52 / 607
第一章 冒険者世界アリスト編
第50話 罠
しおりを挟む史郎は、点ちゃんから、最短の道順を聞きながら走っていた。
「目的地まで、あと少しですよー。
使われなくなった、古い教会みたいです」
舞子の様子は?
「気を失ってるみたいです」
なにっ!?
『舞子! 舞子!』
反応が無い。
点ちゃん、舞子に何かあったら、彼女にシールドを頼むよ。
「はいはーい」
点ちゃんを、これほど頼もしく思ったことは無い。
お、古い教会が、見えてきた。 あれだね?
「そうですよー」
すかさず、加藤と畑山に、念話で場所を伝える。
草が生い茂った、教会の中庭を突っきり、正面入り口だったであろう所から中に入る。
石造りの教会は、屋根が崩れ落ち、壁だけとなっていた。
地下への階段は、すぐに見つかった。
崩れかけた階段を駆け下りると、通路が奥に続いている。
「舞子! いるか?」
呼びかけながら、暗がりの中を走り続ける。
点ちゃんによると、行き止まりの壁の向こうに、舞子がいる。
点魔法を使い、壁に穴を開けようとした、そのときだった。
何も無かった壁に、扉が現れた。
魔術で、隠していたようだ。
両開きの大きな扉が、音もなく向こう側に開く。
部屋には煌々と明かりがついているようで、開いた扉からこちらの暗闇に、光が溢れ出す。
まぶしさに、左腕で目を覆った俺は、部屋の中に足を踏み入れる。
通ってきた通路に比べ、この部屋は、驚くほど良い状態を保っていた。
「ようこそ、勇者・・では、ないな。
お前は、誰だ?」
相手がこちらを知っていなくても、俺はその顔を知っていた。
特徴的な、その顔は、紛れもなくコウモリ男のものであった。
「宮廷魔術師が、誘拐とはな」
すでに失った職を表す言葉が、ナイフのように男の心をえぐる。
史郎が、何気なく放った、その言葉に、狂気一歩手前で留まっていた男は、完全に我を失った。
「ははははは! お前のせいだ!
何もかも、勇者、お前が!」
すでに、男の言葉は、支離滅裂である。
異様に輝く目を見なくとも、彼が、すでに狂気に侵されていることが分かる。
「俺は、勇者じゃない」
相手が少しでも正気に戻るよう、静かに話しかけた。
なぜ、点魔法を使わないか?
答えは、コウモリ男の背後にあった。
ポータル
俺がこの異世界に来ることになった、黒い渦巻きがそこにあった。
違いといえば、ポータルが額縁のような枠で縁取られていたことである。
恐らく、現れたり、消えたりするのではなく、常駐するタイプのポータルなのだろう。
コウモリ男は、意識がない舞子の体を片手で支え、黒い渦巻きに、ほとんど触れるか、触れないかのところまで近づけていた。
点魔法を使えば、蝙蝠男を消し去ることはできるだろう。
しかし、舞子が、ポータルに吸い込まれる恐れがあった。
硬直した状況を動かしたのは、舞子だった。
「うう、う。 し、史郎君」
舞子は、姿も見ずに、俺の名を呼んだ。
「舞子っ!」
俺の声を聴いて、意識が戻ったようだ。
「史郎君、来ないで!」
「ははははは! そうはいかない。
この手から直接、女を取り返さなければ、ポータルに落とすぞ」
男の目は、真っ赤に充血しており、口からは、大量の涎が垂れていた。
それは、さながら映画で見た、吸血鬼であった。
「女を救いたければ、ここまで来い!」
俺は、意を決した。
点ちゃん、頼むぞ。
額から落ちた汗が、目にしみる。
じりじりと、二人に近づいていく。
すでに、ポータルを成す渦の細部が、はっきりと見てとれる。
男まで、後5mを切った時、いくつかのことが、立て続けに起きた。
コウモリ男が、小さな声で素早く詠唱する。
彼の足元に置かれていた紙袋から、突然、膨大な炎が溢れ出す。
炎は、史郎へ、まっ直ぐ向かって来る。
炎が、彼を包む。
舞子が、コウモリ男を引きはがし、紙袋を蹴る。
黒い筒が、中から現れ、その向きを変える。
コウモリ男の左半身が、炎に包まれる。
よろめいた男の体が、舞子をポータルの方へ押しやる。
ポータルの方に倒れかけた舞子が、男の右手を掴む。
二人の姿が、ポータルに向かって倒れこむ。
炎が、ポータルの枠を、なめ尽くす。
・・・・・
枠が、燃え落ちた後には、何も残されていなかった。
ポータルも、二人の姿も、何も。
シールドで炎をしのぎ切った、史郎が耳にしたのは、ほとんど燃え尽きた、黒い筒が立てる、シューシューという、小さな音だけだった。
0
あなたにおすすめの小説
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
莫大な遺産を相続したら異世界でスローライフを楽しむ
翔千
ファンタジー
小鳥遊 紅音は働く28歳OL
十八歳の時に両親を事故で亡くし、引き取り手がなく天涯孤独に。
高校卒業後就職し、仕事に明け暮れる日々。
そんなある日、1人の弁護士が紅音の元を訪ねて来た。
要件は、紅音の母方の曾祖叔父が亡くなったと言うものだった。
曾祖叔父は若い頃に単身外国で会社を立ち上げ生涯独身を貫いき、血縁者が紅音だけだと知り、曾祖叔父の遺産を一部を紅音に譲ると遺言を遺した。
その額なんと、50億円。
