かりそめマリッジ

ももくり

文字の大きさ
101 / 111
<茉莉子>

その101

しおりを挟む
 
 
「その方の名前を教えてくださいませんか?」
「中田さんというんだ。ヨガインストラクターなんだって」

「おかしいですね。ヨガは1クラス定員20名で名札を付けているワケでも無く、自己紹介したワケでも無いので私を知っているとは考え難いのですけれども…」
「ああ、俺たちの披露宴に出席していたから、顔で分かったそうだよ」

 だから私、ジムに通っていないんだってば!

 動揺していることを悟られてはいけないと思い、薄い笑みを顔に貼り付ける。ここはダンマリコで通すしかない。

「料理教室とスポーツジムで平日の日中は殆ど出掛けて家にいないんだって?母さんが寂しがっているから、たまには相手をしてあげてくれよ」
「はい」

「そう言えばスイムコースに通っているのに、水着を洗っている気配が無いよね」
「自分で手洗いしているのです。榮太郎が帰宅する前には渇いて片付けるから、そう思うのかもしれませんね」

 な、なんだなんだ。
 ひたすらジーッと凝視されている私。

「どこに干しているんだい?家政婦さんたちは見たことが無いと言ってるよ」
「んに、2階の浴室でッ」

「へええ、ほおお。ウチの浴室にそんなハンガーを引っ掛けられるような箇所が有ったっけ…」
「はい」

「有るんだ?」
「はい」

 い、意地悪っ!
 本当は分って言ってるんでしょッ!

 いいじゃん、そっちも色々と隠してるクセに。

「じゃあさ、茉莉子…」
「ああ、もう時間ですよ。これ以上、お迎えの車を待たせてはいけません」

 シッ、シッ。
 背中を向けた彼に、野良猫を手で払うような仕草をする私。ええい、突然振り返るなよッ。

「茉莉子、最近冷たい…」
「私は元々こんな感じですっ。さあ、早く行ってくださいってば!」

 こんな女にしたのはアナタなんですよ。私だってそりゃあ、可愛い女になりたかった。でも、アナタが選んだのはコトリさんでしょ?

 今更、可愛くなんてなれませんよ。




 …………
 そして、ようやく約束の日曜日。

「おはよう、茉莉子ちゃん。今日もご機嫌麗しそうだね。じゃあ、宜しく頼むよ!」
「はい、かしこまりこ」

 やっぱり必要とされることは嬉しい。荒んだ私生活とはかけ離れた、店長の陽気さに心が癒される。

 軽いように見えて仕事では手を抜かない店長は、ハンパ無い皿数を用意しており。その1つ1つを食べ、評価し、メニュー名や単価計算を綿密に考える。なんだかんだ言って、全てが終わるまでに4時間ほど掛かってしまった。

「う…わあ。いつもの半分の時間で終わったよ」
「えっ、今まで8時間も掛かってたんですか?」

「うん、たまに食通の友人とかに頼んで、同じように試食させてたけど捗らなくて。やっぱ茉莉子ちゃんは神だわ」
「それは大ゲサですって」

「ほんともう、噛めば噛むほど味が出てくる。冗談抜きで手放せないよ。あのさ、何だったらあの浮気男と早く別れちゃいなよ。で、この店の上で俺と一緒に住まない?」
「う…うほうほ?」

 予想外の展開になりそうである。何度でも言うが、軽そうな外見とは異なり店長は非常に仕事熱心な男なのだ。だから、この優秀な人材(うふふっ)を囲い込もうとしているのかもしれない。

 だって私、2人分くらいの働きをしているし。とっても頼れる、タフでクールな女だからっ!

「えと…ほら、俺、ここの3階に住んでるだろ。2階は倉庫になってて、空けようと思えば半分くらいスペースが出来るんだよね。申し訳ないけどトイレとかお風呂は俺と共同で、光熱費は無料でいいし、家賃も1万円でいいや」
「そ、そんなに安くていいんですか?!」

 なんたる魅力的なお話。

「食事も昼夜勤務してくれたら賄いを出すし、そうすれば出費も減るだろ?」
「はい、すごく助かります!!」

 こんな話、美味し過ぎて逆に怖い。まさかタダ働きしろとか言い出さないよね?それともこの豊満なボデーを狙ってる??

「フルタイムで入ってくれるようになったら給料も今の倍にするし、ゆくゆくは正社員に…」
「あのう、店長?どうしてこんなに良くしてくださるのでしょう」

「それは…その…。あまりにも茉莉子ちゃんが、か、可愛いから…」
「う…うほうほ?」

 ちょ、愛の告白、キタ──ッ!!


しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

なほ
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模るな子。新入社員として入った会社でるなを待ち受ける運命とは....。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

肉食御曹司の独占愛で極甘懐妊しそうです

沖田弥子
恋愛
過去のトラウマから恋愛と結婚を避けて生きている、二十六歳のさやか。そんなある日、飲み会の帰り際、イケメン上司で会社の御曹司でもある久我凌河に二人きりの二次会に誘われる。ホテルの最上階にある豪華なバーで呑むことになったさやか。お酒の勢いもあって、さやかが強く抱いている『とある願望』を彼に話したところ、なんと彼と一夜を過ごすことになり、しかも恋人になってしまった!? 彼は自分を女除けとして使っているだけだ、と考えるさやかだったが、少しずつ彼に恋心を覚えるようになっていき……。肉食でイケメンな彼にとろとろに蕩かされる、極甘濃密ラブ・ロマンス!

処理中です...