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第四章 聖樹世界エルファリア編
第10話 謎の毒
しおりを挟む史郎と点ちゃんは、王がいる寝室の隣部屋で、王に毒を盛る人物を見張ることにした。
重い病気で伏している陛下のことだから、接する者は限られる。
最初に現れたのは、宮廷魔術師だった。
エルフにしては小柄な、高齢の女性だ。
女性は、陛下に治癒魔術を施し、一言二言、言葉を交わすと、部屋から去った。
特に怪しいところはない。
次に入ってきたのは、部屋を整えるメイド二人である。
二十台後半と見られるエルフの女性達は、短時間で見事に部屋を整え、出ていった。
ちょうど陛下は寝ていたが、彼を起こさず、しかも丁寧な仕事は、プロ意識の高さをうかがわせた。
その次に入ってきたのは、薬を持ったメイドだった。
まだ若い彼女は、慣れないのか、液状の薬が入ったお盆を恐る恐る運んでいる。
見るからに危なっかしい。
ベッドの横に置かれた、サイドテーブルの上にお盆を置いた。
薬の瓶の口を塞ぐようにかぶせてあったグラスを外し、その中に薬を注ぐ。
『ご主人様ー、あの液体の中に毒が入ってる』
ここは、慎重にも慎重を期すべきところだ。
俺は、点を付けたお盆を横に滑らせた。
「きゃっ!」
若いエルフは、青くなっている。
貴重な薬液をこぼしたからか、目的がある毒をこぼしたからか、それはまだ分からない。
ただ、俺には彼女に何か悪意があるようには見えなかった。
新しい薬を取りに行くためだろう。
女性は陛下に謝罪し、足早に部屋を出ていった。
俺は彼女に点をつけ、その行くへを追った。
若いエルフは、迷路のような場内の通路を迷いなく進み、ある部屋の前まで来た。
ノックをして、中に入る。
中には、緑のローブを着た年老いた男がいた。
壁に瓶がずらりと並んでいるところを見ると、彼は薬師に違いない。
若いエルフが、しきりに頭を下げている。
「貴重な薬を無駄にしおって!」
男の叱責は容赦がない。
「す、すいません」
「あの薬を調合するのにどれほどの手間と費用が掛かっていると思う」
「申しわけありません……」
女性は、涙を浮かべて謝っている。
男は、ブツブツ言いながら、棚の瓶をいくつか手元に下ろした。
「そこで待っておれ」
冷たく言いはなつと、彼は薬の調合を始めた。
点ちゃん、どうだい?
『どの瓶にも、毒は入ってないよー』
ふむ、おかしいな。
5分ほどして、完成した液体に薬師が呪文を唱える。
液体の色が変わる。
点ちゃん、どう?
『ただの薬ー』
ふーん。 一体、いつ毒を入れてるんだろう。
最後まで、ぺこぺこ謝っていたメイドが、やっと薬を持って部屋を出た。
再び、迷宮のような通路を王の寝室がある方向へ歩きだす。
点ちゃん、ここから王様の部屋までのどこかで毒が入れられる可能性が高いよ。
よく見ててね.
『わーい、ドキドキする』
いつもの点ちゃんだね。
王の寝室に行くまでは、幾つかの窓がある。
その一つを通るとき、開いた窓から、白い小さな花びらが一枚、ひらひらと入ってきて薬瓶の表面にピタリと貼りついた。
メイドは、気づいていないようだ。
点ちゃん、どうだい?
