
「では、また」
通信を切ったキャロは、珍しく眉をしかめていた。
「これはすぐにあの娘たちに教えてあげないと」
彼女はそう言うと、部屋に鍵をかけ足早にギルドを出ていった。
◇
「あら、キャロさん、こんな時間にどうしたの?」
キャロが『くつろぎの家』を訪れると、コルナが出てきた。
今はお昼前だから、本来ならキャロは仕事中のはずだ。
「皆さんに大事なお話があるの」
挨拶抜きで話しだしたキャロの言葉に何かを察し、顔色を変えたコルナは家の奥に駆けこんだ。
間もなくリビングに、ルル、コルナ、コリーダが顔を揃えた。
今日リーヴァスは、ギルドの依頼で早朝から街の外へ出ている。
ソファーに座ったキャロが、固い表情で対面に座る三人の娘を見回してから話しはじめる。
「ついさっき、地球世界のギルドから連絡があったの。
白騎士さんによると、シローは二十日前にあちらの世界を出発したそうよ」
ルルたち三人が、お互いに目を合わせる。
最初に口を開いたのは、コリーダだ。
「シローは、行方不明なのですか?」
キャロが頷く。
「キャ、キャロさん、他の世界への連絡は?」
ルルの声は、冷静な彼女に似合わず震えていた。
「スレッジ世界を含む各世界との連絡は、五日前に終えています。
その時点では、どの世界にもシローはいなかったようです」
「スレッジ世界の『巨人の里』、ドラゴニア世界の『天竜国』は調べていますか?」
ルルが重ねて尋ねる。
「ええ、各世界のギルドが調べ、ドラゴニアは三日前、スレッジは昨日、報告が入っています。
いずれの世界にもシローが訪れた様子はありません」
「エルファリアの『南の島』や、『フェアリスの里』は調べたの?」
コルナの声には強い不安が聞きとれた。
「ええ、その二か所とも、すでにギルドが開設されていますから」
キャロの言葉に、三人の顔が青くなる。
「シ、シロー……」
ルルが肩を震わせている。
「ただいま。
おや?
キャロ、こんな時間に珍しいですな」
「「「おじい様!」」」
帰ってきたリーヴァスの顔を見て、ルル、コルナ、コリーダがぱっと立ちあがる。
三人の顔色を見て、何があったかリーヴァスはすぐに気づいた。
「シローの事だな?」
「リーヴァス様、さっき地球世界のギルドから連絡がありました。
シローは、二十日ほど前にあちらの世界を出たそうです」
キャロが、さっそく報告する。
「ふむ。
四人とも、まずは座りなさい」
ノロノロとソファーに座った四人をよそに、リーヴァスはキッチンに入る。
気が気ではない四人の前に、淹れたての香草茶が置かれた。
「まず、気を落ちつけなさい。
こんな時こそ冷静に行動しなくてはいけないよ」
リーヴァスの言葉は、どこまでも優しかった。
「は、はい、おじい様」
蜂蜜入りの香草茶は、強張っていた三人の心を緩めた。
「お前たち、シローの事をどう思っている?
彼がお前たちに連絡もせず、どこかに行ってしまうような男に思えるかな?」
「いいえ、おじい様」
リーヴァスの問いかけに、間をおかずコリーダが答える。
「一人で不測の事態に対処できないと思うかな?」
「いいえ、おじい様」
今度は、コルナが答えた。
「困難に陥って、お前たちの所に帰ってくるのを諦めるような男かな?」
「いいえ、いいえ、おじい様」
ルルの言葉で、コルナ、コリーダの暗かった目に光が戻る。
「きっと彼は、何かに巻きこまれ、連絡できない状態なのだろう。
そして、ここへ帰ってこようと全力を尽くしているに違いない」
リーヴァスのしっかりした口調には、三人を安心させる力があった。
「ルルや、私たちができることは何かな?」
「いつも通り、彼を待つことです」
「その通りだ。
ところでコルナ、神樹様とお話ししてみてはどうかな?」
「「「あっ!」」」
リーヴァスの言葉に三人が声を上げる。
「きっとお力になってくれるはずだ」
「「「はい、おじい様!」」」
キャロは、強い不安からしおれたようになっていた娘たちが、いつもの様子に戻ったのを見て、『雷神リーヴァス』の凄さを改めて実感するのだった。
「さあ、お茶を飲みほしたら、神樹様にお伺いを立てよう。
決して慌てて飲むんじゃないよ、いいね?」
ルル、コルナ、コリーダは、改めてお茶に口をつける。
その優しい味に、緊張から生まれた心の「しこり」が解(ほど)けていく。
お茶を飲みほした三人が、お互いの顔を見た時、そこにはいつも通りの落ちつきが戻っていた。
「キャロや、ギルドで何か分かったら人をよこしておくれ。
連絡ご苦労様」
「はい、リーヴァス様。
では、みなさん、失礼します」
キャロが『くつろぎの家』を出ていくと、ルル、コルナ、コリーダは、三人で手を繋ぎ、落ちついた足取りで、庭にある『光る木』の神樹へ向かう。
リーヴァスは、そんな三人の後姿を見て、心でこうつぶやくのだった。
「シロー、早く帰っておいで」
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