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<茉莉子>
その79
しおりを挟む既に着席していた妖魔は黒のシフォン風ドレスに着替えており、口元だけで笑ってこう言った。
「我が家は食事中に会話をしませんから。茉莉子さんもそれに慣れて頂戴ね」
「はい」
シ──ン。
咀嚼している音さえ大きく聞こえるような晩餐。
メッチャ気を遣うし、息苦しいっつうの!!
心の中では荒ぶりながら、表面上は粛々と食事を続ける私。ああ、こんな家で上手くやっていけるのかな?っていうか、何でこんなことに巻き込まれたんだっけ?
榮太郎が早く本命の女性とくっつけばお役御免になれるはずだけど、ドウのテイだと分かった今は1年ごときじゃどうにもならない気もする。
「…ごちそうさまでした」
無事に食事を終え、団欒するでもなくその場で解散となったので、我ら2人は榮太郎の部屋へ。
「来客用に元々用意して有ったものなんだけど、着替えとかこれで良いかな?」
「たぶん大丈夫だと思います」
パジャマを差し出されたので、受け取ろうとすると手と手が触れ合った。
ん?気のせいかな。
思いきり手を握られている感じが…。
「えっと、あの、榮太郎??手を離して」
「う、あの、俺!未経験だし、その…教えて…、しっ、指南して欲しいんだけどッ」
一瞬、言っている意味が分からなくて、それからすぐに理解する。
「わ、私に?!お初をくれちゃうの?」
「ああ、そうだ、貰ってくれ!!」
遠くでサンバが聞こえる(※たぶん幻聴)。軽快なリズムの合い間にホイッスルがピーピーと鳴り響き、ようやく正気に戻った。
「えと…ダメ…です」
「ええっ?!なんで?いいじゃないか!」
途端に立場逆転。
オトメの役割が私に、オトコの役割は榮太郎へ。
なぜ急に強気で攻めて来るんだ、榮太郎よ。
「だって、そういうのは好きな人としなくちゃ。しかも榮太郎は初めてなんだから、その相手はすごく重要だと思う…んですけど…」
「いい!茉莉子でいい!!」
グイグイ(※押してくる音)。
「だって、好きな人がいるんでしょう?その人といつか結ばれた時に後悔しますよ」
「しない!茉莉子がいい!!」
グイグイ(※更に押してくる音)。
「落ち着いて、よく考えてくださいよ。もし間違って妊娠でもしたらどうするんです?」
「間違ってない!だって俺、茉莉子が…から」
残念ながら語尾は聞き取れなかったが、たぶん大したことは言っていないと判断し、尚も断り続けた。
「あのね、私にだって感情は有るんですけど!突然部屋に連れ込まれて、オカアチャンの指示通り子作りしようと言われてもハイそうですかとはいかないでしょうがッ!!いったい私のことを何だと思ってるんですかッ」
その言葉に榮太郎の顔が哀し気に歪み、ようやくグイグイが収まった。
「ごめ…ん。そうだよな、確かにそうだ。茉莉子の気持ちを全然考えてなかったよ」
「分かって頂ければ良いのです」
「仲直りのハグしてもいいか?」
「はい、どうぞ」
両手を広げて待ち受けると、榮太郎は私の胸に飛び込んできて、その顔をグイグイと押し付けてくる。
やっぱりグイグイが好きなんだな。ていうか、こんな子供みたいに思いっきり抱き着いてこられると母性が…。
なけなしの母性本能が活発に動き始め、未だかつてない感情が怒涛のように湧き出し、気付けばその頭頂部をクンクンと嗅いでいた。
家族でさえも、こんな密着することは無いのに偽装結婚するとはいえ、くっつき過ぎだよね?離してくださいと言いたいのに、どうにも抗えないこの魅力。
年上でしかも異性なのに…可愛い。
どうなってるんだ、帯刀榮太郎?!
クッソ可愛いんですけどッ。
ええい、頬をスリスリしてくるなッ。
可愛さ倍増するだろうがッ。
キュン…って、いったいどうなってるんだ私ッ。
ふわふわの柔らかそうな髪に、大きく潤んだ瞳。心なしか微かに赤く染まった唇がキスを求めて尖っているようだ…。って、相手は男だしッ。しかも私のことなんて好きじゃないしッ。気を確かに持つんだ、茉莉子よ!!
自分で自分を叱咤激励し、根性で榮太郎を引っぺがす。
あ、あれだな、えっと、そう…愛玩犬!!あの『キュン』は恋愛感情とかでは無くて、可愛い生き物に出会った時のトキメキというか、とっ、とにかく違うのだ!!
「あのさ、ベッド1つしかないし一緒に寝る?」
キュン…って、またかいッ。
しっかりしろ、私の根性無しッ。
「私は別にソファで寝ても構いませんけど」
「うーん、だってソファだとさ、手前のドア開けてすぐのスペースにあるだろ?そこは家政婦さんの出入り自由なんだよ。勿論ノックはさせているんだけど、もしかして熟睡していたら気づかないうちに家政婦が来て、俺たちが別々に寝てるのがバレちゃうだろ?そしたら絶対、母さんに報告すると思うんだな」
そ、それでは全てが台無しになるではないか。
「じゃあ一緒のベッドで寝させて頂きます。あの、寝相は良い方なのですがイビキ等かいた場合は笑って許していただけると有り難いです」
「うん、分かったよ」
そんなこんなで、結局寝床を共にすることに。
まあ、キングサイズのベッドだし、それぞれが両端に寄れば接触することも無いと思ったのだ。だが、その前に色々と予想外の事件が起きるのである。
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