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空知音

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第三章 学園都市世界アルカデミア編

第9話 パルチザン

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史郎が学園に出かけると、狐人コルナと猫人ミミは町へ出ていた。


テコ少年は、ポルに任せてある。

二人は、前もって位置を調べておいた、獣人保護協会へ向かった。

協会のビルは、普通に歩けば1時間くらいのところにあるが、獣人の脚力をもってすれば、20分ちょっとで着く。

ビルを何本か束ねたような形の巨大な建物の前を、右手に曲がる。

この威容を誇る建物こそ、獣人保護協会である。
他のビルと同様、真っ白で、窓がない。

何かの機械が放置されている、その後ろから建物を見張る。

すでに調査で、このビル丸ごと協会が利用していることも分かっている。

通勤時なのか、多くの人が正面入り口から入っていく。
みんなスーツ姿で、女性もスラックスをはいている。

首輪を付けにギルドにやってきた二人と、同じ格好である。

二人は、獣人世界から持ち込んだ魔道具で、建物に入る人の映像を記録していた。

非常に高価なこの魔道具は、任務のために獣人議会から貸し出されたものだ。

史郎には話していないが、コルナも議会から内々に依頼を受けていた。

元獣人議会の長だからこそ任された、機密性が高い任務である。

二人は、一時間ごとに魔道具から小さなキューブを抜き取り、交換するということを繰り返していた。

交換が4回を数えた時、コルナは、自分たちが見張られたいることに気付いた。

「ミミ、これから言うことをよく聞いて。 
絶対に、大きな動きをしてはダメよ」

ミミが目を合わせ、小さく頷く。

「着いて来て」

コルナは立ち上がると、路地の奥へ歩き始めた。

協会からは、遠ざかる方向になる。

「二人、いえ、三人が、私たちを見張ってるわ」

「協会にばれちゃったんでしょうか?」

「それが、不思議なのよね。
協会の関係者なら、すぐにこちらを拘束しても、おかしくないと思うんだけど」

「それも、そうですね」

「見張ってる三人の内、少なくとも一人は獣人ね」

「えっ。 どうして、そんなことが分かるんですか」

「フフフ。 まあ、そのうち教えるわ」

神樹からの加護は未来予知だが、その副産物として、通常では感じられないものまで感知する第六感をコルナは授かっていた。

こちらを見張る三人が、急にこちらに近づいてくる気配を感じた。

「ミミ! 走って」

コルナとミミは、全速力で裏路地を駆け抜けにかかった。

この調子なら、少なくとも獣人以外は、振り払えるはずである。

しかし、事態は、彼女が思うようにならなかった。

袋小路に、入ってしまったのだ。

土地勘が無い弱点が、こんなところで出てしまうとは。

コルナは、自分の甘さを後悔していた。

せめて、ミミだけでも逃がさなくては。

自分だけなら、シローが来るまで、持ちこたえられるはずである。

彼女は、壁に背を向けると、やってきた方向を見た。

現れたのは、人族が二人と獣人が一人だった。

人族は、若い男と少年で、獣人は犬人族の女性だった。
全員、灰色の作業服のようなものを着ている。

コルナが、史郎に念話を送ろうとした、ちょうどその時、若い男が話しかけてきた。

「君達、なぜ協会を見張っていたんだ?」

落ち着いた、良く響く声である。
攻撃する気は無さそうだ。

コルナは、いつでもシローに念話できるようにして、それに応えた。

「あなた達は、誰?」

「もし、君達が協会を怪しいと思い、調べていたなら、俺達は敵じゃない」

「それを、証明できるの?」

三人は、小声で何か話し合っているようだ。

話し終えると、男が続けた。

「とにかく、俺達のアジトへ来てくれ」

「誰とも分からない人のところへ、行けると思う?」

