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<零>
その10
しおりを挟む「心配するな、俺を誰だと思っているんだ」
「か、課長、でもっ…」
それから課長はカラダ全体を長田くんに向け、通話内容が彼と私にだけ聞こえるような姿勢で電話を掛け始める。
「ああ、剣持さん?政親ですけど。以前お話していた長田食品の件、調査結果は?
…やはりそうでしたか。じゃあ玉木さんにはご勇退願おうかな、これだけ証拠も揃ったことですしね。ええ、実は今、長田食品の社長の息子さんが目の前にいらっしゃるんですが。どうやら私的感情で玉木さんにウチの社員をクビにさせたりしていたみたいですよ。
まったく、やりたい放題だったんだな。
お手数掛けて申し訳ないんですけど、理不尽な理由で退職させられた社員についても調べて貰えませんかね?もちろん週明けで構いませんから。
あはは、大丈夫。これからウチの両親に婚約者を紹介するんで、帯刀フーヅの次期社長の座は俺で決定です。じゃあ、宜しくお願いします」
さ、さわやか~。
その表情はまるで、我慢しまくった後に
広々とした大地で放尿した後のような。
もしくは満員電車で押されまくった後に
目的地に到着して味わう解放感のような。
ってもう例えるのはヤメよう。
「もしかして課長が社長になるんですか??」
「ああ、近日中にそうなる予定だ。万年売上最下位のあの会社を俺が必ず再建する。そのためにはまず社長にならないとな」
ええい、いちいちカッコ良すぎ!
「婚約者を紹介したら次期社長の座が決定するということは、もしかして、あの…」
「さすが俺の選んだ女だな。お察しの通り、あの会社をくれと父に頼んだら、交換条件として結婚することを提案されてな。まあ、陰でウチの母が操っているんだろうけど、とにかく零も帯刀フーヅを救うことになるな」
なんだか壮大な話になってきたぞ…。
おちょぼ口で目をパチパチさせる私に、長田くんが事情を説明しろと迫ってくる。でも、どこまで話して良いのか判断に迷ってしまい。言い淀む私の代わりに、課長が口を開いた。
「先程の自己紹介に補足させていただきます。実は俺の本名、帯刀政親といいまして。兼友は母の旧姓で、事情により会社ではそう名乗っていました」
「…は?ということは??」
「申し遅れましたが、帯刀グループ会長の孫で、社長の息子にあたります。まあ、次男ですけど」
「…へ?そうなんだ…いや、ですか…」
急に敬語になる長田くん。
ったく、分かり易いなこの男。
「近々、自分が帯刀フーヅの社長に就任します。そうなれば全ての無駄を省くので、真っ先に長田食品を切らせていただきますね」
「…切る??なんで??…いや、何故ですか?」
「ウチの玉木専務とそちらの社長が結託して、不正経理を繰り返している事が判明したんです。
領収書を改竄し、差額分を専務とそちらの社長とで折半していたと。それも、ここ数年の話ではなく、20年近い間だ。最初は少額だったのに、徐々に大胆になり、昨年は360万円もの金額を騙し取っている。
申し訳ないが、刑事告訴も視野に入れています。そうなると当然、取引なんか出来ないでしょ?元々利益なんてほぼ無かったようだし、切ってもこちらは痛くも痒くもありません」
こ、この人絶対にドSだな。
ショックを受けている長田くんをひたすらジッと眺めながらそれはもう愉快そうに笑っている。
そして、お得意の小出し攻撃。
「あっ、そうだそうだ。長田食品さんの上得意であるカネカンの会長ね、…俺の母方の祖父ですから。確認したところ、加工品の約4割をカネカンに納品しているそうじゃないですか。ふふっ、この件を祖父にも連絡しないと」
「ちょっ、悪質な嫌がらせはヤメてくださいよ。原材料が仕入れられなくなった上に、注文まで無くなったら死活問題だ!ウチの社員を路頭に迷わせる気ですか?!」
「あははははッ」
「なっ、何が可笑しいんですッ」
こ、こわいいい。
笑顔を貼り付けているけど
課長の顔、全然笑ってないいいい。
「どの口がソレを言うんですか?アナタ、平気で何の非も無いウチの社員を今までクビにさせてきたでしょう?
それがたった1人だとしても、俺は許さない。
というのは建前で。
そんな怨恨云々はもちろん、腹心からの情報に寄ると長田食品はそろそろ危ないらしいですよ。ここ数年、純粋に得た利益ではなくウチの玉木専務と組んだ時みたいに汚いことをして稼いでいたようですから。
残念ながらアナタのお父様の経営手腕が、今ではもう古くなってしまった。時代の波に乗れず、柔軟に対応も出来ず、それで次から次へと汚いことに手を染めるとは。これはもう、自滅としか言い様が無いかなあ」
ダメ押しで『身から出たサ~ビ~』と調子を付けて歌いながら課長は、私の背後に置かれた椅子にドスンと座る。
想像して欲しい。
右には廃人と化した長田くんがブツブツと独り言を呟いていて。左には自分の身の振り方を決断しかねている慎也が遠い目をして立ち尽くしており。んで、背後には魔王のようにクックックッと笑い続けている課長が鏡越しに存在感をアピールしているのである。
こういうのを混沌と言うんだろうな。
ああ、なんかもう疲れた。
…結局、美容院は4時間も掛かってしまい。引き摺られるように向かった高級ブランド店で下着から全部買って貰って。更にエステまで受けさせられた後、大荷物を抱えたままホテルのレストランでディナーという運びとなった。
ああ、似合わない。
私にこんなドレッスィーな服は分不相応だし、ムード満点なレストランでは確実に浮いている。仕方がないので存在感を消していると、爽やか笑顔で課長が言う。
「今夜は上に部屋をリザーブしてあるから」
「リザーブ?」
「明日はいよいよ母と対決するからな。さすがにある程度触れ合っておかないと、親密度が薄いということがバレてしまうだろ?」
「そ、それってすなわち??」
「…ヤルぞ」
「う、ええっ??で、だ、でも、あ、そうだ、着替えがッ」
「あはは、山ほど下着を買ってやっただろ」
「ム、ムダ毛処理が…」
「先程、エステで脱毛もして貰ったはずだ」
「ぬかりありませんね…」
「ああ、何もかも想定内だからな」
「あの、心の準備がまだだと言ったら…?」
「頑張って今から準備しろ」
「はい、頑張ります」
何をどう頑張れば良いと言うのか??
そんな自問自答を繰り返しつつも、ひたすらシミュレーションしてみたが、課長相手では余りにも恐れ多く。全然サッパリ想像出来なかったのである。
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