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第十二章 放浪編

第50話 王都へ(上)

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「おい、シロー、恩に着ろよ!」

 街を離れることをギルドまで報告に来たら、サウタージさんにそんなことを言われた。
 彼女には、この街の領主である男爵への紹介状を書いてもらった。

「おかげで、若造のつまらん話に夜遅くまでつきあわされたぞ」

 サウタージさんから見ると、男爵もタダの若造か。
 
「ええ、感謝します。
 ベラコスギルドに登録している冒険者は、従来の値段でポーションが買えるようにしてありますから」

「しかし、あのポーションはなんだ?
 あんなものが売られたら、ルエランの店以外は人が行かなくなるんじゃないか?」

「おかげさまで、その辺は上手くやっておきましたよ」

「……改めて聞くが、お前、何者だ?」

「俺は通りすがりの、ただの冒険者です」

「……まあ、ギルドのためにもなったんだ。
 そういうことにしておいてやるがな」

「お世話になりました」

「本当に、この街を離れるのか?」

「ええ、王都でやらなきゃならないことがあるんです」

「そうか。
 塩漬け依頼(長期に未解決の依頼)をお前に頼もうと思ってたのだがな」

「ははは、俺にはそんなことできませんよ」

「ふん、まあそういうことにしといてやろう。
 また機会があれば、ここに寄ってくれ。
 その時は、たっぷり依頼を用意しとくからな」

「勘弁してください。
 二度と、この街に来れなくなるじゃないですか」

「しかし……」

「なんです?」

「お前、もしかして黒髪じゃないか?」

「……どうしてそんなことを?」

「あたいが知ってる黒髪の娘に、どこか雰囲気が似ているのさ、お前は」

 もしかして、この世界にも、地球からの『迷い人』がいるのかな?
 
「どこかで会ったら、よろしく言っといておくれ、メグミっていう娘だからな」

「ええ、分かりました」

「彼女、ドラゴンを連れてるからな」

 ええっ!
 ドラゴンテイマーですか?
 どんだけ凄いんだよ、その娘!
 あれ? 自分もドラゴンを娘にしてるんだった。
  
「王都には駅馬車で行くのか?」

「ええ、ルエランから勧められたので」

「じゃ、出発は明日だな?」

「はい、お世話になりました」

「仕事があるから見送りには行けんが、達者でな」

「はい、サウタージさんも」

 片目のギルマスは、最後までカッコよかった。

 ◇

 次の日の早朝、ルエランと彼のお母さんを起こさないようにそっと階下に降りていくと、すでに起きていた二人から挨拶されてしまう。
 黙って出発しようとしてたのに。

「シローさん、本当にお世話になりました!」

 ルエランはそう言いながら、俺の腕に抱かれたキューを撫でている。
 
「次に来るときは、またウチに泊まってくださいな」

 手に布で包んだ何かを持ったお母さんが、声を掛けてくれる。

「ええ、次は家族と一緒に来ます」

 そのためにも、何とかしてポータルズ世界群に戻らないとね。

「お待ちしていますよ」

 お母さんから、布包みを渡される。
 
「お昼に召しあがってください」

「……ありがとうございます」

 俺は心からお礼を言った。

「ブランちゃんも、またね!」

 ルエランは、悦に入った顔で、俺の肩に乗ったブランを撫でている。
 さすがはモフラーだ。
 
「では、お二人ともお元気で」

「「シローさんも!」」

 こうして俺は『ルエラン薬草店』を後にした。

 ◇

 駅馬車の乗り場は、街の北門近くにあった。俺がこの街に来るとき通ったのは南門だから、街の反対側になる。
 
 駅馬車は帆布のような幌を張った簡素なもので、寒い季節なら乗り心地はさぞ悪かろうと思われた。
 幸い、この国は日本で言う春のような季節らしく、朝夕は冷えこむものの、それへの備えがあれば、なんとかなるだろう。
 まあ、俺の場合、最初の村で駅馬車を降り、人気が無い場所で点ちゃん1号に乗りかえるつもりだけどね。