『毒になってる!』
俺は部屋を走りでると、王の寝室前まで行く。
少しすると、お盆に薬を載せたエルフの女性がやって来た。
一度、薬をこぼしたからだろう。 緊張した様子だ。
部屋の前に護衛の騎士と共に俺がいるのを見て、いぶかしげな顔をする。
「ああ、その薬は、こちらに渡してください」
俺が言うと、女性は驚いたようだ。
「で、でも……」
「騎士の方に聞いてもらってもかまいませんよ」
女性が、騎士の方を上目遣いに見る。
お后から言いふくめられている護衛は、しっかり頷いてくれた。
女性は、やっと安心したようだ。
「では、よろしくお願いいたします」
彼女はそう言うと、俺の手に恐る恐るお盆を載せ、足早に去っていった。
メイドの姿が見えなくなると、俺はお盆を持ったまま、控室に入った。
薬瓶をよく見るが、さっき映像で見た花びらは、どこにも付いていない。
ふ~ん、これは手がこんでるな。
この敵に対しては、軽々しく動かない方がいいようだ。
史郎は、食事を持ってきたメイドに、お后様への伝言を頼んだ。
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史郎の部屋に、お后様、薬を運ぶメイド、薬師が集まった。
メイドと薬師は、いつもは無い事だから驚いている。
お后が話し始める。
「それで、シロー。 何か分かったのですか?」
「ええ。 毒は、この薬の中に入っていました」
薬師とメイドの顔がまっ青になる。
それはそうだろう。
この薬は陛下が召しあがるものだ。
しかも、それに関わっているのは、この二人だけである。
「な、何かの間違いではないのか?」
薬師が反論する。
「何なら、調べてもらってもかまいませんよ」
俺は、点魔法でコップを作り、それに薬を少し注いだ。
それを薬師に渡す。
彼は、それをテーブルの上に置き、なにか呪文を唱えていた。
きっと鑑定の呪文に違いない。
コップが白く光ると、文字が浮かび出た。
「こ、これは、『魔女の血』……」
薬師が、唸るような声を出す。
「その『魔女の血』とは何です?」
「し、次第に体を蝕み、確実に命を絶つ毒だ」
薬師は、顔色が青を通り越して、紺色になっている。
大丈夫か、この人。
「ジール! 大恩ある陛下に何ということを!」
あ后様が詰めよる。
薬師の名前は、ジールと言うらしい。
「お后様、落ち着いてください。 彼は毒を作ってはいませんよ」
「えっ? でも、シロー。 この薬には毒が入ってるのでしょう?」
「ええ、そうです」
「どういうことですか?」
「調合部屋から陛下の部屋に来るまでに、薬が毒に変わったということです」
二人が、パッとメイドの方を見る。
メイドは既にガタガタ震えている。
「し、知りません、知りません」
「あー、安心してください。 誰もあなたが毒を入れたなんて言っていませんよ」
「でも、他に毒を入れられる可能性がある人物などいないでしょう」
お后様は、納得できないようだ。
「薬師さん、ジールさんでしたか、この薬は、かなり繊細なものではありませんか」
「そうじゃ。 薬効が高い成分を調合してあるゆえ、一つ間違えば劇薬にもなりかねん」
「では、今回作ったこの薬と『魔女の血』は、成分がどう違いますか?」
薬師は少しの間、腕を組んで考えていた。
「おお! ほぼ、同じじゃ! 最後に唱える呪文を除けばな」
「では、やはりこのメイドが?」
「ははは。 お后様、彼女にそんな能力はありませんよ」
「では、一体、どうやって」
「エルフは、風魔術が得意と聞きます。 その通りですか?」
「ええ、それはそうですが」
「呪文を飛ばすような風魔術はありませんか?」
「「言霊の矢」」
お后様とジールが同時に言葉を発した。
「その呪文で、ジールさんの魔術を上書きしたんですね」
「しかし、それほど高度な魔術というと、何人も使い手がいるわけではないぞ」
「ええ、そうでしょうね」
俺は、犯人についての推理を伝えることにした。
「犯人は、高度な風魔術が使える。 そして、薬の知識も十分ある人物でしょう」
俺は、お后様が、はっとした表情をしたのを見逃さなかった。
横を見ると、メイドがヘナヘナと床に座りこむところだった。
それは、そうだよね。
王に毒を盛ってたってことになれば、死罪は間違いないから。
ジールさんが、俺の手を掴む。
「シロー殿と言ったか。 この度のこと、どんなに感謝してもしきれぬ。
このおいぼれの命でよければ、好きに使うて下され」
いや、そういう暑苦しのちょっと無理だから。
「いえ、お気にせず」
俺は素早く言って、話題を変えることにした。
「お二人にお願いがあるのですが、今までどおりの行動をとってもらえませんか」
「陛下に、同じ薬を届けよということですな」
「もちろん、陛下に薬は飲ませません。 犯人を捕まえるためです」
「よろしい。 任せてくだされ」
俺は、床にへたりこんでいるメイドさんにも声を掛ける。
「今まで通り。 いいですか?」
「え? あ、はい。 分かりました」
ちょっと頼りないが、まあ、薬を運ぶだけだから何とかなるだろう。
「次に陛下が薬を飲まれるのは?」
「二日後ですな」
「では、そのてはずでお願いします」
三人が部屋を出ていった。
出ていくとき、ミーネ王妃が何か思いつめたような表情をしているのが印象に残った。
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二日後、史郎は計画通り、薬瓶を観察した。
今回は、城中に点をばらまいてある。
どこから魔術の花びらが飛び出すか、観察するのは簡単である。
しかし、王の元に届けられた薬瓶の中身は、無害な薬のままだった。
二日の間に、こちらの行動に気づいた犯人が、犯行の手を止めたことになる。
史郎は、さらに限られた容疑者像に思いを馳せるのだった。
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