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第二章 獣人世界グレイル編
第8話 聖女とコウモリ
しおりを挟む舞子が気付いたとき、周囲は夜になっていた。
いや、右手に外の光が見える。
ここは、洞窟の中だろう。
「あ、史郎君、史郎君はっ・・」
そこで、舞子は、自分がポータルに落ちたことを思い出した。
異世界のこちら側に、史郎がいるはずはない。
なぜなら、既にポータルが消えていたからである。
明るい方へ歩き出そうとしたとき、足が何かに触れる。
しゃがんで、手で触れてみる。 布の様である。
さらに探ると、それが人の体であることが分かった。
焦げ臭い匂いがする。
舞子は、その体の脇の下に自分の体を押し込み、持ち上げようとした。
小柄な彼女には、大変な重労働だったが、なんとか洞窟の入り口までたどり着いた。
外から入ってくる明かりで確認したとき、彼女は心臓が止まるかと思った。
そこには、彼女を攫ったコウモリ男がいた。
驚いた舞子の肩から、男の体が、ずるりと地面に落ちた。
その衝撃で、目を覚ましかけている。
「う、ううう」
男の顔は、脂汗を浮かべ、白っぽくなっている。
体の半分が焼け焦げて、炭のようになっている。
命は、すぐに消えるだろう。
舞子は躊躇(ためら)うことなく、治癒魔術を使う。
彼女の心には、治した男が危険な存在になるという考えすら浮かばなかった。
男の体が光ると、うめき声がだんだん小さくなってきた。
息を確かめると、安定しているようである。
舞子は安心すると、再び意識が遠のいていった。
次に目が覚めると、洞窟の入り口に、うつ伏せに倒れていることに気が付いた。
はっと思い出して、隣を確認する。
意識を失って倒れている男の顔色は、かなり良くなっていた。
しかし、まだ予断は許されない。
舞子は、もう一度、治癒魔術をかけておいた。
不思議なのは、彼の体の中に何か抵抗するものがあって、魔術が利きにくいことである。
多くの人々を治療してきた彼女にとっても、それは初めてのことだった。
男の左半身の焼け焦げは、何回か治癒魔術を掛けても、ほとんど変化が無かった。
ただ、左手の指が、少し動くようになったのは確認できた。
治療が全くの無駄になった、というわけでもないらしい。
陽が翳り、少し寒くなってくる。
舞子は、男を担いで、また洞窟の奥に戻った。
風が当たらないだけ、こちらの方が温かいからだ。
半分焼け焦げた男のローブを脱がせ、二人の体の上に掛ける。
アウトドアが得意な史郎なら、簡単に火を起こせるのだろうが、自分にはそんな技術はない。
舞子は、なるべく男に密着するような姿勢を取ると、不安の中、やがて眠りにつくのだった。
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コウモリ男は、暗がりの中で目を覚ました。
熱があるのか、少し寒気がする。
岩の地面に横たわっているようだ。
体の左半分に、ほとんど感覚が無い。
指を動かそうとしても、ピクリとする程度である。
左足も、動かないようだ。
暗闇の中、周囲をまさぐると、柔らかいものに触れた。
小柄な女性の様だ。
霞んだような記憶の中に、聖女と共に、ポータルに落ちたときのことが浮かんできた。
ここはいったい、どこなんだ?
明かりを灯す魔術を、唱える。
空中に現れた光る球が、周囲を照らす。
2m四方くらいの狭い洞窟と、その中で横たわる、少女の姿が浮かび上がった。
「聖女か」
彼は、自由になる右手を、少女の首に持っていく。
地面に押し付けるように、絞めていく。
「うう・・史郎君・・」
はっ、として手を放す。
もし、誰か他にいるのなら、ここで彼女を殺すのは危険である。
コウモリ男はそう考えると、明かりを消して再び横になるのだった。
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次に目覚めた時、男は焼けつくような喉の渇きを感じていた。
その口に、冷たい水が注がれている。
彼は、むさぼるように舌を伸ばし、水を求めた。
目を開けると、聖女の顔が見える。
彼の顔の上で、濡れた布を絞っているようである。
水が、彼の口に入ってくる。
喉を鳴らして、それを飲んだ。
「よかった。 気が付いたようですね」
「どうして、私を助けた?」
「こちらに着いたとき、あなたは死にかけていました。
だから、治癒魔術を施しました」
男には、それが自分の問いに対する答えになっているとは、到底思えなかった。
「私が、怖くはないのか?」
聖女は、それには答えず、手をかざした。
温かいものに、包まれていく。
それは、物心ついて以来、一度も彼が感じたことが、無かったものだ。
舞子の治癒魔術は、コウモリ男の体だけではなく、心にも何かを与え始めた。
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