53 / 111
<靖子>
その53
しおりを挟む…剣持勇作の朝は早い。
まず、一杯のエスプレッソで喉を潤し、新聞は少なくとも4紙に目を通す。お気に入りの香水はエゴイストプラチナム。手首などではなくウエスト部分に軽くつけると、そのセクシーな匂いが時間差で立ち上ってくる。
「うあちっ、あー!剣持さん、コレ食べてってくださいよお」
数年前に購入した都心の高層マンション。その最上階の見晴らしの良い部屋で、なぜか彼の妻は梅干しを焼いていた。(※ここでナレーション終了)
「ごめんね靖子ちゃん、俺は要らないよ」
「やだやだ、食~べ~てッ!だって2個焼いたもん。1人で全部食べたら塩分摂り過ぎになっちゃう」
アルミホイルの上でこんがりと焼けたソレを剣持さんの目線まで高々と掲げると、思いっきり遠い目をされた。
「あのね、靖子ちゃん。何度も言うように、俺、朝食はエスプレッソだけでいいんだけど…」
「私も何度も言いますけど、結婚したからには夫の健康管理は妻に全責任が課せられるんです。さあ、こっちに来て一緒に食べましょう。一日の始まりは朝食にアリ…ですよ!!」
ああもう、毎朝このやり取りをするの、本当に面倒臭い。いい加減諦めて、すんなり食べてくれないかな。
「うっ、相変わらずガッツリ和食だね」
「ええ、和食ですよ。朝と言えば白米と味噌汁、それに今朝はコンカイワシをご用意しました!」
「コンカイワシ…?」
「鰯を米糠に漬けたものです。しょっぱくて美味しいから是非食べてください」
「うっ、強烈な臭いだね…」
「あはは!でも美味しいからっ」
「それといちいち梅干しを焼くのは何故だい?」
「なんかテレビで『イイ』って言ってたんです。でも、何がどうイイのかは忘れてしまいました」
「あ、そう…」
「とにかく健康になるから食べてください」
新婚生活1週間目。
もちろん新婚旅行には行かなかった。婚約期間もそれほどデートらしきことはせず、こうして朝晩食事をする以外はこれと言って夫婦らしくない2人である。世の中の夫婦は皆んなこんな感じなのだろうか。
あれこれ悩んでいるうちに、全然違う疑問が口から飛び出てしまう。
「あのう…、剣持さん」
「うん、なんだい?」
「いつになったら、メロメロにしてくれるのでしょうか?」
「ああッ?!…う、ああ」
「ちょっとだけ期待しているんですけど」
「あー、ああ」
「それに全然手を出してくれないのは、もしや任期満了まで清い関係でいるのですか?」
「あ、ああ?!あ…」
いい加減、この辺りで私もキレた。
「もうっ!『ああ』以外に言えないんですか?」
「だってっ!!しょうが無いじゃないか!!」
ぎゃ、逆ギレですか??
「な、何がしょうが無いんですかよ!…って変な日本語になっちゃったでしょッ」
「俺は食事中に喋らないよう躾けられてんの!それをしつこく話し掛けてくるからっ」
たぶん、色々と情緒不安定だったのだ。そんなに親しくない相手と、慣れない同居生活。しかも心なしかその相手は私が苦手らしく。話し掛けると明らかに身構えている。
何が距離を縮める…だ。
何が恋愛を学べる…だ。
こんなの全然、話が違うでは無いか。全てが失敗だったような気がして、思わずボロボロと泣いてしまう。
「うわっ、なんで泣くんだよ?!ごめん、俺の言い方がキツかったか??」
「うーっ、剣持さんのバカァ…。こんな生活ヤダ…。もっと楽しくしたいのにぃ」
大量のティッシュが目に押し付けられ、そのあとグイグイと抱き締められた。
「そんなこと言うなよ~。確かに俺が悪かったからさ、…その、頑張る!もう躾とか忘れて食事中だろうと喋っちゃうぞ」
「ほんと?」
「ああ、もちろん本当だ」
「うふふ、剣持さん、優しいね」
意外なことに。
いざ一緒に暮らしてみると、剣持さんは全然俺様じゃなくて。むしろ私に振り回されている感じで。こちらから要望を出すと何でもそれを受け入れ、すぐに叶えてくれるのだ。だから、もう一度だけ言ってみた。
「あのう…、いつになったらメロメロにしてくださるのでしょうか?ほんのちょっと期待しているんですけど、もしかして今晩あたりに実現されますか?」
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
肉食御曹司の独占愛で極甘懐妊しそうです
沖田弥子
恋愛
過去のトラウマから恋愛と結婚を避けて生きている、二十六歳のさやか。そんなある日、飲み会の帰り際、イケメン上司で会社の御曹司でもある久我凌河に二人きりの二次会に誘われる。ホテルの最上階にある豪華なバーで呑むことになったさやか。お酒の勢いもあって、さやかが強く抱いている『とある願望』を彼に話したところ、なんと彼と一夜を過ごすことになり、しかも恋人になってしまった!? 彼は自分を女除けとして使っているだけだ、と考えるさやかだったが、少しずつ彼に恋心を覚えるようになっていき……。肉食でイケメンな彼にとろとろに蕩かされる、極甘濃密ラブ・ロマンス!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる