泣きながら恋をする

ももくり

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夜の歩道橋

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ま、まずい。
これじゃ流される。
  
真面目そうなクセしてキスが超上手いなんて、それもあの遊び慣れたIT社長よりも上手いなんて。唇を啄みながら咥内へと舌が滑り込み、私の舌をからかうようにゆっくり絡んでくる。
 
ダメ、絶対にダメ。この人は私で遊ぶつもりなんだ。彼女と別れた当日に別の女と付き合い始めるはずが無い。
 
ヘナヘナになりながら、私はどうにか踏ん張る。
 
「遊ばれるなんて、まっぴらゴメンです。私を抱きたかったら、相応の覚悟を見せてくださいッ。自慢じゃないけど、一晩だけの関係なんてしたこと無いですから!」
 
暫く睨み合っていたかと思うと、いきなりボスはへたり込む。えええっ、まっ、まさか、寝た?…どうやら先程のやり取りを誤魔化すための照れ隠しとかではなく、本気で寝ているようだ。
 
戸惑う私の思考を遮るかの如く、なぜか脳内でHYの『366日』がリピートする。
 
♪…おぼえてぃるうのおお~~
 
覚えてる場合じゃないぞ、私。
どうするんだ、コレ。
 
ボスの家なんて知らないし、ホテルとかにも連れて行けない。そもそも、この細腕で成人男性を担ぎながら歩道橋を降りるなんて絶対無理だ。
 
「ンゴ」
 
私の気持ちも知らずに、ボスがイビキをかいた。
なんだよ、この緊迫した状況で愉快過ぎるよ。
  
取り敢えずスマホのアドレス帳を開いてみる。現在の時刻は22時。こんな遅い時間に来てくれるのは、よほど私に惚れているか、アホしかいない。そんな危篤な人間…ハッ、見つけてしまった。前の部署で唯一、気軽に話せた存在。この人なら、フットワーク軽そう。しかも、呼んだらホイホイ来そう。
 
プルル…。
 
勇気を振り絞って電話してみると、驚きのワンコールで彼は出た。
 
「長澤ですけどッ」
「あ、あの、森ですが…」

とにかく困っている感じを前面に押し出して、状況説明。
 
「いいよ。そっち行くから場所教えて」
「ええっ、本当にいいんですか?」
 
マジで?!
自分で頼んでおきながら驚く私。しかし、彼は本気のようだ。再びHYの『366日』が頭の中で鳴り響く。

♪おかしいでしょおおお~…
 
おかしいけど、助かる!
有難う、長澤さん。
 
場所を細かく伝え、待つこと30分。颯爽と登場した長澤さんは微笑みながらボスを背負い、軽快に階段を下り始める。相変わらず、チャライな。だが、気に入った。アンタ、意外といいヒトだ。
 
「あのさ、俺と原って同期なんだよね」
「え、あ、そうなんですか?」

「知らない仲じゃないし、コイツは俺のマンションに連れて行くよ。森さんは自分んちに帰りな」
「お言葉に甘えて、そうします」
 
ペコペコとお辞儀して、そのままタクシー乗り場で解散。
 
私、今まで外見で誤解されてきたけど、自分も長澤さんのことをそうしてたや。などと深く反省し、数日後に御礼がてら一緒に食事した。さすが営業職を生業にしているだけあって愉快なトークに心も弾み、それ以降も2度3度と会うようになって。
 

──なぜか1カ月後に私は、
『ボス』と付き合い始めていたのである。
 
 
 
 
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