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<茉莉子>
その100
しおりを挟む「茉莉子ちゃん、今度の日曜って空いてる?」
普通だったらデートの誘いかと思うところだが、相手が店長なのでそんなワケ無い。きっと仕事の打診に決まっているのだ。
「う…えっと、分かりません」
「じゃあ、空けておいてよ」
最近、店長は私の操縦法を身に着けたようで。実にさり気なく自分が望む方向へと誘導してくださるのだ。
「あの、でも、土日は夫が休みだから…」
「平日の夜ですら、一緒にいると息が詰まるとかボヤいていたじゃないか。浮気男にそんな義理立てする必要は無いよ。それにさ、俺といる方が楽しいだろう?」
「う…うほうほ」
まだ既婚者の身としては『はい』と答え難く。雇用主に向かって『いいえ』とも言えないので、結局オランウータンみたいな返事になってしまった。
「新メニューの試食をして欲しいんだ。お盆の時期で、俺以外のスタッフは帰省するし、その日は休店にするんだよ。茉莉子ちゃんってこっち出身で帰省とか関係無いと言ってたよね」
「えっ?でもそれって…」
店長と私の2人きりということになりはしないだろうかなんて思ってみたりして。
「それって??」
「う…うほうほ」
ごめんなさい。私ごときをアナタ様が襲うワケないですよね。身の程知らずな妄想をしてしまいました、反省。
「じゃあ午前10時に来てくれるかな」
「う、え、あ、はい」
店長には渋って見せたものの、どうせまた榮太郎は仕事で不在だろう。いや、本当に仕事かどうかは不明だ。もしかしてコトリさんと仲良くしているのかもしれないが、そんなことを訊いてどうする。
目標金額50万円。
それを達成したらこちらから離婚を切り出す。
計算すると偽装結婚が1カ月前倒しになるだけなのだが、こちらも生活が掛かっているのだ。着の身着のままで家を出るワケにはいかない。
ところが帰宅してすぐ榮太郎がこう言った。
「あのさ、茉莉子。次の日曜は一緒にいられるから」
さあ喜べ…と要求しているかのようなその表情。
いやいや、喜べないし。
その日は店長と約束してしまりこだし。
「日曜はちょっと…、あの、先約が…。土曜ではダメでしょうか?」
「ごめん、土曜は支店を視察予定なんだ」
榮太郎と店長を天秤にかけてみる。すると、やはり今後の付き合いは店長の方が長そうだという結論に至った。
「でも、…かなり以前から約束していまして。今回はそちらを優先させてください」
「そっか…。しょうがない、急だったしね。じゃあまた。次はなるべく早めに言うよ」
って、そんな悲し気な顔をされると自分が極悪人になった気がする。
その晩、珍しくベッドで榮太郎が私に触れようとしてきたが、ヤンワリと断わり。関係は悪化の一途をたどっているのに、お義母様からの『子作りしろ』という催促は日毎にしつこくなって来て。逃げるように私は仕事へのめり込み、仮面夫婦は見事な鉄仮面夫婦へと格上げされた。
そのうち、何故か帰宅時間の遅かった榮太郎が急に早く帰ってくるようになって。表面上は無関心を装われているものの、どうやら疑われているようだ。
…えと、何を??
それは私にも分からないが、とにかくいちいち質問してくるので辻褄の合わない返事をし、突っ込まれることが多くなった。
「おはよう茉莉子。今日もスポーツジムかい?実は知人の奥さんがそこでインストラクターをしているらしくてね。キミを知っているらしい」
そんなバカな。
だって私、本当はジムに通って無いし。
引っ掛けか?引っ掛けなのだな??
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