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19.ここが一番イイトコだから
しおりを挟む微かに父が『ぐぬぬ…』と唸った気がする。ここでお義母さんが意を決したように口を開く。
「…そう、ウチの息子じゃダメだと言うことね。そりゃあ片親だったけど愛情たっぷりに、でも甘やかすだけでは無く時には心を鬼にして厳しく育てたつもりよ?理屈っぽくて面倒臭い性格だけど、私が残業して遅くなると必ず起きて待っているような子なの。先に寝てろと言っておいても、目をショボショボさせながら『なかなか眠れなくて』と嘘を吐いて待ってた。こんなに母親思いの優しい子を、…アナタは全否定するのね」
それは声を荒げるでも無く、静かにジワジワと伝わって来る“怒り”だった。猫背気味だった父の背筋が驚くほどピンと伸び、疲労が滲み出ていたその表情が突然引き締まる。
「い、いやそうじゃ無くてだな…」
「奈緒さんがアナタにとって宝物のように、豊も私にとってかけがえの無い宝物なんです。それを否定されたら、とっても傷つくわ」
「ひっ、否定なんかしてないだろ?!」
「してます!だって豊じゃダメなんでしょ?!」
と、飛び火した。
しかもボーボーと燃えているッ。
「ダメじゃないよォ~」
「ダメって言ったじゃないの」
「そういうダメじゃ無いんだよォ~」
「嘘、嘘、そういうダメなんでしょ」
「違うんだって~」
「私の血を引いた息子が嫌いなのよ。そうよ、それがアナタの本音なのよ」
「お前のことは嫌いじゃないよ~」
「じゃあ豊のことだけ嫌いなの?」
「だって奈緒は一回失敗してるしさ、次の相手は慎重にって思っただけなんだよ~」
「失敗してもいいじゃない。前回と違って、慰謝料は必要ないのよ?だって自分たちが両方の親なんだから」
「それを言われるとさ~、確かにそうだけど~」
「さっきからその語尾を伸ばすのヤメて頂戴!」
どんどん事態は悪化していくかに思えたが、ここで当事者である豊さんが口を挟むのである。
「母さん、いいからもう黙ってて。俺、ここまでは想定の範囲内だからさッ」
なんと打たれ強い男なのだろうか。このメンタルの強さは表彰モノだ。心の中で称賛していると、豊さんは真面目な顔でお義母さんに説明し出す。
「父親にとって、娘の彼氏からの結婚申込はさ、通過儀礼というか幾つか決まり事が有るんだよ。その中でもメインは、取り敢えず反対すること。そうですよね?お義父さん。『はいどうぞ』なんて返事したら、娘の価値が低くなって見えるじゃないか。一旦断るのはむしろ礼儀だよ。『大事な娘を簡単には渡しません』という愛情表現でも有るし、『さあ、反対したぞ!これで簡単に諦めんのかお前?!』という、彼氏を試すための手段でも有るよね。
もし俺が父親だったら、連れて来た男のスペックなんかよりも、娘への愛情の深さを知りたいと思うからさ。でもそれが最も分かり難かったりするんだな。だから一番てっとり早い方法として、取り敢えず反対してみるんじゃないかなあ?で、その対応の良し悪しで検討するんだよ。…この男に娘を任せて良いのかどうかを。
だから母さんは黙ってて。俺、試されることで燃えるタイプだし、ここが一番イイトコだから。」
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