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<靖子>
その51
しおりを挟む「あの~、誠に申し訳ないのですが私、剣持さんみたいなタイプって恋愛対象外で。
中学・高校と家族の介護をしていたせいで、甘酸っぱい恋愛を経験していないんですね。だから、爽やか~な男性と一緒に青春っぽくキュンキュンするのが夢でして。
剣持さんはどう見ても新鮮さに欠けると言うか、10歳以上も年上でなんか…こなれ過ぎてます。どんなに頑張ってもキュンキュンは無理でしょ」
ここまでくれば、もう私は止まれない。
ノンストップで熱く語り出す。
「だってですよ。例えば花火大会が有るとして、青春クンならばTシャツに半パンで汗をかきながらやって来て、浴衣姿の私を直視出来ずにテレテレと手を握り、暑くて不快な人込みの中を一緒に歩いてくれるに違いないでしょ?
でもきっと剣持さんの場合は花火が見える高級ホテルのエアコンがガンガンに効いた涼しーい部屋で、シャンパンなんか飲みながら汗ひとつかかずに見ますよね?」
「高級ホテルで…」
明らかに戸惑っている社長と剣持さんを相手に、私はこう続けた。
「はい、シャンパンです。あッ、もしかしてシャンペンですか??パ?ペ?どっちが正解なんでしょう??」
「…そんなのはどうでもイイ」
「ああ、そうでしたか。ですからね、剣持さん、私はとにかく海岸で追いかけっこをしたりとか、初めての手料理は絶対にカレーで、人参嫌いな彼にバレないようにとコッソリ微塵切りで食べさせて後で見つかってケンカしたいんですよ~。
でも剣持さんって絶対に好き嫌い無いでしょ?」
「う…っ、た、確かに無い」
「やだもうオトナ~!!そういうの、全然青春じゃなーい。キャッキャ出来ないのってなんか無理~~」
「……」
気のせいだろうか?
剣持さんの生気がどんどん失われていくような。
ここで社長がようやく口を開いた。
「天下の剣持勇作がこれほどコケにされるとは。
いやあ、俺の中では世界一モテる男だったから。その男をこんなバッサリ斬り捨てるなんて、本当にスゴイ女が現れたものだ…」
ガチャン!
ビクリと肩を震わせながらその音の方を見ると、剣持さんがコーヒーカップをソーサーに不時着させたらしく、カップが倒れそうになっている。
「えっと、零れちゃいますよ?おーい、おーい、剣持さーん」
「決めた!すぐにでも俺と結婚してくれ」
剣持さんはそう言ったかと思うと、傾いているカップを助けようとした私の手を握り締めた。
「ええっ?!話を聞いていませんでしたか??私は青春したいんですってばッ」
「アホかッ!!おい、浦沢靖子、よく聴けよ!こんなにコケにされて、黙っていられるかッ。
いいか、俺はお前と結婚する!
そして俺のやり方でメロメロにしてやる!
思いっきり吠え面をかかせてやるからなッ」
…こ、怖いいぃ。
縋るように社長を見ると、彼はキュッと口角を上げてこう言った。
「あははっ。だからさあ~、偽装結婚ってスリル満点でしかも楽しいんだぞ。経験者の俺が言うんだから間違い無いって!!」
最早、社長の中では偽装結婚がアクティビティとして位置づけられてしまっているようだ。
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