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5.決壊の夜に
しおりを挟むそんなことを知ってしまうと、なぜか急に憎らしくなるワケで。
料理、洗濯、掃除に軟膏塗り。こんなに尽くしてるのに、他に女がいるなんて。じゃあさ、その彼女に全部面倒を見て貰えばイイんじゃないの??あたしゃアンタの何なのよッ。
…って義理の妹ですよね、ハイ。それは分かっているんですけど。
「あ、あは。私が同居してるから、この家に彼女を連れ込めませんね。おき、お気の毒~」
「いや、実はもう遠距離恋愛の末に別れている。早かったなあ、離れて1カ月で向こうに新しい彼氏が出来たと報告されちゃってさ。あはは…」
くっそくっそ。
遠距離をしていただと?!
この私に内緒で、そんな甘酸っぱいことをッ。
そうとも知らず勝手にときめいていた、
私のドキドキを返せっ!!
…などと言えるワケも無く。黙々と軟膏を塗り続ける。しかし、ヤル気の無さはMAXで。今までエステサロンばりにマッサージしながら塗っていたこの私が、急に人差し指でチンタラなすり始めたので豊さんが心配そうに声を掛けて来る。
「奈緒さん、どうかしたのか?」
「いえ…何でも。そ…」
「“そ”?」
「そ、その彼女ってどんな人だったんですか?」
だって私の義姉になったかもしれない人だ。血の繋がらない義兄とは言え、結婚相手の女性は私にとっても“家族”になるではないか。
「ああ。控え目で上品で、物静かな人だったよ」
「へえ、今どき珍しい大和撫子タイプですね」
「そうだね。いつでも俺をたててくれて」
「ええっ?!勃てて…あ…ああっ。私ったら恥ずかしい勘違いを…いえ、何でも無いです。どうか忘れてください」
うつ伏せで寝ていた豊さんが上半身を起こし、やわやわとベッドの上で壁にもたれて座り直す。それから私が慌てた理由を模索したらしく、すぐに答えに辿り着いたようで赤面している。
「いや、『俺を立ててくれる』っていうのはさ」
「いえ、改めて説明しないで。さすがに分か…」
笑って誤魔化そうと思ったのに最後までソレを言い切れなかったのは、いつの間にか私の手が“恋人繋ぎ”にされていたせいである。しかも繋がれているだけでは無い。私の人差し指は、豊さんの人差し指と親指から執拗な攻撃を受けていて。それはまるで事後の睦言を交わす場面のようなとんでもない気恥ずかしさだ。
「ゆ、豊さん、大丈夫ですか??」
「何がだ?」
オブラートに包んで言おうかと思ったが、本心が伝わらないと困るのでズバリ言う。
「…頭、大丈夫ですか??」
「は?!大丈夫に決まってるだろ?!」
ビクンと背筋に電気が走ったような衝撃が走る。
何故かと言うと、今度は豊さんが正面から私を抱き締め、背中をツツ~と指で滑らせているせいだ。
「あの、本当に何してるんですか??」
「おい、それ本気で訊いてるのか??」
素直にハイと頷くと彼は耳元で囁くように言う。
「いい加減、気づけよ。お前を誘ってるんだってば」
…今から少しだけ話を脱線させていただこう。
例えば犬や猫を飼っている人は、徐々に性格が分かってくるとはいえ、最初は見た目で選んだはずだ。だって相手はワンとかニャンしか言わないのだから、それだけで中身が分かるはずも無く。だとすれば、どんなに綺麗ごとを述べても人間というのは外見重視なのである。
その外見の好みが、美形好きとそうでない場合とで分かれるかもしれないが、とにかく初対面の際に外見で相手を振り分けているのは確実だ。これは対・人間でも同様で、性格なんて本当は二の次に違いない。…という、長い長い言い訳をさせて貰ったが、結局、何を伝えたいかと言うと、とにかく私は
豊さんの顔がメチャクチャ好きなのである。
性格がクソなのはもちろん分かっているけれど、でも、この顔がそれを余裕でカバーしてしまう。氷のように冷たい切れ長の目は、私なんぞに本気で笑い掛けることは無く。ふっくらとして男の色気ダダ漏れのその唇は、私なんぞに愛の言葉を語るはずも無い。絶妙な角度の鼻梁や、その顎のラインなども私なんぞには一生触れるチャンスが無いはずだ。
背中に軟膏を塗らせていただくだけでも、『有難き幸せ』と言いたいところなのに。その豊様が、この平民…いや、奴隷の私を誘ってくださっているのだと。あっはっは、そりゃあとっても愉快だ。
「またまたあ。冗談はヤメてくださいよ~」
握られていない方の手をヒラヒラ振ると、私の鎖骨あたりで熱い溜め息を吐かれた。
ハアァ…。
いや、マジ何なんっすかアンタッ!!めっちゃ色っぽいしッ。そういうムード、苦手なんですよ!!ヤメヤメ!!お願いだから空気変えていこッ。
視界一杯に広がっていた豊さんの頭頂部がゆらりと動き、いきなり顔面のドアップになる。
「うッ」
そりゃあ私だって唸るよね?んもうドチャクソ好みの顔が有り得ない近さで迫って来るんだもん。
「なあ…俺じゃイヤ?」
その短い言葉で、ズキュンズキュンと胸を撃ち抜かれる。
い、いや、耐えろ奈緒!!
いくら好みの顔だとは言え相手は義兄で、しかも私のことを何とも思ってないのだ。他人ならそういう関係もアリかもしれないが、この先一緒に暮らす家族なんだよ??のちのち面倒になるのは目に見えているし、なんかもう暗い展開しか想像できないでしょ?だから、その頬を染めるのヤメてってばッ。それと、目を熱く潤ませるのも禁止ッ。
必死で顔を逸らし、イヤイヤと首を左右に振っていると両頬を包むように抑えられ、ふわりと触れる程度のキスをされた。そして驚くことに、唇を離した豊さんはこちらに向かって恥じらいながら微笑んだのだ。
…わ、私なんぞに?
理性のダム決壊。
ドドドド──ッという擬音と共に、私は頷いた。
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