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第六章 竜人世界ドラゴニア編
第36話 竜闘1
しおりを挟む竜闘当日、史郎達は、開始時刻ぎりぎりまでイオの家で過ごしていた。
これは俺の考えで、昔の剣豪が使った方法を真似させてもらった。人ごみの中を、試合場に向かえば、どんな妨害を受けるか分かったものではないしね。
だから、試合会場である竜舞台までは、透明化した点ちゃん1号で空路向かうことにした。
皆の気を紛らわせるために、地球から持って帰った写真集や本を見せる。
ルル、コルナ、コリーダは、夢中でそれを見ている。
ミミとポルも、最初は気が気でない様子だったが、加藤が見せた商品カタログが気に入ったようで、三角耳を立てた頭を並べて覗きこんでいる。
最初、点ちゃん1号のくつろぎ空間に驚いたラズローだが、竜舞台上空で滞空状態を維持すると、足元の光景を注意深く観察しはじめた。
竜舞台は、野球場に似ていた。いや、むしろ、そっくりといってもいい。
野球場のフィールド部分のまん中に、正方形の少し高くなったところがあり、そこが竜舞台である。
竜闘は、この上で行われる。
傾斜が付いた観客席もあるし、その一角は大きな石壁となっており、野球場のバックスクリーンにそっくりだ。ただ、スコアボードの代わりに巨大な竜のレリーフが刻まれている。
天竜祭では、竜がこの前に降りるらしい。
会場の様子を見ていたラズローが声を掛ける。
「そろそろ準備して下さい」
皆は、見ていた本を閉じ、準備にかかる。剣を腰に差すと、こちらを見て合図する。
「シロー、気をつけてください」
ルルが、俺の手を握る。
「パーパ、怪我しないで!」
「パーパ、がんばって」
ナルとメルを抱きしめる。
ルルと娘達、リニア、イオ、ネアの六人は、上空で待機する。ちなみに、点ちゃん1号は、俺達が降りた後、周囲が見えないモードになる。
戦闘シーンは、娘達やイオに見せられないからね。
出場者五名に加え、コルナとコリーダが一緒に会場に行く。
選手が怪我をした場合は、コルナが治癒魔術を行い、コリーダがポーションや包帯を担当する。
史郎は、竜闘を前に思ったより落ちついている自分に驚いていた。
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会場では、ビギが時間を気にしていた。
「奴らはまだ来ないのか」
「はい。外で待機している遠見の係からも、姿が見えたという報告はありません」
竜舞台がある丘は、草原に囲まれている。姿が見えないとなると、もう間に合うまい。竜闘は、こちら側の勝ちだが、こういう勝ちだと観客の不満は解消されないだろう。
近いうちに、ラズローでも竜闘に引っぱりだすか。
貴賓席で待機していたビギは、勝利を確信した。竜舞台のまん中に出ていき、それを宣言する。
「皆の者、竜闘の為に集まってもらい感謝する。
どうやら、迷い人には、名誉と言う考えが無いらしい。
すでに、竜闘開始の時間は来た。
今回の竜闘は、我々の……」
ビギがそこまで言ったとき、観客席一杯につめかけた見物人が大きくどよめいた。竜舞台のすぐ横に、突然、人族と獣人が現れたからである。
「まだ時間には遅れていないはずですが」
リーヴァスが、静かな口調で言う。彼の声は、大きくは無いが、全ての観客席に届いた。
「ふむ。いいだろう。
では、観覧する皆様に、それぞれが歓迎の意をあらわそうではないか」
ビギは、ニヤリと笑うと、観客席の一隅に手を振った。
十人ほどの黒竜族の男が、ホルンや太鼓に似た楽器を持って立ちあがる。竜人族の伝統楽器であろう。彼らは、非常によく訓練されているのが分かった。
勇ましい音楽が鳴りやむと、観客から歓声が上がる。
「さあ、あなた方の番ですぞ」
竜闘の案内状に書いていないことを要求してくる。こちらに恥をかかせる気だな。
「シロー」
コリーダが、俺に声を掛ける。
「ここは、私が」
俺が頷くと、彼女は竜舞台へ上がった。すでに、観客からは、不満の声が出はじめている。しかし、コリーダが舞台の中央に佇むと、それだけで波が引くように不満の声が消えていく。
すでに、観客は、彼女が作り出す空間に捉えられていた。
静かにアカペラが始まる。
俺は、その曲を知っていた。エルファリアの鎮魂歌である。
コリーダが作り出す音の波が、竜舞台から客席へと広がっていく。
決して、激しくはない曲。その静かな曲が、聞くものに激情を呼びおこしていた。愛するものを失った哀しみを。
観客は、いつ自分たちが涙を流しはじめたかにも気づかなかった。静かなまま終わった曲は、全員に忘れられない印象を残した。
満場声も無い。
しばらくの静寂の後、どこからか起こった拍手によって導火線に火がつくと、もの凄い歓声が場内を満たした。
コリーダは舞台から降り、横を通るとき、俺に軽くウインクした。
全く、大した女性だよ、君は。
俺は、聞くたびに新しい何かに気づかせてくれる彼女に心を撃ちぬかれていた。
ビギの方に目をやると、計画通りいかなかったからだろう、視線だけでこちらを殺せるような顔になっている。
おいおい、頭が、そんなに感情を露わにしていいんですかね。
史郎は、少し敵が哀れに思えてきた。
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審判役らしい青竜族の男が舞台に上がる。
「では、これから竜闘を始める。双方、先鋒が前に」
ミミが竜舞台に上がると、罵声が飛んだ。
「女が神聖な竜舞台を汚すな!」
「女は消え失せろっ!」
「恥を知れっ!」
観客からの悪意が最高潮に達したとき、客席の一角から声が上がった。
「ミミちゃん、がんばれ!」
「ミミー、応援してるよー!」
目をやると、観客の一角に陣取る女性達がいた。ポンポコ商会の常連客である。女性ばかり選んで招待してある。
「あんた達、男がうだうだ煩いよっ!
か弱い女性を応援しなくて、何が男だいっ!」
気風がいいおばさんが、周囲の男に反撃している。彼女は、いつもミミを可愛がってくれている女性だ。
「なんだとっ!」
プライドを傷つけられた男性が、おばさんに詰めよろうとする。
さっと間に入ったのは、赤い鎧を付けた、赤竜族の若者である。ラズロー邸で、リーヴァスさんにしごかれていた一人である。
「こちらのご婦人に何か言いたいことでも?」
鍛えられた大柄な若者が、上から見下ろすと、食ってかかった男性がしり込みする。
「い、いや。別に……」
今回、二十名ほどの女性を招待しているが、その周りを取りかこむように赤竜族の戦士が座っている。
最前列には、病癒えたラズローの父親マルローが座っている。彼も、俺の計画の一部である。
しかし、ビギ側の出場者が登場すると、女性達の応援が悲鳴に変わる。
通路から出てきたのは、優に2mを超す大男だった。
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