かりそめマリッジ

ももくり

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<茉莉子>

その70

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 …………
「あの…本当に榮太郎様なのでしょうか?いえ、直接お会いしたことは無いのですけれど、周囲の方々が仰る人物像と余りにも異なるかと」

 その女性は、とても清楚な感じの美人で。今日という日に命を懸けてやって来たようだが、目の前のブス男を見て明らかに落ち込んでいる。

「はい、本当にボキが帯刀榮太郎でふ。周囲の人の言うことなんてアテになりませんよ。どうせ超イケメンとかそういう感じのでしょ?…きっとそれ、弟のことでふ。政親というんですが、かなりの美形でふよ」

 ボ、ボキって。
 何かもうノリノリだな、この人。

「そう…だったのですか。いえ、あの、実は私、長年お付き合いしている男性がおりまして。父にどうしてもと言われて、泣く泣くこのお見合いの席に参りましたの。ですから、その…今回は…」

 私の隣りで榮太郎がニヤリと笑った。それから『待ってました!』と言わんばかりに前髪を分け、ニキビを拭き取り、出っ歯を外す。すると例のキラキラフェイスが登場した。

「…?!」

 見合い相手の女子が分かり易く表情を変え、そしてひたすらガン見している。

 穴が開くほどに、見る!見る!見る!

 さ~ら~に~、
 首をスイングさせ斜め下の角度からも見る!

 それを満足気に眺めながら榮太郎は言うのだ。

「ちょっと遊び心で変装したのですが…。せっかくこうしてお会い出来たというのに、縁が無かったのですね。本当に残念だなあ」
「う、嘘でーす!!」

 清楚女子、目が血走ってるし。

「は?何がでしょうか」
「付き合ってる男性なんかいません!!いつでも結婚出来る清いカラダですッ!入籍はいつにしますか?私、今でも良いですよ」

 チラチラと見てくる榮太郎の視線を感じたが、気付かないフリで文庫本を読み耽る。『何をしているのか?』ですって??それは私の方が訊きたいわッ。

 ほんとにもう、まったくもう!!

 帯刀家から“結婚を前提に交際したい”との連絡を受け、狂喜する両親から聞かされたのは、本日この時間にホテルのロビーへ行くようにと。仕方なく来てみると、何故か隣りに座らされ、後から清楚女子がやって来て。突然、お見合いが始まってしまったのである。

 私の存在を『混んでいるから相席をお願いした』などと説明し、淡々とソレが始まってしまったのだが、普通はおかしいと感じるよね??

 天然なのか、お嬢様だからかは知らないが、清楚女子は何の疑念も抱かずにそこにいる。いや、もしかして見合い相手の男性が評判と違い過ぎるブス男だったせいで混乱し、他はどうでも良くなっただけかもしれない。

 何となく榮太郎の意図は透けて見えた。他の女性の反応を見せてドヤ顔したいのだろう。…なんかもう、本当に本当に面倒臭い男だ。急に無口になった榮太郎に向かって、清楚女子は怒涛のアピールを開始する。

「こう見えて私、料理は得意なんですの。青山クッキングスクールに通っておりまして、あの青山智久先生から直接教わっていますのよ。ご存知の通りK大を卒業しておりますし、語学も堪能ですから、海外からのお客様にも落ち着いて対応出来ますわ。あーたら、こーたら…(以下延々と続く)」

 テンションの差に吃驚だ。

 ブス男の外見だった時はハイブリッド車よりも静かだったのに、美形だと分かった途端、どこぞの暴走バイクよりも煩くなるだなんて。

 分かり易いなあ、この人。

 そんなことよりも、相手が本気で結婚を考えているのに、私に見せつけるためだけにその気も無い見合いをしているのか、榮太郎は??

 このまま何時間でもアピールを続けそうな女子の話を遮り、彼はワザとらしく腕時計を見つめながら唐突に見合いを終了させた。

「ああ、申し訳ないのですが、時間だな。この後、仕事が押しているので今日はこれで」
「ええっ、でも、あの、あ!お仕事をしている姿も見たいので一緒について行きますよ!」

 チッ。

 明らかにこの男、舌打ちをしたぞ。それが聞こえているはずなのに、清楚女子は爽やかに微笑んで尚も粘るのだ。

「いえ、さすがに職場は…」
「榮太郎さん、どうか遠慮なさらずに」

「遠慮なんかしていませんよ。遠回しに言っても伝わらないようなので、ハッキリ言いますね。ク・ル・ナ!!」
「あはは、ハイハイ、…ではもう出ましょうか。職場への移動手段はタクシーになさいます?ホテルの前から2人一緒に乗れますものね。指定のタクシー会社などございますか?」

 思わず文庫本の捲った頁を元に戻した。えっと、大丈夫なんだろうかこの人??なんだか、清楚女子の目が尋常では無くなっているような…。

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