かりそめマリッジ

ももくり

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<靖子>

その62

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 だってそこのお嬢さん、聞いてくださいよ。

 恋愛関係を進めるには幾つか段階があって、最終ゴールが結婚なワケでしょう?なのに私たちの場合、愛の告白も何もかもすっ飛ばして、始まりが結婚なんですよ?じゃあ次はどれなんだという話で。

 しかもこの恋愛ド素人の私には、何が最善なのかサッパリ分からなくて。勇作に対して無駄に突っかかる今日この頃。普段、ツンケンしているクセに、急に『好きです』とか言うの?そんなの支離滅裂だよね?

「晩御飯、適当に買って来たよ。左手とは言え、使えないから料理は無理だろ?」
「え…あ…、ありがとう」

 見るからに高級そうなお惣菜を見つめながら、微かに目を細めた。お、美味しそう。そう言えばお腹がすいたな。とにかく食べてしまおうか。何もかもその後で悩めばいいや。そう考え直した私は、ちんまり座って食事を開始する。緊張しているのが勇作にも伝わるのか、なんとなく寒々しい感じの空気である。

「ごめん、本当に俺のせいで。左手が不自由だと日常生活に支障が無いか?って、まだケガをしてから1日経っていないし、具体的にどこがどうとは言えないだろうけど。あ、お風呂はどうする?片手では難しかったら手伝うよ」

 どうやって?と問いたかったが、我慢する。その答えは分かり過ぎていたからだ。

 私だけが素っ裸で、勇作は軽装。
 あるいは2人とも素っ裸…多分この二択だろう。

 いつか結ばれるかもとは思っていたが、初っ端からこの貧相な体を明るい浴室で披露するのはさすがに抵抗を感じる。だってゴージャスさんのわがままボディを堪能したこの男に、庶民靖子の身体はどう映るのか。

 いや、そこは乗り越えなければいけない壁なのだろうが、いきなりでは無く徐々に披露させて貰いたいところである。きっとゴージャスさんだけではなく、たくさんの女性と関係してきたのだろうな。だからお風呂に裸で2人きりとか、勇作にとって何でも無いことなのかもしれない。

>意外と男性って壊れやすくて繊細で
>ビビリでヘタレで可愛いの。

 ふと零の言葉が脳内に大音量で再生され、意図的にそれを繰り返してみる。大丈夫、怖いのは私だけじゃない。勇気を出して少し進んでみようと考えた私は、意を決して『じゃあお願いします』と答えた。

「…じゃあ、始めるぞ。いろいろと不手際は有るかもしれないがどうか容赦して欲しい。では…」

 えっと、まさかこうなるとは。

 “私だけが素っ裸で、勇作は軽装”あるいは
 “2人とも素っ裸”の二択だと思っていたら、

 “水着着用”という選択肢も有ったらしい。

『さあ!持って来い』と言われた時には驚いた。取り敢えずビキニだったから良かったものの、ワンピースだったらどうするつもりだったのか。ひたすら苦笑いで左手を上げ続ける私。

 骨折と言っても第二関節が少し剥がれただけで、思ったより痛みは酷くない。医師からは普通に生活して良いと言われているのだが『それでも絶対に患部を濡らすな』と。

 ギプスではなく簡単な装具を付け、その上から包帯グルグル巻にしているので、濡らすと包帯を替えなければいけなくなるからだ。だからビニール袋で保護し、ひたすら左手を天井に向かって上げ続けるしか無いのである。

 とにかく初日なので勝手が分からず、特に洗髪には苦労させられた。生まれてからずっと短髪だったという勇作は、私のように胸まである長い髪を洗うこと自体、初経験だったに違いない。

「なんか洗っても洗っても泡切れが悪いな…」
「えっと、シャンプーの量が多過ぎかも…」

 心無しか会話も弾まない。この特殊な状況があまりにも気まずくて辛い。

「俺のTシャツ、ビチョビチョだ」
「風邪ひかないでね」

 椅子に座り、左手を上げた状態で頭を前に下げているのだが、この姿勢が地味にキツイ。少しでもウエストを細く見せようと必死で腹を凹ませているせいかもしれないが、とにかくいろいろと限界を迎えそうなのに勇作は無駄に几帳面で完璧な洗髪を目指し、いつまで経っても作業を終えようとしないのだ。

 更に怒涛のコンディショナーへと突入。

「女は大変だよな。俺、コンディショナーとか生まれてから一度も使ったこと無いよ」
「は、…はふ」

 何だかそろそろ限界が見えて来たようだが、お世話して頂いている手前、どうして急かすことなど出来ようか。
 
 頭に血が上ってきた…。
 鼻にお湯が入るよ…。
 そろそろ左手を下げたいなあ…。

 既にこの時点でお腹を凹ませることは放棄し、とにかく早く作業が終わることを祈ってみる。そんな私に、悲しいお知らせ。

「あ、ごめん、コンディショナーだと思ったら間違ってもう一回シャンプーを使っちゃった」
「に、二度洗い大歓迎!フゥ~ッ!!」

 気を遣わせまいと必死で明るく振る舞ったのに、強靭な精神とは違い、身体は軋み始めるのだ。

 
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