「ああ、分かった。 俺はラジ、あるグループの一員だ。
そのグループは、獣人たちの真実を知っている。 
首輪の仕組みもな」

「ラジ! そこまで話す必要あるの?」

犬人の女性が、急に声を出した。

「ある程度、こちらのことを話さないと、分かってもらえないよ。
それに、この人達は、どう見ても首輪の影響を受けていない」

犬人の女性は、ため息をつくと、話しかけてきた。

「私は、犬人のモアナ。 
とにかく、一緒に来て欲しいの」

ラジが続ける。

「頼むよ。 ここでは、込み入った話も出来ないだろ」

コルナとミミは、お互いに目を見合わせる。

「私は、悪い人じゃないと思うよ」

「ミミ。 何でも簡単に考えるのは、あなたの悪い癖よ。
これが罠なら、私達の命は無いよ。
もっと、慎重になりなさい」

ミミの猫耳が、ペタンと頭に付く。

「でも、ここは、あなたの勘を信じてあげるかな」

コルナは、そう言うとミミの頭を撫でた。

ミミの三角耳が、にょきっと立ち上がる。

「私は、狐人のコルナ。 
こっちは猫人のミミ。
とにかく、話ができるところに行きましょう」


二人は、歩き出した三人の後を付いて、袋小路を出るのだった。

-------------------------------------------------------------

人族のラジが二人を連れて行ったのは、背の低い薄汚れたビルだった。


どうやら、ここはスラム街の一角らしい。

学園都市に、そういう場所があるのを知って、コルナは少し驚いていた。

ラジは、入り口に寝ている浮浪者をまたいで、階段を上がっていく。

二階も、やはり薄汚れていて、ドアすら無い部屋が多い。

まるで、廃屋のようである。

ラジが足を止めると、そこには薄汚れたドアがあった。

穴を塞ぐのに、何度も貼り付けたのだろう。
色が剥げかかった、茶色い板のようなものが、汚らしさを強調している。

ラジが、独特のリズムで板の上をノックする。

貼ってあると思っていた板が一枚消えて、二つの目がこちらを確認した。

汚らしいドアが開くと、意外なほど清潔な内部が現れた。

ラジは、入り口にいる背が高い男と拳を合わせると、二人を中に招き入れた。

短い廊下を突きあたると、もう一つのドアがあった。

こちらは、彫刻が彫ってある美しい木製だった。

ラジは、さっきと違うリズムでノックする。

ドアが内側に開くと、落ち着いた内装の部屋が現れた。

「お、ラジか。 お帰り」

ソファから立ち上がったのは、背が低い中年の男性だった。

横じまのシャツを着ており、頭に黒い布を巻いている。

団子鼻に、丸い眼鏡を掛けている。

突き出たお腹が、シャツの横じまをゆがめていた。

「帰りました。 ダン、この二人と話をしてもらえませんか」

「この二人は?」

「獣人保護協会を、偵察していたようです」

「首輪が、付いてるな」

「機能していないのが明らかなので、連れてきました」

「ちょいと失礼するぜ」

ダンと呼ばれた男が、コルナとミミの首輪に触れる。

「おいおい、どうなってんだ、これ。 
首輪ですらないぞ」

「それは、話せないの。 
初めまして。 私はコルナ、狐人よ」

「そっちの子は?」

「ミミです。 猫人です」

「まあ、見りゃわかるけどな。 ハハハ」

ダンは、気さくな性格の様である。

「どうか座ってくれや」

コルナとミミがソファに腰を下ろすと、さっきの少年が飲み物を持ってきた。

「ありがとう」

コルナが話しかけると、少年はニコッと笑ってから、奥に引っ込んだ。

「で、なんでお前さん方は、協会なんか見張ってたんだ?」

「それを話す前に、あなた達が誰か、教えてくれない?」

「おう。 狐人は頭が切れるって言うが、ホントだな」

「まだ、質問に答えてくれてないわよ」

「美人で気が強いのは、誰かみたいだな。
ああ、俺たちは、いわゆるパルチザンだ」

「パルチザン?」

「ああ。 この社会に反逆してる、アウトローさ」

「何に反逆してるの?」

「全てさ。 学歴至上主義は、特にな。 
あんたらに、関係あることといえば、獣人奴隷化にも反対してるぜ」

「奴隷化……あなた、首輪の仕組みが分かってるのね」

「ああ、かなりのとこまでな。 
その首輪は、獣人の故郷に関する記憶を消すように出来てる。
また、故郷で虐待を受けて来たという、偽の記憶も植え付けるようだ」

「なるほど。 だから、この町の獣人は、首輪を付けられてもおとなしいのね」

「そうだ。 人族が救ってくれたと思ってるから、この上ないほど従順だな」

「市民は、このことを知ってるの?」

「知ってる訳ないだろう。 
この世界にも一応、倫理ってやつがあってな。
他種族を奴隷として扱うなんて、最低の行為だと考えられてる」

「それなのに、実質は奴隷としてるわけね」

ミミが、急に話に割り込む。

「そこまで分かってて、どうしてそれを、みんなに知らせないの?
おかしいじゃない!」

「じゃ、あんた、それ自分でやってみな」

ダンは、からかうような目で、ミミを見ている。

「町の中で、大声でそう叫んでみなよ。
あっという間に、治安維持隊に連れてかれるぜ。
そしてな、そうなった獣人が、帰ってきたためしはないんだよ」

コルナは、ある程度、自分の立場を明かすことにした。

「私は、獣人世界から自分でここに来たの。 
獣人がそんな扱いを受けているなら、許しておけない」

「で、あんたら、何をしようってんだい?」

「私達だけの力じゃ、何もできない。 
それは分かってるわ」

コルナはそこで、少し間を置いた。

「でも、私達獣人には、強い味方がいるの」

「ほう。 友達に、勇者でもいるってのか?」

「友人が勇者なら、きっと諦めていたでしょうね。
でも、彼は勇者じゃない。
彼は、200年前にいたと言われる、英雄の再来。
いえ、それをも超えるわ」

「ほう、こりゃまた大きく出たな。 英雄か。
もしかして、そいつの髪もこうかい?」

そう言うと、ダンは頭の布を外した。


出て来たのは、黒髪だった。

-------------------------------------------------------------

「貴方も、稀人だったのね」

コルナとミミは、驚いた。

稀人は、普通なら政治の中枢に近いところにいるものだからだ。
パルチザンなど、稀人からは、もっとも遠い存在である。

「どうして稀人が、パルチザンなんかに?」

「俺は、この世界に勇者として転移したのさ。
初めは、ちやほやされて、幸せに生きてたんだ。
まあ、偽物の幸せだったがな。
ちょっとしたきっかけで、獣人がどう扱われているか知ってな。
それからは、あれよあれよの転落人生さ」

コルナは、自嘲気味の男をじっと見て言った。

「あなた、獣人を救おうとしたことがあるのね?」

「ああ、そうさ。 その挙句が、殺されそうになって今に至るだ」

男は、横じまのシャツの脇をめくり上げた。

そこには、醜い大きな傷痕があった。

「幸い、知り合いに治癒魔術の使い手がいてな。 
九死に一生を得たわけだ」

「そうだったのね」

コルナはここで、あることを思い出した。

「もしかしてだけど、他に黒髪の勇者知らない?」

「ああ、知ってるぜ」

「もしかして、その勇者の名前はカトー?」

「なんだ、お姉ちゃん。 
あんた、あいつの知り合いか?
まさか、あんたが言ってる英雄って、あいつの事じゃないよな?」

「それは、違うけど。 
その英雄が、この世界に探しに来た友人っていうのが、加藤なのよ」

「何だって!?」

ダンは、驚いて目を丸くしている。

「おい。 じゃ、そいつにすぐ、伝えたほうがいいぞ」

「何を?」

「カトーっていう勇者は、真っ直ぐなやつだから、いつ暴走してもおかしくないぞ」

「彼は、獣人の真実に気づいてるの?」

「ああ。 奴が、ここに来た時に教えた」



すぐに、史郎への念話に取り掛かるコルナだった。
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