かりそめマリッジ

ももくり

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<零>

その40

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 ※引き続き政親sideです。




 言っておくがヘタレなのでは無い。

 今まで生きてきて、自分から口説くという行為が必要無かったからで。むしろ女を拒絶するスキルばかり向上し、気を惹く為にどうすれば良いのかなんて全然分からなかったのである。

 横井社長との約束を5日後に控えたある日、課長という権限をフル活用し松村零のデスクを目の前に移動した。もちろん俺は管理職なので、監視するかのようにいわゆる誕生席で座っている。

 多分これでこの女も堕ちるだろう。

 離れていたから意識しなかっただけで、毎日この俺に見つめられていれば絶対に惚れる。

 ほら、見ろ。
 今日も素敵だろう、俺。
 働く姿も超カッコイイだろう、俺。

「おはようございます、課長。今日の御召し物もとても素敵ですね…」

 って、岩佐朋美28歳独身かッ。
 おいおい、お前に用は無い。

 コイツは明らかに俺を狙っており、最近その意思表示がエゲツなくなってきていて。出来るだけ仕事以外では話したくない女なのだ。

「有難う。ちょっと奮発してオーダーなんだよ」
「うわあ、やっぱり!お似合いですう」

 って、今までずっとオーダーだけどなッ。
 奮発とか言っておいた方が好印象だろ?

 チラチラと松村の方を見るが、無反応。
 おいこら、隣のヤツと雑談すんなッ。

 気を惹く為、仕方なく岩佐との会話を続けた。

「そろそろ社食も飽きてきたなあ。皆んなどこでランチを食べているんだい?」
「裏通りに日ノ出屋というホテルがあるんです。そこのレストランのランチ、すごく美味しくて。良ければ今日、ご一緒しませんか?」

 お、松村がこっちを向いた。
 行きたいか?行きたいんだな??
 兼友課長を囲むランチ会に
 お前も参加希望と受け取るぞ?!

 ドヤ顔の俺に聞こえて来たのは、松村とその隣席の男性社員による会話だった。

「あはは、外で窓拭き掃除してる~。なんか初めてみましたよ。この席に移動してやっと良かったと思えたです」
「えっ、松村さん今まで見たこと無かったの?窓拭き清掃なんて月イチでやってるのに。ていうかさ、そんなことより天下の兼友課長の真ん前の席だよ?女子が奪い合うほどの人気席に座っておきながら、その言い草って…」

「えーっ?!この席を奪い合ってるんですか?だって常に監視されてるみたいで息苦しいのに。代われるものなら代わってあげたいですよお」
「…松村さんって大物だね」

 ショックだった。
 惚れられるどころか、息苦しいと。
 そんな反応をされたのは生まれて初めてだ。

 必死の形相で食らいついてくる岩佐を、適当にあしらいながらも俺は決心した。

 イイ。
 この女、すごくイイ。

 結婚しても絶対に束縛しないだろうし、
 何より俺に興味が無い。

 試しにジーッと見つめてみた。すると、俺を華麗にスルーして窓拭き掃除をチラチラ見ていやがる。

 イイ。
 この女、…以下略。

 帯刀フーヅを早期改革するためには、トップになった方が手っ取り早い。実はその打診を祖父と父にしたところ、取引を要求された。『結婚すれば、社長の座を与えてやろう』と。

 裏で母が暗躍していることは分かっていたが、もし結婚するとなれば仕事に支障が出てくる。今までの彼女たちのように時間を奪われると、俺の評価が下がってしまうではないか。

 だからこその松村零だ。

 横井社長からの報告によると、経済的に困っているのだと。だったら、そこを突けばいい。期間限定の契約結婚。いっそそのまま俺に夢中にさせて跪かせるのもアリだよな、なんて甘い夢を見ていたのに。

 あの頃の俺に教えてやりたい。
 …跪くのは自分の方だと。

 世界最強の男だと思っていたのに、松村零の前では世界最弱の男になるのだと。それを思い知るのは、もう少し先のことだ。

 松村との距離はいつまで経っても縮まらず、アッという間に横井社長との約束の日を迎えた。

 恐ろしくボロボロなビルのボロボロなスナック。俺の行きつけの店とは大違いだ。社会経験豊富な横井社長は、むしろこういう店が好きなんだよと言いながらドアを開ける。

「よお!また来てやったぞ~」
「あっ!いらっしゃいませ~」

 職場では見せたことの無い、明るい笑顔で彼女はこちらにやって来て。それから、愛くるしく首を傾げた。

 どうやら見覚えのある男だと俺を認識し、誰だったかを瞬時に思い出せなかったのだろう。

 思わず男前に見えるよう、
 表情を作ってしまう俺。

 …あ、逃げた。

 この時、自分でも驚くほど気分が高揚していて。なぜなら、普段は地味なブラウスとスカートでガチガチに武装している松村が、まるで男を誘うかのように、胸元の開いたドレスを着て濃いめの化粧をしていたせいだろう。

 ギャップだな。
 そう、ギャップなんだ。

 カウンターの奥に逃げたかと思うと、何事も無かったかの様にニョキッと顔を出し、ママとおぼしき女性と話し込んでいる。

 えっと…。
 まさか俺のことを忘れたんじゃ…。

 だって俺だぞ?自分の意思に関係無く、いつでもその場の中心にいて、嫌でも注目の的になってしまうこの俺を。コ、コイツ、本当に忘れてたのか??

 心の底からショックだった。
 これほど意識されないなんて悲し過ぎる。

 どうすれば気にしてくれるんだ?

 時間を掛けてゆっくりと堕とすつもりだった。夢中にさせて向こうから『結婚してください』と言わせるはずだったのに。

 気付けばその日のうちに、こちらから切り出していた。しかも“契約結婚”だなんて。金で強引にイエスと言わせるとか、ほんと最低。

 でも、方法が見つからなかったんだ。
 仕事以外で一緒にいられる方法が。

 追い詰めて、追い詰めまくって手に入れた。このまま本物の関係になれるといいな、なんて。

 多分、最初から間違えてしまったのだろう。どんなに本当の気持ちを伝えようとしても彼女の中では全部ウソに変換されてしまい、その心には届かないのだから。

 好きで好きで好きで。
 頭の中はもう1人の女のことでイッパイ。

 このままじゃ仕事にならないと思い、ようやく零を断つことに決めたのに。やっぱりこうしてノコノコと会いに来てしまう。

 零、やっぱりお前、
 すんげええええええ可愛い。



 ──────────────
 ※明日から零sideに戻ります。

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