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第一章 冒険者世界アリスト編
第50話 罠
しおりを挟む史郎は、点ちゃんから、最短の道順を聞きながら走っていた。
「目的地まで、あと少しですよー。
使われなくなった、古い教会みたいです」
舞子の様子は?
「気を失ってるみたいです」
なにっ!?
『舞子! 舞子!』
反応が無い。
点ちゃん、舞子に何かあったら、彼女にシールドを頼むよ。
「はいはーい」
点ちゃんを、これほど頼もしく思ったことは無い。
お、古い教会が、見えてきた。 あれだね?
「そうですよー」
すかさず、加藤と畑山に、念話で場所を伝える。
草が生い茂った、教会の中庭を突っきり、正面入り口だったであろう所から中に入る。
石造りの教会は、屋根が崩れ落ち、壁だけとなっていた。
地下への階段は、すぐに見つかった。
崩れかけた階段を駆け下りると、通路が奥に続いている。
「舞子! いるか?」
呼びかけながら、暗がりの中を走り続ける。
点ちゃんによると、行き止まりの壁の向こうに、舞子がいる。
点魔法を使い、壁に穴を開けようとした、そのときだった。
何も無かった壁に、扉が現れた。
魔術で、隠していたようだ。
両開きの大きな扉が、音もなく向こう側に開く。
部屋には煌々と明かりがついているようで、開いた扉からこちらの暗闇に、光が溢れ出す。
まぶしさに、左腕で目を覆った俺は、部屋の中に足を踏み入れる。
通ってきた通路に比べ、この部屋は、驚くほど良い状態を保っていた。
「ようこそ、勇者・・では、ないな。
お前は、誰だ?」
相手がこちらを知っていなくても、俺はその顔を知っていた。
特徴的な、その顔は、紛れもなくコウモリ男のものであった。
「宮廷魔術師が、誘拐とはな」
すでに失った職を表す言葉が、ナイフのように男の心をえぐる。
史郎が、何気なく放った、その言葉に、狂気一歩手前で留まっていた男は、完全に我を失った。
「ははははは! お前のせいだ!
何もかも、勇者、お前が!」
すでに、男の言葉は、支離滅裂である。
異様に輝く目を見なくとも、彼が、すでに狂気に侵されていることが分かる。
「俺は、勇者じゃない」
相手が少しでも正気に戻るよう、静かに話しかけた。
なぜ、点魔法を使わないか?
答えは、コウモリ男の背後にあった。
ポータル
俺がこの異世界に来ることになった、黒い渦巻きがそこにあった。
違いといえば、ポータルが額縁のような枠で縁取られていたことである。
恐らく、現れたり、消えたりするのではなく、常駐するタイプのポータルなのだろう。
コウモリ男は、意識がない舞子の体を片手で支え、黒い渦巻きに、ほとんど触れるか、触れないかのところまで近づけていた。
点魔法を使えば、蝙蝠男を消し去ることはできるだろう。
しかし、舞子が、ポータルに吸い込まれる恐れがあった。
硬直した状況を動かしたのは、舞子だった。
「うう、う。 し、史郎君」
舞子は、姿も見ずに、俺の名を呼んだ。
「舞子っ!」
俺の声を聴いて、意識が戻ったようだ。
「史郎君、来ないで!」
「ははははは! そうはいかない。
この手から直接、女を取り返さなければ、ポータルに落とすぞ」
男の目は、真っ赤に充血しており、口からは、大量の涎が垂れていた。
それは、さながら映画で見た、吸血鬼であった。
「女を救いたければ、ここまで来い!」
俺は、意を決した。
点ちゃん、頼むぞ。
額から落ちた汗が、目にしみる。
じりじりと、二人に近づいていく。
すでに、ポータルを成す渦の細部が、はっきりと見てとれる。
男まで、後5mを切った時、いくつかのことが、立て続けに起きた。
コウモリ男が、小さな声で素早く詠唱する。
彼の足元に置かれていた紙袋から、突然、膨大な炎が溢れ出す。
炎は、史郎へ、まっ直ぐ向かって来る。
炎が、彼を包む。
舞子が、コウモリ男を引きはがし、紙袋を蹴る。
黒い筒が、中から現れ、その向きを変える。
コウモリ男の左半身が、炎に包まれる。
よろめいた男の体が、舞子をポータルの方へ押しやる。
ポータルの方に倒れかけた舞子が、男の右手を掴む。
二人の姿が、ポータルに向かって倒れこむ。
炎が、ポータルの枠を、なめ尽くす。
・・・・・
枠が、燃え落ちた後には、何も残されていなかった。
ポータルも、二人の姿も、何も。
シールドで炎をしのぎ切った、史郎が耳にしたのは、ほとんど燃え尽きた、黒い筒が立てる、シューシューという、小さな音だけだった。
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