ポータルズ -最弱魔法を育てようー

空知音

文字の大きさ
195 / 607
第五章 地球一時帰国編

第5話 報告? 坊野家 --史郎の生いたち--

しおりを挟む

 史郎の実家は、学校が建つ町から見て、舞子の家がある小山を越えたところにある。

 そこは、町の喧騒は届かないが、やや隔絶された感がある。ほとんど周囲に人がいない環境で彼は育った。

 彼の最初の記憶は、白い部屋で横たわる母の姿だ。ヤクザの抗争の巻きぞえで死んだと、本当の事を聞かされたのは後(のち)の事で、子供の頃は交通事故で亡くなったと聞かされていた。
 記憶の奥深くに残る、温かいものに包まれる感覚。それが彼を「くつろぎ」に走らせたのかもしれない。

 彼の父親は、人格破綻者だった。
 それなりの会社に勤め、ある程度の出世をしていたが、それは仕事に限ったことで、彼には人としての大事な何かが欠けていた。

 史郎の母親が死ぬとすぐ、既につきあっていた女性と結婚した。この女性と父親の間に子供が生まれたことが、史郎にとって本当の不幸の始まりだった。
 父親は、その子を溺愛した。義理の母親は、事あるごとに史郎をイジメた。

 小さいころからぼーっとしたところがあった彼が小さな過ちを犯すと、まるで鬼の首を取ったかのように、それを父親に報告した。
 食事の席は、いつも彼をつるしあげる断罪の場だった。母親の言葉をそのまま鵜呑みにした父親は、彼に殴る蹴るの暴行を加えた。山奥の木に縛られ、置きざりにされたこともある。

 普通なら近所の通報で児童相談所か警察が介入したはずだが、何分、隔絶された環境にあったため、誰もそれに気づかなかった。

 史郎自身、どの家でもそれが普通なんだと思っていた。加藤の両親と舞子の両親だけが、薄々気づいて、事あるごとに彼を助けてくれた。

 小学高学年になると、さすがに彼は自分の家庭が持つ異常性に気づきはじめた。妹と自分の扱いの差がよけいに激しくなる。
 彼は自然の中に身を置くことが多くなった。これは、彼とくつろぎとを強く結びつけることになる。
 救いがあるとすれば、史郎がおのが身を不幸だとは思っていなかったことである。

 こうして史郎の興味は、「くつろぎ」に向けられるようになっていった。

---------------------------------------------------------------------

 中学生になると、ぼーっとした性格が災いして、史郎は勉強で落ちこぼれるようになる。
 
 彼が勉強で振るわないと、父親は今までにも増して暴力を振るった。世間体が悪いから、というのが理由である。
 妹は月謝が高いと有名な塾に通っていたが、お金がもったいないという理由で彼は習い事に通わせてもらえなかった。

 ある時、史郎は一念発起して学習に打ちこむことにした。しかし、それは父親が怖かったからではない。このままでは、くつろぎを手に入れることはできないと悟ったからだ。
 父親は、すでに知人の商売人に、彼の丁稚奉公を打診していた。

 覚えることも理解することも並外れて苦手な彼が「普通」になるには、血のにじむような努力が必要だった。
 これは比喩ではなく、英単語を覚えるため何千回も同じ単語を書いた彼の指はタコができ、そのタコがつぶれて紙に血がにじんだ。
 こうして、彼は普通より少しマシな成績を取ることが出来るようになった。

 公立高校しか許されなかった彼は、なんとか地元高校の合格を勝ちとった。
 そのとき彼が思ったのは、これでやっとくつろげるということだけだった。

 父親に合格を知らせた史郎は、彼の異常性を確信した。

 「そんな学校へなぞ入りゃがって!!」

 吐きすてるように放たれた父親の言葉は、史郎の内側にある何かを壊した。

 彼は家族を避け、ますます野外で過ごす時間が増えた。少なくともそこでは、いつも家で感じる緊張が無かったからだ。
 毎週一度は、必ず野外でキャンプした。この時間が無ければ、彼の心は壊れていただろう。

 あのタイミングで異世界に転移したのは、もしかすると史郎にとって僥倖だったかもしれない。

-----------------------------------------------------------------------

 史郎は、自分の家の呼び鈴を鳴らした。

 出てきたのは、10歳くらいの目つきの悪い少女だった。
 ああ、これがかつて「妹」と呼んでいた存在だった。他人ごとのようにその考えが脳裏に浮かんだ。

 「あんた誰? 外人さん?」

 「俺はシロー。お父さんかお母さんいるかな?」

 少女は、奥に戻っていった。
 少しして、奥から、くたびれた中年の男性が現れる。

 「こんな遅くに誰だ……」

 「ああ、シローって言います。息子さんの消息が分かったので、お知らせしようと思って」

 「息子? 誰の事だ。ウチには、息子はいないぞ」

 俺は、その言葉に心から感謝していた。これで、完全に彼らと他人になれる。

 「ああ、そうですか。こちらの勘違いでした。夜分失礼しました」

 「まったく、迷惑な奴だ」

 「良い風を」

 「え?」

 「では、失礼します」


 俺は後ろ手に引き戸を閉めると、自分の内側から喜びが沸きあがってくるのを感じた。今こそ、本当に自由になったんだ。
 足取りも軽く歩く少年の顔は、彼がブレットと呼ぶ友人のものだった。


 しかし、モーフィリンって、舌が痺れるほどまずいな。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

神は激怒した

まる
ファンタジー
おのれえええぇえぇぇぇ……人間どもめぇ。 めっちゃ面倒な事ばっかりして余計な仕事を増やしてくる人間に神様がキレました。 ふわっとした設定ですのでご了承下さいm(_ _)m 世界の設定やら背景はふわふわですので、ん?と思う部分が出てくるかもしれませんがいい感じに個人で補完していただけると幸いです。

『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる

仙道
ファンタジー
 気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。  この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。  俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。  オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。  腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。  俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。  こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

猫好きのぼっちおじさん、招かれた異世界で気ままに【亜空間倉庫】で移動販売を始める

遥風 かずら
ファンタジー
【HOTランキング1位作品(9月2週目)】 猫好きを公言する独身おじさん麦山湯治(49)は商売で使っているキッチンカーを車検に出し、常連カードの更新も兼ねていつもの猫カフェに来ていた。猫カフェの一番人気かつ美人トラ猫のコムギに特に好かれており、湯治が声をかけなくても、自発的に膝に乗ってきては抱っこを要求されるほどの猫好き上級者でもあった。 そんないつものもふもふタイム中、スタッフに信頼されている湯治は他の客がいないこともあって、数分ほど猫たちの見守りを頼まれる。二つ返事で猫たちに温かい眼差しを向ける湯治。そんな時、コムギに手招きをされた湯治は細長い廊下をついて歩く。おかしいと感じながら延々と続く長い廊下を進んだ湯治だったが、コムギが突然湯治の顔をめがけて引き返してくる。怒ることのない湯治がコムギを顔から離して目を開けると、そこは猫カフェではなくのどかな厩舎の中。 まるで招かれるように異世界に降り立った湯治は、好きな猫と一緒に生きることを目指して外に向かうのだった。

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

俺たちYOEEEEEEE?のに異世界転移したっぽい?

くまの香
ファンタジー
 いつもの朝、だったはずが突然地球を襲う謎の現象。27歳引きニートと27歳サラリーマンが貰ったスキル。これ、チートじゃないよね?頑張りたくないニートとどうでもいいサラリーマンが流されながら生きていく話。現実って厳しいね。

処理中です...