「兄ちゃん、王都までかい?」

「いえ、次の村まででお願いします」

「じゃ、銀貨一枚だな」

 どうやら、駅馬車の金額はかなり高いようだ。
 手持ちのお金も残り少ないから王都に入ったら、何かでお金を稼ぐ必要があるね。

 馬車の荷台には、向かい合わせに木のベンチがあり、そこに老若男女が座っている。

 カウベルのような音がすると、駅馬車はゆっくり動きだした。
 木のベンチは、地面からの振動を直接お尻に伝え、はっきりいって乗り心地は最悪だ。

「うう、おかあちゃん、お尻が痛い」

 馬車が動きだしてそれほどたたないのに、俺の向かいに座る十才くらいの少女が、顔をしかめている。

「あんたら、駅馬車は初めてかい?」

 少女の隣に座る、つば無し帽をかぶったおじさんが話かける。

「ええ、そうなんです。
 今まで街から出たことがなくて」

 少女の母親だろう女性が、そう答える。

「だろうな。
 駅馬車に乗るときは、これを用意しとかなきゃ」

 おじさんは、得意そうに自分が敷いた座布団のようなものを指さした。

「そ、そうなんですか?」

 母親は手荷物から布を何枚か出し、それを少女の座席に敷いている。

「やっぱり、お尻が痛いの……」

 少女はしくしく泣きだしてしまった。

「ローレルや、我慢なさい」

 父親らしき人物が娘に言葉を掛けるが、彼自身もお尻が痛いのだろう、顔をしかめている。
 見かねた俺が声を掛ける。

「これを敷くとお尻が痛くないよ」
 
 俺は腰のポーチに手をやるふりをして、点収納から最新のくつろぎグッズを取りだしそれを少女に渡してやる。
 それは円盤型のクッションだが、中の素材に秘密がある。
   
「あっ、痛くない!
 ふわっふわー!」

 少女は、俺が敷いてやったクッションの上に座り、ぴょこぴょこお尻で跳ねている。彼女の両親にもクッションを渡してやる。 

「ありがとうございます。
 ……な、なんですか、これは!?
 本当にふわふわですね!」
「すごいわ、あなた!
 お尻が全然痛くない!」

 敷物を自慢したおじさんが、悔しそうに少女のクッションを見つめている。
 うむ、これは売れるな。アリストも、一般の人々は馬車での移動が多いから。
 頭の中で、この商品が売り物になる世界を数えていく。
 ふふふ、こりゃ凄い儲けだぞ。

『( ̄▽ ̄)つ ご主人様が、悪い顔ー!』

 なんせ、材料費はタダだからね。
 このクッションに入っている素材は、キューの抜け毛だ。
 大きくなったキューが縮むとき、多くの抜け毛を残すことに気づいた俺が、それを集めておいて、クッションを作ったのだ。
 点ちゃんによると、キューは大きくなる度に、空気で膨らむだけでなく、食べたものを魔力で合成してふわふわの毛を作っているそうだ。
 小さくなるとき、身体に収まらなくなった毛が抜ける仕組みだ。
 キューの毛は、自立型ハンモック『コケット』に使っている『緑苔』より、弾力がある素材なので、クッションやソファーに使えると思っていたのだが、乗合馬車の敷物とは盲点だったな。

「これ、よかったら食べてください」

 俺は地球で購入したキャンディーが入った袋を少女のお母さんに渡した。

「これは?」

「俺の故郷で作ってるお菓子です」

 包み紙を剥がし、自分の口に入れることで、食べ方を知ってもらう。
 母親から一つもらった少女が、さっそくそれを口にする。

「あっまーい!」

 母親と父親も、キャンディーを口にする。

「「あっまーい!」」

 他の乗客と御者もキャンディーを食べ、驚きの声を上げた。

「「「あっまーい!」」」

 微笑ましい光景は、しかし、突然馬車が停まったことで中断された。

「きゃっ、ど、どうしたの?」
「痛っ!
 御者、何やってる!
 気をつけろ!」
「ホント、気をつけてよね!」

 御者の方を見ると、その背中がブルブル震えている。
 
「と、盗賊!?」

 御者の言葉に、乗客が緊張で固まる。

「おい!
 中を改めさせてもらうぜ!」

 幌の外で野太い声がする。
 どうやら、盗賊というわけでもないらしい。

 幌の布をはねあげ、見慣れぬひげ面の男が顔を出す。
 その男は、俺を見て叫び声を上げた。

「兄貴!
 いやしたぜ!」

 どうやら、目的は俺らしいな。
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