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<茉莉子>
その78
しおりを挟むペコリと一礼を残して私は妖魔から離れ、そのまま榮太郎の部屋へと移動する。
部屋って普通はドア1枚だと思うでしょッ?!
ドア2枚が3カ所にあるからねッ!!
ただでさえ広い2階の、その殆どが榮太郎の部屋になっており。一番手前のドアを開けて中に入ると、ガラス張りの浴室まで設置されていた。ていうかコレ、防音にする意味分かんないし。誰に何を聞かれるというのか??
そんな疑問に眉間を顰めていると榮太郎が言う。
「隣りは母の部屋だから、気を抜かないでくれ」
「で、でも防音なんですよね?しかもこんなに広ければ何をしていても大丈夫じゃないですか??」
そう答えると榮太郎は悲し気に首を左右に振る。
「妖魔はそんなに甘くない」
「…ほォ?」
思わずフクロウみたいな声が出た。
「母は元々、帯刀家の使用人だったところをその辣腕を認められ、大叔父の養女になった上で父と結婚したという経歴を持つ人なんだ」
「そんな凄い人なのですか…」
麗しいその顔を歪めて榮太郎は語る。
「その昔、俺に彼女が出来てホテルへ行こうとしたところ、突然従者が現れてソレを阻止し、その従者は母からの伝言をこう暗唱した。
>帯刀家の後継者たるもの、
>どこの馬の骨とも分からない女性と
>性交してはなりません。
>一夜の過ちで相手が孕んだ場合、
>その子が次の後継者となり得るのです。
>もっと自覚をお持ちなさい。
>この母の選んだ相手としか
>性交してはいけません。
実はその当時、父の従兄弟がデキ婚したんだ。でも僅か3年で離婚して、子供の親権で色々と揉めたんだけど、その時に托卵されていたことが判明しちゃってさ」
「托卵?」
「要するに他の男の子供だったんだよ。父の従兄弟は女遊びが派手な人だったから、あちこちに手を出してて。避妊はシッカリしてたらしいんだけど、どの方法も“絶対”ってワケじゃないからさ。しかも妊娠と言われたのが初めてだったから…」
「それで責任を取って、結婚したんですね?」
コックリと榮太郎は頷く。華麗なる一族にも相応のリスクが伴うようだ。
「血液型とかは合ったけどやっぱり顔がね、成長するにつれて全然違ったんだって。それで検査したところ、クロだったと。そんなことが有ったものだから、ウチの母、異常に神経質になってしまったんだな。
弟にはそんなでも無かったけど、俺にだけ性交禁止令が出されて。
だから俺、恥ずかしながら未経験なんだよ」
──ハツモノ!!
女にも男性ホルモンが分泌されるそうだが、私の男性ホルモンが雄叫びを上げた気がする。
こんなにキラキラした見た目で、ほんのり頬を染めながら『未経験なんだ』とか言われたら、もう気分は女衒だ。このカワユイ処女の商品価値を、真剣に見定めてしまうのは仕方ないではないか。
ゴメン、榮太郎。
そういう目で見ちゃって。
でもアンタが悪いんだよッ。
「…その、もちろん茉莉子は経験あるよね?」
「え?!ああ、はい…」
私のことになんて興味あるのか?!
本当は無いんでしょッ?!
「だって彼氏いたもんな。普通はそうだよな」
「あー、うん…」
ごめんね榮太郎、否定はしません。
だってアンタ普通じゃないしッ。
28歳でドウのテイって、しかもそのルックスでドウのテイって、絶対に絶対に異常だよッ。
「でも榮太郎の意思でそうなったんじゃ無いし、そんなに落ち込まなくても…。これから頑張れば大丈夫だよ!!」
動揺の余り、意味不明な励ましをしてしまった。いったい何をどう頑張れと言っているのか、私。
「そ、そっかな?じゃあ、頑張る」
お前も何を頑張るか分かって言っているのか?
ええい、『えへっ』と可愛く笑うんじゃない!
物凄く気まずい空気が流れ、そのタイミングで家政婦さんが晩御飯が出来たと呼びに来てくれたので、1階へ向かうことに。
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