あまりの巨額に驚くがなんとか手続きを終える事が出来たが、巨額な遺産の事を何処からか聞きつけ、金の無心に来る輩が次々に紅音の元を訪れ、疲弊した紅音は、誰も知らない土地で一人暮らしをすると決意。
だが、引っ越しを決めた直後、突然、異世界に召喚されてしまった。
だが、持っていた遺産はそのまま異世界でも使えたので、遺産を使って、スローライフを楽しむことにしました。
【完結】スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
猫好きのぼっちおじさん、招かれた異世界で気ままに【亜空間倉庫】で移動販売を始める
遥風 かずら
ファンタジー
【HOTランキング1位作品(9月2週目)】
猫好きを公言する独身おじさん麦山湯治(49)は商売で使っているキッチンカーを車検に出し、常連カードの更新も兼ねていつもの猫カフェに来ていた。猫カフェの一番人気かつ美人トラ猫のコムギに特に好かれており、湯治が声をかけなくても、自発的に膝に乗ってきては抱っこを要求されるほどの猫好き上級者でもあった。
そんないつものもふもふタイム中、スタッフに信頼されている湯治は他の客がいないこともあって、数分ほど猫たちの見守りを頼まれる。二つ返事で猫たちに温かい眼差しを向ける湯治。そんな時、コムギに手招きをされた湯治は細長い廊下をついて歩く。おかしいと感じながら延々と続く長い廊下を進んだ湯治だったが、コムギが突然湯治の顔をめがけて引き返してくる。怒ることのない湯治がコムギを顔から離して目を開けると、そこは猫カフェではなくのどかな厩舎の中。
まるで招かれるように異世界に降り立った湯治は、好きな猫と一緒に生きることを目指して外に向かうのだった。
転移特典としてゲットしたチートな箱庭で現代技術アリのスローライフをしていたら訳アリの女性たちが迷い込んできました。
山椒
ファンタジー
そのコンビニにいた人たち全員が異世界転移された。
異世界転移する前に神に世界を救うために呼んだと言われ特典のようなものを決めるように言われた。
その中の一人であるフリーターの優斗は異世界に行くのは納得しても世界を救う気などなくまったりと過ごすつもりだった。
攻撃、防御、速度、魔法、特殊の五項目に割り振るためのポイントは一億ポイントあったが、特殊に八割割り振り、魔法に二割割り振ったことでチートな箱庭をゲットする。
そのチートな箱庭は優斗が思った通りにできるチートな箱庭だった。
前の世界でやっている番組が見れるテレビが出せたり、両親に電話できるスマホを出せたりなど異世界にいることを嘲笑っているようであった。
そんなチートな箱庭でまったりと過ごしていれば迷い込んでくる女性たちがいた。
偽物の聖女が現れたせいで追放された本物の聖女やら国を乗っ取られて追放されたサキュバスの王女など。
チートな箱庭で作った現代技術たちを前に、女性たちは現代技術にどっぷりとはまっていく。
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました
雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。
気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。
剣も魔法も使えないユウにできるのは、
子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。
……のはずが、なぜか料理や家事といった
日常のことだけが、やたらとうまくいく。
無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。
個性豊かな子供たちに囲まれて、
ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。
やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、
孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。
戦わない、争わない。
ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。
ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、
やさしい異世界孤児院ファンタジー。
優の異世界ごはん日記
風待 結
ファンタジー
月森優はちょっと料理が得意な普通の高校生。
ある日、帰り道で謎の光に包まれて見知らぬ森に転移してしまう。
未知の世界で飢えと恐怖に直面した優は、弓使いの少女・リナと出会う。
彼女の導きで村へ向かう道中、優は「料理のスキル」がこの世界でも通用すると気づく。
モンスターの肉や珍しい食材を使い、異世界で新たな居場所を作る冒険が始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる