泣きながら恋をする

ももくり

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ボスとの日々

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彼は言った。
 
「森さんは意外と真面目で堅いんだな。どうだろう、このまま付き合ってみないか」
 
私は答えた。 
 
「えっと、誰とですか?」
「勿論、俺とだよ」
 
紛らわしくて申し訳ないが、ここに登場する『俺』とはボスのことで。ここ3日ほど2人きりで残業しており、帰り支度をしていた際にそう言われたのだ。だから突然のことに驚きながらも、視線をがっちり絡めたままで私はボスに問うた。
 
「あの、でも、原さんは私みたいなタイプって好きじゃ無いですよね?」
 
だって元カノが清楚で可憐な松崎さんだし。
 
「ん?ああ、たまに趣向を変えてみるのもいいんじゃないかと思って。残念ながら、女性との交際が長続きしなくてな。もしかしてキミのような感じの女性となら、続くかもしれないだろう」
 
実験ですか?
実験なんですね??
 
ちぇ。『好き』とかそういうんじゃ無いんだ。
 
NOという選択肢もあるけど2人きりの仕事が多いから、断った後が気まずい。
 
まあ、別に嫌いじゃないし。最近、長澤(既に呼び捨て)とイイ感じだけど、いつまで経っても恋愛に発展しそうに無いし。ボスだったらIT社長と違って独身なのは確かで、彼女がいないのもハッキリしている。
 
…ん、いっか。
 
このときは、なぜかそう思ったのだ。
 
「いいですよ。私で良ければ」
「悪いが2人の関係は他言無用で頼む」
 
「はい、承知しました」
「ということで、今日から宜しく」
 
 
淡々と。
そう、淡々と交際開始。
 
仕事の延長みたいな、そんな事務的な関係のままで気付けばいつの間にか、1カ月の月日が過ぎていた。まあ、なんだかんだで結局、どんな始まり方であろうと私は
 
恋をしたいのだ。
 
だから、相手の良いところを必死に探してそれを膨らませ、どんどん好きになる。いや、好きになろうとする。そして相手にも好きになって欲しいので、ひたすら尽くしまくる。その昔、誰かが言っていた。恋愛中の私は色気に溢れ、異常なまでに男性を惹きつけるのだと。
 
「…誰にでもあんなことするの、止めろよ」
 
ボスの部屋に入っていきなり、そう言われた。先にシャワーを浴びるからと、ネクタイを外しながら彼は続ける。
 
「さっき会社で、高桑の顔についてた睫毛を取ってやってただろ?あんなこと普通の女はしないから」
「あ、うん。でも、目の際だったし、あのまま目に入ると痛いかもって…」
 
「普通は、しない」
「…はい、ごめんなさい。気を付けます」
 
普通って何だろう。
 
この人は私をビッチのように思っていて、他の男性と会話するだけで『誘っているんだろう』と責めてくる。でもね、他部署の人から聞いたんだけど、アナタが未練タラタラなあの松崎さんはずっと二股してたんだって。
 
私はこう見えて一途なんだけどな…とは言えず、悶々とした気持ちのまま買って来たミネラルウォーターを飲む。ふふっ、昔は『大人になれば恋愛の達人になれる』って、『器用で洒落た恋愛が出来る』って、そう思ってた。
 
26才の私はもう、オトナと呼ばれる年代で。なのに、未だ達人にはなれぬまま。教科書通りの『付き合いましょう』から始まった恋愛ですら、悪戦苦闘している。
 
そう、1つだけ分かったことは、黙っていても私の気持ちを勝手に理解し、まるごと愛してくれる優しい男性…そんな人はいないというコトだけだ。
 
言わなければ何も伝わらない。
現実はそんなに甘くない。
 
「次、シャワーどうぞ」
「はあい。あ、原さん、ビショビショ。ちゃんと拭かないと、風邪ひいちゃうよ」
 
彼が首にかけているタオルを手に取り、そっと髪を拭き始める。すると、一瞬だけその頬に赤みが差して照れたように表情が和らぐのだ。これを、堪らなく可愛いと思うのは、恋なのだろうか。
 
この気持ちを積み重ねていけば、
私たちは続けていけるのかな。
 
「え、あの、原さん?!」
「恵麻がエロいから悪い」
 
「だって、まだシャワー浴びてないし…」
「俺が浴びたからいい、気にするな」
 
「やだ、すぐに入ってくるから、待っててよ」
「待てない、ムリ」
 
強引に体を求められ、そして繋がることも本当は嫌じゃなかった。仕事は並外れてデキるのに、私生活は不器用。独占欲の固まりで優しい言葉も苦手な、そんなこの人を本気で好きだったと思う。
 
 
 
けれど、
やっぱり現実は残酷で。
 
 
「ごめん、恵麻。別れてくれないか」
 
松崎さんがヨリを戻したいと言い、
彼は2つ返事でそれを承諾したのだという。
 
 
…そして私の恋は、たった2カ月で終わった。
 
 
 
 
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